65、天界 〜治癒塔にて
「良いこと? 剣を俺に向けることに関係があるんですか」
彼女に剣先を向けられただけで、俺の額にはジワリと嫌な汗が出てきた。こんなふざけたバブリー姉ちゃんのような服を着たババァでも、さすが皇帝か。
(逃げられる気がしねぇ)
「大アリだよ。外にいる坊や達を呼びたいだろう? この部屋はポチがすべてを弾いているが、そこから廊下に出たら、救難要請ができるよ」
「はい?」
「どさくさに紛れて、カオルの鎖を断ち切ってあげようと思ってね。じゃないとロクに動けないだろう?」
「鎖?」
(何のことだ?)
宙を泳ぐ魔物を見ても白いままだ。ということは、皇帝は嘘はついていない。それに彼女は、俺を手駒として使いたいはずだ。だから、きっと味方だろう。
それなのに剣を向けるということは……俺が戻りやすくしようという善意か?
彼女は、俺に近寄ってくる。
ジワジワと俺は……廊下のある出入り口の方へと、後退させられる。威圧感が半端ない。こんなふざけた軽装で……全く隙がない。
「ほぅ、気絶しないとは、いい根性じゃないか。わりと強めに波動を出してるんだけどね。天界に戻っても、ここでの話を誰にも知られないように、常に防御しなよ?」
「ちょ、そんな……」
不可能だ。俺の頭の中を覗く奴なんて数え切れない。そう反論しようとしたときには、俺の胸に剣が突き刺さっていた。
「ガハッ」
口から血を吐いた。息を吸うとヒュゥとおかしな音がする。剣の動きは全く見えなかった。ババァに何をされた?
(くそっ)
皇帝は、刺した剣を回転させ、さらに俺の身体の傷を広げてから引き抜いた。傷口からボタボタと滴る血が、廊下へと流れていく。
あまりの激痛に、俺は……。
(た、助け……)
人影が見えたところで、俺は意識を失った。
◇◆◇◆◇
うっすらと目を開ける。見慣れない天井だ。俺は、また死んだのか?
身体を動かそうとすると、胸にズキッと痛みが走った。あのババァに刺された所か。
「あっ、アウン・コークンさんが目を覚ましましたぁ〜」
「転生塔の管理者へ連絡しますね〜」
(熊だらけだ)
バタバタと走り回る熊。ここは天界らしい。その名を使うということは、俺は死ななかったのか。もしくは、記憶を引き継いだ状態で転生したとも考えられる。
いや、それなら胸は痛まないか。
あのバブリーなババァは、いきなり剣を突き刺しやがった。しかも、無謀なことを言っていたな。常に防御しろとか……不可能だってわかってて言ったのか?
「カオルさん! よかった、目が覚めて」
泣きそうな顔をしたビルクだ。いつまで俺のマネージャーを……あれ?
(何をつけている?)
ビルクの額あたりに何かが見える。
集中して見ると……【無害】だと? コイツ、変な字を書いてふざけているのか? 俺を笑わせようとしているのかもしれない。
他の人達に視線を移すと、同じく【無害】と額に書かれている。何かの罰ゲームか? 熊は、普通に熊アバターだが。
「カオルさん、わかりますか? ビルクですよ!」
「あぁ、ビルクさん。俺は……」
返事をすると、ビルクは大げさに喜んでいる。
「カオルさんは、皇帝に刺されたんですよ。核まで傷つけられて瀕死の重傷でした。あとほんの僅かにズレていたら、核が破壊され、魂が消滅するところだったんですよ!」
ビルクは、なぜか、かなり興奮している。
ゆっくりと上体を起こすと、やはり胸にズキッと痛みが走る。着ている服は、乾いた血で酷い状態だ。口の中も血の味が残っている。
「カオルさん、無理しないでください。全治3ヶ月って言ってましたよ」
(は? 治癒魔法があるだろ)
いや、核が傷つけられたと言っていたか。核の傷は、魔法では治らないか。全治3ヶ月だと? とんでもない。転生させた奴らが、みんな死んでしまうじゃないか。
「俺と別れてから天界時間でどれくらい経ちました?」
「転生塔の課題に行くと言ってたときからですか?」
俺が頷くと、ビルクは指を折り始めた。
(嫌な予感がする)
転生塔の研修の後、管理者の部屋に行って、シルバー星への緊急要請を受けたんだったな。
「たぶん、5〜6日くらい経ちました」
「えっ!? ちょ……」
ちょっと待て。ゴブリンだった男、レプリーは? サキュバスに転生した女、アンゼリカは?
俺は、ベッドから降りた。
(クッ……)
胸に激痛が走った。ハァハァと肩で息をする。
「カオルさん、身体の傷しか治ってませんよ!」
よろけた俺を、ビルクが支えた。
「あらあら、アウン・コークンさん、全治3ヶ月って聞きましたよ〜。今は絶対安静じゃないかしら」
転生塔の管理者リーナさんだ。なぜ、ここに? ここは治癒塔じゃないのか?
ビルクが、俺をベッドに座らせた。完全にマネージャー状態だな。
「リーナさん、なぜ?」
「勲章の星3つを渡しに来たのよ。貴方は、シルバー星に入ったから、権限がないままではマズイからね」
彼女が持って来たトレイに触れた。これで、勲章の星は20個になったな。
【勲章の星20個到達おめでとうございます。情報塔で身分チェックをすることで、新たな情報を受け取ることができます】
目の前に、目障りな文字が浮かんだ。情報塔まで行かないと、これは永遠に消えないのか?
「あれ? おかしいわね」
転生塔の管理者リーナさんが首を傾げた。
「何ですか?」
「いえ、身分チェックの魔道具も持って来ましたよ。身体に負担にならない転生塔の物よ。これで情報アナウンスは消えるわ」
俺は、彼女が手に持つ趣味の悪い像に触れた。ドッと何かが流れ込んできたが、確かに情報塔よりはマシだ。
「やはり、おかしいわね。ちょっと失礼」
リーナさんは、俺にサーチか何かをしているようだ。そして、俺の胸を見て、何かに納得したように頷いた。
「何かおかしなことになってるのですか」
「ええ、アウン・コークンさんは勲章の星20個よね? だけど、30個と50個の、能力の封印が消えているわ。核を傷つけられたときに鎖が切れたみたいね」
(鎖? あー、鎖って……)




