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71、ムルグウ国 〜古の魔王トーリの名を継ぐ者

 食事が終わると、穀物の香りがするお茶が出てきた。一口飲むと、肉のケモノ臭さが消えてサッパリする。


「カオル、もう少し町を歩いてみるか? 城に戻っても退屈だろう?」


 ドムは、町を案内してくれるつもりだろうか。だが、また嫌な視線を浴びることになる。


(彼らは本当に平気なのか?)


 俺に、不快な思いをさせたと、謝るようなことを言っていた。彼らとしても、不快なのではないだろうか。


 マチン族は、白いフードをかぶらなければ、素性が知られることもないはずだ。だが、そこには、何か譲れないプライドがあるようだな。



「ドム、ちょっと聞きたいことがある」


 俺が穀物の香りのお茶をすすりながらそう言うと、ドム達が身構えたような気がした。


「マチン族は、なぜ放浪しているんだ? もともとは、どこかに定住していた種族じゃないのか?」


(あっ、マズイか)


 ドムは固まっている。すると、もう一人の名前を知らない男が口を開く。


「カオルさん、貴方に悪意がないことはわかっています。ですが、その問いへの返答はできません」


「変なことを尋ねてしまったみたいですね、すみません」


 俺が軽く謝ると、彼は慌てた。俺が怒ったと勘違いしたのか。



「カオルなら、いいんじゃないか」


 固まっていたドムが復活している。そして、個室の扉が開いていないことを確認したようだ。


「そう、だな。俺は、一族の始祖の名前を受け継いでいます。幼名は別にありますが、もうその名を使うことはありません」


 名前を知らない男が、小さな声で話し始めた。ブロンズ星の歴史には、はっきり言って興味はない。だが、尋ねたのは俺だ。


「その名前というのは、有名なものなのですか?」


 女神から与えられた知識では、多くの国で、名前を受け継ぐ習慣はあるらしい。天界人の魔王が死ぬと、その子孫の多くは名前を継ぐことを、名誉だと感じるようだ。


 天界人の寿命に関する知識はバラバラだが、勲章の星30個か50個の情報によると、寿命はないらしい。天界人の魔王の死の原因は、殺害か。


 そう考えると、殺された魔王の名を継ぐのは、縁起が悪いと思うが……。




 俺の問いに対する返答がない。


(聞かない方がよかったな)


「この話は、もういいです。そろそろ店を出ましょうか」


 俺がそう言うと、名前を知らない男が、また焦ったような顔をしている。


「カオルさん、お話します」


 俺は立ち上がったが、彼がそう言うので、仕方なく座った。



「俺は、トーリという名前を受け継ぎました」


(トーリ? 幼女か?)


 俺の頭の中には、口をへの字に結ぶ毒舌幼女の姿が浮かんだ。彼女は、アイリス・トーリ。大魔王リストーだ。


 本来なら、魔王としての名前はトーリを使うのだろうが、既にその名前の魔王が存在したから、彼女は、リストーと名付けられたらしい。


 魔王トーリは、古の魔王。天界を潰そうとしたのだったな。だから天界の塔は、緊急時には窓から脱出できるように、魔道具化されたのだったか。


(なるほど……トーリね)



「魔王トーリの末裔ですか」


 俺がそう尋ねると、彼は小さく頷いた。


「カオル、このことは、ほとんど知られていない。天界人も、マチン族との関係は……」


 ドムが、迷いながら話していることが伝わってくる。


 魔王トーリは、魔王クースのような思念体を生み出す根源になったのだったか。その意味はわからない。だが、魔王クースに魅入られた鎌の末路は知っている。その鎌の持ち主の人生は、ビルクのように、狂ってしまうこともな。



「ドム、心配はいらない。俺が知ったところで、何も変わらないからな」


「そう、か?」


 ドムは、疑うような視線を向けてくる。


「あぁ、魔王トーリに関する情報は、天界人にはほとんど伝えられていない。俺も、古の魔王だということと、魔王クースの根源だということしか知らない」


 そう話すと、ドムはまた固まってしまった。


(おでこが……変わったな)


 白いフードでよく見えないが、額の文字が変わったのはわかる。【警戒】だった文字が、何に変わったのか気になる。



「カオルさんは、魔王クースをご存知なのですか」


 トーリの名前を引き継いだ男が、そう尋ねた。声が若干、震えているように感じる。


「魔王クースに魅入られた鎌の持ち主を、狩ったことがあります。鎌から魔王クースは解き放たれました」


「えっ!? 魔王クースを解き放つ力も」


(いや、俺じゃない)


「鎌を壊して、魔王クースを解き放ったのは、大魔王リストーですよ。俺は、大魔王の指示通りに動いただけです」


「リストー様が……」


 マチン族の二人は、目を見開いている。様呼びするということは、敬意の表れか。ドムの息子は目を輝かせている。


(幼女のファンか?)


 だが、俺は、大魔王リストーの本来の姿は知らない。


 力を抑えるために幼女アバターを着た彼女の力でさえ、俺はビビった。幼女アバターを着ていなければ……きっと、近寄ることもできないだろう。


(くそっ、なんかムカつく)


 俺は、おそらく……ぼっちのアイツと、つまらない言い合いをするのが楽しかったのだろう。打てば響くというか、何倍も上をいくような返しが、楽しかった。


 アイツの素性なんて、知りたくなかった!


(くそっ、モヤモヤする)



「カオル? あのさ……リストー様とは、親しいのか?」


 ドムが、恐る恐る口を開く。


「特別親しいわけじゃないよ。ただ、俺の研修を担当した人だ。俺は、その研修を失敗して迷惑をかけたから、むしろ嫌がられているかもな」


「えっ、そ、そうなのか。息子の転生を的確にしてくれるカオルにも、失敗の過去があったのだな」


(わざと失敗したから、重罪だがな)


「まぁな、あの時はガキだったよ」


 俺がそう言うと、ドムは笑った。やっと、空気感がやわらかくなったな。



「リストー様は、俺達に、約束してくださったんだ。いつの日か、必ず、マチン族が安心できる定住地を探すってな」


(幼女が?)


「やはり、どこかに定住したいのか」


 そう尋ねると、彼らは力強く頷いた。



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