73、ムルグウ国 〜レプリーのいる村へ
翌日、少し早めにドムが来てくれた。俺がハラハラしていたためだ。今日は、息子のダンも一緒だな。
ドムが言うには、2ヶ月ほど前から魔王ムルグウは、内乱を抑えるために、反乱軍に協力する町や村を潰し始めたらしい。
俺が天界で、レプリーの無事を確認したのも、ブロンズ星の時間で2ヶ月前くらいだ。
俺は、アンゼリカの方に気を取られていて、レプリーは普通の日常を過ごしていることにホッとした。いつもならその先を確認するのに、あのときは確認しなかった。あまりにも胸の傷が痛すぎて、余裕がなく、気が回らなかったのだ。
(怪我のせいにするのは言い訳だ、くそっ)
「カオル、移動手段だが、少し距離があるから馬車を使うか?」
ドムが何か含みがあるような言い方をしている。
「馬車?」
「あぁ、ムルグウ城なら、高速馬車を呼べるはずだ。俺達は後から追う」
「もしかして、その馬車にはマチン族は乗れないということか」
城の廊下を歩きながらそんな話をしていると、城兵が慌てたように俺の後ろから付いてくる。【無害】を貼り付けた額は、さすがに見慣れてきたが、さらに焦った顔をされると、なんだかイラつく。
(まるで、俺がいじめているみたいだな)
レプリーが住む人間の村は、確かに歩いて行くには遠いか。
城門から外へ出て、村の方角に目を向けた。遠くを見ようと意識すると……若干、目に負担を感じるが問題なく遠視はできる。
村の中は、ひっそりしているようだ。木造の小屋が並ぶが、壊された様子はない。音は聞こえないからわからないが、人の姿は確認できない。
「ドム、馬車はいらない。転移魔法を使う」
「えっ? 転移魔法を操る奴は、今日は来ていないぞ。人選を間違えたな」
ドムは、戦闘を予想したらしい。息子のダンは、人間を恐れさせないために連れてきたのだろうが、もうひとりの男は、確か、ムルグウ国にいるマチン族の中で、最も剣が得意だと言っていた。
「これくらいの距離の転移魔法なら、俺でもできる」
「カオルには、無理だ。まだ傷が治っていないと言っただろう? 本来の力の10分の1も使えないぜ」
ドムは、医者の顔をしている。こういう顔のときは、妙に頑固なんだよな。
「だが、静かすぎるんだ。村の小屋は壊されてないのに、人の姿が見えない」
俺がそう言うと、ドムは目を見開いた。そして、頭をポリポリとかいている。
「ハンパねぇな、天界人」
「ドム、城下町以外では、俺は魔族だってことにしておいてくれ」
「ふっ、カオルは変わってるな。わかった。この時間に集落に人がいないということは、どこかに連れ去られたか隠れているってことだ」
俺は頷き、口を開く。
「一応、手を繋いでおいてくれるか?」
「そうだな、その方が負担は少ないだろう」
ドムは、息子を片手で抱きかかえ、もう一方の手を俺に差し出した。もうひとりの男も慌てて、俺に手を差し出す。
俺は、二人の腕を掴み、転移魔法を唱えた。
◇◇◇
俺達は、無事に村の入り口近くに移動できた。
(くっ、ドムの言う通りだな)
胸の傷がズキリと痛んだ。久しぶりの痛みだ。すると、ドムがすぐにヒーリング系の術をかけてくれる。スーッと息が楽になってきた。
「ドム、すごいな。楽になったよ」
「すごいのはカオルだろ? その傷で4人も転移するなんて、普通、やらねぇぞ。間に合ったみたいだな」
ドムは、村とは逆の方を眺めている。武闘系の男が、剣に手をかけて警戒しているのが伝わってくる。
息を整え、ドムの視線の先をたどると、小さくない軍隊がここに向かってきているのが見えた。あの旗は、魔王ムルグウのものだ。
(どうするかな……)
俺は今、ムルグウ城の置物ミッション中だ。さすがに魔王ムルグウの旗を掲げる軍隊を、ぶっ潰すわけにはいかないな。
「ドム、アイツらは無視しよう。俺は、この村にタオルを買いに来た。それだけだ」
「あはは、面白い。もし、魔王ムルグウの軍隊がカオルの買い物を邪魔するなら?」
「当然、ぶっ潰す」
俺がそう言うと、ドムはケラケラと笑った。武闘系の男も剣から手を離した。
「ダン、おまえが先導しろ。白いフードは恐れられる」
「うん、父ちゃん、わかった!」
俺はなぜか、元気よく返事をしたダンの額にある、小さな星に目がいってしまう。
天界人が転生させた証だ。転生番号と、担当した俺の名前の記載がある。管理者と担当者にしか見えない文字だが。
(製造番号みたいだよな)
こんな番号や文字で管理をするなんて、人体実験か何かのように思えて、違和感しかない。
だが、おそらく俺の額にも、この星マークがあるのだろう。転生を担当した女神の名前が書かれているのか。
ダンが俺を先導するように、キョロキョロしながら歩いていく。誰かいないかと探している雰囲気だ。
(演技派だな)
俺は、村の中を見回した。みんな、家の中に閉じこもっているだけのようだな。
「ダン、あっちの奥だったと思う」
俺は、レプリーの家の横の、長の家を指差した。
「カオルさん、来たことがあるんですね」
「あぁ、だからタオルを買いに来たんだ。枕に巻きたいんだよな」
「あの枕カバーは、高級品だと思いますけど」
「なんか、ゴワゴワするんだよな」
ドムの息子ダンは、上手く話を合わせる。ほんと、演技派だな。いつもより子供らしく振る舞っている。
俺達が向かっている家から、何人かが顔を覗かせた。警戒した表情で、バタバタしている。まぁ、襲撃に備えているときに、マチン族だからな。
ダンが扉をノックしようとしたときに、横の家から少年が出てきた。キラキラした笑顔。間違いなく、レプリーだ。
レプリーは、俺のことがわかるらしい。そして、ダンを見て、首を傾げた。ダンも同じく、変な顔をしている。転生者同士わかるのか? いや、まさかな。
「キミは、あのときの赤ん坊かな?」
俺は、素知らぬフリをして尋ねた。
「はい! レプリーです! あ、ええっと……」
「俺は、カオルと呼ばれている」
そう教えると、レプリーはキラキラな笑顔に戻った。