72、ムルグウ国 〜暇すぎるスローライフ
マチン族は、古の魔王トーリの末裔。そして、定住する地を探して放浪している種族だとわかった。
彼らは、白いフードを外さない理由を語らない。だが、俺にはなんとなくわかる。仲間意識というか、繋がり、だろうな。
(定住の地、か)
女神から与えられているマチン族に対する知識は、何というか表面的な浅いものだ。天界に魔王トーリが攻め込んだことが原因だろう。
俺としては、そんな祖先の過去に縛られている天界人の感覚が理解できない。魔王トーリの転生体を警戒するなら、まだわかる。だがマチン族は、その血を引くだけだ。
天界とブロンズ星では、時間の流れが大きく異なっている。どれくらい前のことなのか知らないが、ブロンズ星では、とうの昔に忘れられているだろう。
ならば、なぜ、マチン族が疎まれているのだ? そのあたりを調べる必要がありそうだ。
その結果、それが理不尽な理由なら、俺がぶち壊してやる。俺のオリジナル魔法は、特殊なクリーニング魔法だ。住人の心の浄化もできるみたいだからな。
「ドム、店の支払いは……」
店を出るときに、俺はムルグウ国の通貨がないかと、魔法袋の中を探した。支給された魔法袋には、着替え以外に、小さな財布用の布袋や、謎の石が入っている。
(同じか)
スパーク国の至急用件を初めて受けたときも、こんな石ころが入っていたな。買取に出して、通貨を得るのか。
この店には、買取の看板は出ていない。ドムには悪いが、立て替えてもらって後から払うしかないな。
「ふっ、怪我人に払わせる気はない。俺達は、カオルのおかげで、楽すぎる傭兵の仕事に就いているからな」
「そうか、ありがとう。ごちそうさま」
食事代は、ドムがすべて払ってくれた。まぁ、嬉しそうだからいいか。チラッと見た会計は、4人で400ムルグウだ。
1ムルグウは、天界の1ポイントと同じ価値だろう。1ポイントは約100円だから……うわっ、4万円ってことか?
店内に貼り出してある価格からして、これは、超ぼったくりだな。個室の使用料も含まれるのかもしれないが……。
◇◇◇
それからしばらくは、規則正しい療養生活が続いた。
ドム達は、交代で俺の見張りかのような護衛をしている。だから彼らが動きやすいようにと、俺は1日の行動を決めていた。
昼前から出掛けて、適当に彼らに昼食を食べさせてから、城下町を散歩する。まぁ、ゆったりとしたスローライフだ。
俺としては、ひとりで出歩きたいが、必ずマチン族が付いてくる。一度断ろうとしたが、クビになると言われたから仕方ない。
そうして、ひと月ほど経つ頃には、胸の傷の痛みも、ほぼ消えていた。全治3ヶ月と言われていたが、まだ2ヶ月だよな?
最初のひと月は、ずっと眠っていたから、予定より回復が早かったのか。いや、ドムのヒーリング系の術のおかげかもしれない。
「カオル、やはり、まだまだ治らないな」
(は?)
俺にヒーリング系の術をかけながら、ドムはそう呟いた。
「ドム、もう、ほとんど痛みは消えたけど?」
「ほとんど、だろ? まだ、まともに魔法を使えない状態だと思うぜ。核の傷は、マナを操る能力を著しく低下させるからな」
(あー、確かにな)
女神から与えられた大量の知識検索さえ、2ヶ月前には出来なかった。だが、今は何の制約も感じない。
「ドムがそう言うなら、そうなのかもな。でも、町の散歩には飽きたんだよな」
俺は、ムルグウ城の置物ミッション中だ。ただ滞在しているだけで他国からの戦乱抑止効果になるという、暇すぎるミッションだ。
目的は俺の怪我の療養だから、おとなしくしていろということだろうが……。
このひと月、ドム達マチン族と行動していて、彼らへの扱いがわかってきた。
一言にまとめると、恐れられている。マチン族とは、一切関わりたくない住人も多いようだ。
商人達は、まだマシな方だ。ぼったくることで折り合いをつけているようだ。ドム達もそれがわかっている。だから食事に行くと、大抵はおまかせを注文しているようだ。
マチン族は傭兵として有能だから、金には困っていないらしい。ドム達は、ムルグウ国はまだ居心地が良いと言っていた。有力魔王の国だと、明らかに敵視されることが多いらしい。
(まぁ、有力魔王ってことは、天界人だからな)
ドム達は、魔王と天界人の関係については誤解している。天界から地上へ降りて魔王となる、という認識だ。
天界人となった者は、追放されない限りずっと天界人だ。これは俺が得た新たな知識か。すなわち、天界人であるということは、天界が決めた規律に縛られ続ける。
シルバー星で、あのバブリーなババァが言っていたように、それが、天界の罠なのだろう。あんなヤバイ皇帝でさえ、天界批判ができないんだからな。
俺は、偶然を装った怪我で、封じられていた能力が解放された。具体的には、まだその全貌はわかっていない。核の傷が完治すれば見えてくるのだろうか。
封印の鎖を切ったことで得た知識や能力は、皇帝が俺を手駒にするために必要だと判断した最小限の部分だろう。
管理者リーナさんは、勲章の星40個の鎖は無事だと言っていたか。それを知ると、俺には縛りが付加されるのかもしれない。
(それが何かは、気になるが)
「カオル、それなら明日は、城下町から出てみるか?」
「おっ、いいねー」
俺が、嬉しそうな顔をしたのか、ドムは、ぷぷっと笑った。
「どこか行きたい場所はあるか? と言っても、カオルはムルグウ国を知らないんだったか」
ドムにそう言われて、ゴブリンだった男レプリーのことが、頭に浮かんだ。だが、あの村は人間の村だよな。マチン族を怖れるか。
「転生させた男の様子を見に行きたい。人間の村なんだけど」
すると、ドムは首を傾げた。
「ムルグウ国外か? 一応、国内に居てもらわないとな」
「いや、国内だ。ハンドタオルをもらったが」
「タオル? あぁ、反乱軍の奴隷になっている村か。魔王ムルグウが潰したんじゃないか?」