74、ムルグウ国 〜演技派のダン
「カオルさん、あの……」
レプリーは、村の入り口の方を気にしている。やはり襲撃に備えているらしい。
「ちょっと、タオルを買いに来たんだ。枕に巻けるような大きさの物が欲しいのだが、店はまだ開いてないかな」
「あぁ、あの〜、少しお待ちくださいね」
レプリーは、長の家の扉を叩いた。
「村長、お客さんです。あのときの方です! 白帽子は、彼の護衛みたいですよ」
(マチン族は、白帽子か)
ギィ〜ッと扉が開いた。村長が自ら、扉を開けたようだ。
「あぁ、貴方様は、12年前のどこぞの魔族様!」
(へぇ、正確に覚えているのだな)
「久しぶりだな。今、ムルグウ国に滞在しているのだが、タオルが欲しくてやってきた。売ってもらえるか?」
「は、はい! もちろんでございます。お金など、そんな……少しお待ちください。あ、あぁ、大丈夫だろうか。すぐに用意させます」
村長も、村の出入り口を気にしている。使用人らしき男が、オドオドしながら、鍵を持って家から出て行った。
その男が向かうのは、村の入り口近くの小屋か。
「彼が向かったのは倉庫かな?」
「はい、普段は店を開けているのですが、今日はちょっと……」
村長は、助けてくれとは言わない。反乱軍へ、相変わらず武器を売っているのだろう。だがそうしなければ、人間の村は、魔族が支配するこの星では生きていけない。
「じゃあ、俺は、倉庫の方を見せてもらうよ」
俺がそう言って村の入り口へ戻り始めると、レプリーも付いてきた。俺と目が合うと、キラキラな笑顔を向けてくる。
(ふっ、いい顔をしてるじゃねーか)
レプリーが腰に剣を装備しているのが見えた。さっきは、なかったよな。俺に付いてくるのは、警護してくれるつもりだろうか。
ガラガラと店を開けると、使用人らしき男は、ビクビクして突っ立っている。商品の説明はないのか。
その男に代わって、レプリーが口を開く。
「カオルさん、色や厚さのお好みはありますか?」
レプリーは、13歳だ。見た目はまだまだ少年だが、しっかりしている。完全に中身は大人だな。まぁ、ゴブリンだった頃の記憶を維持した状態で転生させたから、当然か。
「色は白がいいな。レプリーからもらったハンドタオルを、枕にして寝たこともあるんだ」
俺がそう言うと、レプリーは一瞬、キョトンと首を傾げた。まぁ、覚えてないよな。
「眠る時に使うなら、厚みがあってやわらかなタオルがいいですね。少しお待ちください」
レプリーは、店の奥へと入っていく。奥が倉庫らしい。
まわりを見回してみると、同じ造りの店らしい小屋が、村の入り口近くに並んでいる。
通りすがりの客の便宜のためとも考えられるが、この配置は、村の中へと見知らぬ者が入ることを避けているように感じた。
(弱い人間の村だからな)
「カオルさん、お待たせしました!」
タオルを大量に担いだレプリーが戻ってきた。ありったけの種類を持ってきたらしい。キラキラと輝く目が、ほめてくれと語っているかのようだ。
「レプリー、すごい量だな」
「えへへ〜っ、白いタオルを手当たり次第、集めてきました」
「そうか、ありがとう。へぇ、少しずつ違うのだな」
俺は、店の平台にドンと置かれた白いタオルを、次々と広げてみる。バスタオルよりも大きなものから、フェイスタオルくらいのものまで、大きさもいろいろあるようだ。
ドムが、村の出入り口の方を向き、緊張したのが伝わってきた。だが、さっきの打ち合わせを思い出したのか、素知らぬフリをしている。もう一人の男は、こっそり剣に手をかけたか。
演技派のダンは、店に並ぶタオルをあれこれと眺めている。いや、この顔は、演技じゃなくて本当に物色しているな?
「ダンも欲しいタオルがあったら、ついでに言ってくれ」
「はいっ!」
ダンは、子供らしく振る舞う。まぁ、6〜7歳だから子供なんだが……。
俺は、先日、石を換金して手に入れていた財布を取り出した。タオルの値段は、壁に貼り出してあるのを確認済みだ。
「レプリー、とりあえず、100ムルグウ分くらいもらうよ」
そう言って、10ムルグウ硬貨10枚をレプリーに手渡した。
ムルグウ国でも、100ムルグウ硬貨は偽物が多いと聞いたから、換金はすべて10ムルグウ硬貨にしてある。
「えっ、カオルさん、お金は……」
断ろうとするレプリーに、笑顔を向ける。
「俺、このために換金してきたんだぜ? 使わせてくれよな」
戸惑っているレプリーに、演技派のダンがニコニコしながら近寄っていく。
「カオルさんは、かなり稼いでるから、お金を使いたいみたいだよ。ぼくの父ちゃんが一緒だと、父ちゃんがすぐに払ってしまうから、今回は先手必勝だね」
(支払い合戦か?)
「じゃあ遠慮なく、ありがとうございます。100ムルグウ分のタオルを選んでもらわなきゃ」
ダンの不思議な作戦で、レプリーは金を受け取る気になったらしい。硬貨を、鍵を持って突っ立っている男に渡した。
「ダンも、欲しいタオルを選んでくれ。金が足りなければ、追加で払うから安心して」
「はーい!」
俺は、ダンに目配せをした。念話は使えないが、俺の考えを察する力がある。俺が担当した転生者だからだろうか。
ダンは、わざと子供っぽい仕草で、いろいろなタオルをあれこれ広げていく。
「ダン、あまり散らかさないように」
「あっ、はーい」
演技派のダンは、慌て広げたタオルをたたむ。
「そのままで大丈夫ですよ〜」
レプリーは、ダンに優しく接している。やはり、レプリーは何かを感じているのか。人間が魔族に親しげに接するなんて、少し不思議な光景だ。
(なんだか、兄弟みたいだな)
ダンが時間稼ぎをしている間に、魔王ムルグウの軍隊が、この村に到着した。
マチン族の二人は、軍隊の死角に移動している。
「皆の者、よく聞け! 魔王ムルグウ様の命令により、この村は、今この時をもって潰すこととなった。抵抗する者は殺す。おとなしくすれば、命は助けてやるかもしれない」
(どっちでも殺すって言ってないか?)




