67、ムルグウ国 〜白いフードのマチン族
俺が強制的に転移させられた場所は、派手な建物の前だった。
サーチしてみると、ここはムルグウ国。魔王ムルグウの私邸前のようだ。少し離れた場所に、派手な城が見える。あれが魔王ムルグウの城か。
(城と私邸は別なのか)
ムルグウ国を治める魔王ムルグウは、獣系の魔王らしい。初めての緊急要請で、俺はこの国に来たことがある。内乱だったか。
あのとき、まだ赤ん坊だったレプリーは、村の火を消そうと頑張っていたな。人間に格落ちしたが、キラキラとした笑顔は、ゴブリンの頃のままだった。
(余裕があれば、顔を見に行こうか)
だが俺としては、サキュバスに生まれたアンゼリカの動きに、気をつけておく必要がある。あの子は1年以内に、スパーク国で死ぬことになるからな。
今回の至急用件は、ムルグウ城の置物になってほしいという依頼だ。天界人なら誰でもいいらしい。だから、期間のわりに報酬は安い。
天界人が滞在していると、内乱や侵略を企てる者がいないからだそうだ。戦乱が起こりそうなときに、それを回避したい中堅の魔王は、このような依頼をよく出すらしい。
具体的には、天界人が道で傷つき倒れているところを、ムルグウ城の者が偶然見つけて、城へ連れていくという学芸会のようなシナリオだ。
そして怪我が治るまで、天界人には滞在してもらうという芝居。滞在中のことなどは、現地で説明があるという。
怪我を装う小道具もあるらしいが、俺は本当に怪我をしているから、血塗れのまま、この場所に転移されたというわけだ。
「お、おや、見慣れない方ですな」
俺に気づいた鎧を着た獣人が近寄ってくる。
(下手くそな芝居だな)
普通なら、何者だ! とか言うだろう。俺が天界人だとわかって、話しかけているかのようだ。
通りすがりの人達も、足を止めた。獣人がこの国の一般の住人か。獣人ではない人間もそれなりに居る。
鎧を着た獣人は、通りすがりの人達へアピールするかのように、ぶつぶつとセリフを喋っているようだ。
「ムルグウ兵、また、妙な小芝居か」
通行人の中から、白いフードをかぶった男達が、近寄ってくる。ムルグウ国と敵対する勢力のようだ。
(芝居くさいから、バレたじゃねぇか)
「おまえも、小遣い稼ぎのために、よくこんな場所でうずくまっていられるな? 一応、天界人なんだろ?」
白いフードの男は、俺を立たせようと、背後から服をつかんだ。
「痛っ、クッ……」
「何が痛いんだ? そんなわざとらしい血塗れの……へっ?」
俺が睨むと、白いフードの男達は固まっている。それと同時に、獣人の兵も、ヒッと小さな悲鳴をあげた。
血塗れの服は、明らかに斬られたとわかるほどズタボロだ。服の隙間から、俺の肌が見えたのだろう。
核を傷つけられたことで、胸の広い範囲が青紫色に変色して、腫れあがっている。かなり気持ち悪い状態だ。
「ちょ、ちょっと、兄さん、どうしたんですか!」
獣人の兵は、慌てている。芝居だと思っていたからか、大混乱中だ。
「あ、アンタ、その傷は……核をやられたのか」
白いフードの男達も、慌てている。まるで、本気で俺を心配しているかのように見える。
(なんだ? コイツら)
「表面の怪我は治癒魔法で治してもらったが……」
「だ、誰にやられた? アンタ、天界人だろ?」
獣人の兵よりも、白いフードの男達の方がデキルらしいな。俺の素性を見抜いたか。もしくは、この場所でいつも、天界人が小芝居をしているのかもしれない。
「まぁな。この傷を付けたのは、この星の奴じゃない。とんでもなく強いイカれたババァだ。と言っても、わからないよな」
(クッ……話し続けるのもキツイ)
「あ、あの、兄さん、すぐそこに魔王ムルグウ様の城があります。ご案内しますから、ゆっくり休んでください」
獣人の兵は、芝居のセリフを思い出したらしい。
「ありがたいのだが……ご覧の通り動けない。ここで休ませてもらってもいいか?」
「えっ……あ、あぅ」
想定外の俺の問いかけに、獣人の兵達は返事ができないらしい。アドリブには弱いか。
(一応、仕事だが……)
俺に歩いて行けというのは、無理な話だ。死ぬ気になればできそうだが、動きたくない。
「アンタ、ちょっと診せてみろ」
白いフードの男の一人が、俺の服を勝手に切った。血塗れでボロボロだから、別に構わないが……。
そして、何かの術を使っている。サーチ魔法か? 治癒塔の熊達とは、また違う術だ。
「アンタ、よく、これで生きてるな。さすが天界人か。おまえら、俺達がこの天界人を運ぶ。城門を開けさせろ」
「いや、マチン族を城に入れるわけには……」
「おまえらでは、運べないだろ! わずかな衝撃でも与えてみろ。おまえらが天界人を殺したことになるぞ」
「ヒッ! わ、わかった」
俺は、白いフードの男達に浮遊魔法をかけられ、ゆっくりとムルグウ城へと運ばれていく。
マチン族と言っていたな。女神から与えられた知識を探る。だが……。
「クッ……」
「あ、悪い、大丈夫か。少し傾いたな。すぐに調整する」
俺の自業自得なのだが、白いフードの男達は、申し訳なさそうに謝る。知識の検索は、わりとマナを使う。なるほど、今の俺には、場所サーチ程度しかできないらしい。
「どうぞ、こちらの部屋をお使いください」
あらかじめ用意されていたとわかる部屋に、俺は運ばれた。
「ありがとう、助かります。魔王ムルグウ様は?」
「えっ? あ、あの……」
付いてきた獣人の兵には、わからないらしい。
「魔王ムルグウなら、今日は国を離れている。挨拶など無用だと思う。ムルグウ城は、アンタが居てくれるだけで、ありがたいはずだからな」
「一応、挨拶は必要だろう?」
「ふっ、本当に怪我人が転がり込むこともあるんだな。この城は、頻繁に天界人を呼び寄せている。だから、遠慮はいらない。あー、アンタの名前は? 俺は、マチン族のドムだ」
「俺は、カオルと呼ばれている」
「そうか、カオル。また、見舞いにくる」
そう言うと、白いフードの男達は、部屋を出て行った。