64、帝都ライール 〜皇帝との密談
「はい? 皇帝ノタン18世? シャチじゃなくて貴女が皇帝なのですか」
「シャチではない、ポチだ」
(名前じゃねぇよ)
「日本人だったんですよね? シャチを知らないのですか」
俺がそう尋ねると、バブリーなババァ……皇帝は、首を傾げた。バブル時代なんて、ほんの30年前じゃねぇのか?
「カオル、私は転生してからの人生の方が圧倒的に長い。あの頃の感覚を忘れないようにするために、こんな服を着ているがね」
そう言うと彼女は、意味深な笑みを浮かべた。若くして死んだということか?
「私はキミと違って、最初はブロンズ星だった。そこで300年ちょっと魔王をしていたよ」
「えっ? 300年? あ、天界の1日はブロンズ星の1年か……」
「それが天界の罠なんだよ。その後、記憶を維持して天界人に転生し、勲章の星を50個集めるまで気づかなかった。だが50個集めたから、もうブロンズ星には戻れなくなったのさ」
皇帝は、さっきまでとは全く別人に見える。
(演技か? もしくは洗脳?)
すると、彼女はニヤッと笑った。
「ポチがいるんだ。嘘などつかないよ」
「はい? この白い不思議な生き物は……」
「ポチだよ」
(名前じゃねーって)
俺がいらつくと、皇帝はゲラゲラと笑った。
「カオルは、ほんとにおかしな子だねぇ、あはは。これは、ディーという幻界の魔物だ。虚偽を裁くと言われている。嘘を聞くと、身体の色が変わるんだ。何か言ってみな」
(幻界なんて知らねーぞ)
「じゃあ……俺は、天界人に転生できて嬉しい」
俺がそう言うと、白い魔物は赤く染まった。真っ赤な嘘だということか?
「他には? 私をどう思った?」
「まさか皇帝がこんなバブリーな……」
そこまで言いかけると、白に戻った。
「バブリーな、なんだい?」
皇帝は、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。
「えー、淑女だとは……くそっ」
淑女と言うと、黒くなりやがった。
「あはは、よく、そんなことで不動産業の営業なんて、していたね?」
(は? そんなことまで覗いたのか)
「ただのバイトです。土地成金の自称マダムの相手は、若ければ何でもオッケーだったんすよ」
「ふぅん、だから、私のことを土地成金ババァって言ってたんだね」
「言いましたっけ? 勝手に俺の頭の中を覗いたんじゃないんですか」
チラッと魔物を見ると、皇帝の発言で、ほんのりピンクに色づいていた。
「おや、そうだったかね。まぁ、土地成金には違いない。土地転がしでガツンと大儲けしたんだよ。そしたら、コワイ人に刺されてね〜。気づいたらこの世界だ」
(うわ、殺人事件かよ)
「嘘をつかないということは、わかりましたが……」
「あぁ、話が逸れたね。勲章の星を50個集めてから、アレがおかしいと気づいたのさ。だが50個集めると、縛りの方がキツくてね。天界から逃れる方がいいと考えて、シルバー星に移住したのさ」
(縛りってなんだ?)
「アレというのは、魂の転生システムですか」
そう尋ねると、皇帝は頷いた。だが言葉にはしない。それが縛りということか?
再び、彼女は頷いた。
「天界を批判する具体的な発言はできない。だから、エルギドロームを開発した。天界の結界を破壊すると、すべての塔の機能が止まるからね。時間の流れも共通になる」
「さっき、面白いからと言っていたのは、嘘か」
宙を泳ぐ魔物は白い。
「キミを試していたのさ。いろいろな感情を起こさせないと、すべてを覗けないからね。だから合格だと言っただろう?」
(はぁ? このくそババァ)
「天界の結界を破壊したら、3つの星はバラバラに……」
「それはないね。ほんの数分で結界は修復する」
「じゃあ、意味ないんじゃ?」
「時間の流れが、数分も統一されるんだ。ブロンズ星に入れるだろう? だが、キミがやってくれそうだから、それがエルギドロームを使わない条件だ」
皇帝は、時間を統一した隙に、ブロンズ星へ忍び込むつもりだったのか? 魂の転生システムは、天界が作り上げたものだ。ブロンズ星に行ったところで、何も変えられない。
「俺に、何をさせる気ですか」
「アレをぶち壊すか、根本的な改革だな」
「ぶち壊すのは、さすがにダメでしょう? あの魂の転生システム自体は悪くない。理不尽な死を迎えた人の救済策です。運用がおかしいだけだ」
「そこを正すには、ブロンズ星全体の意識改革が必要だ。だが、ブロンズ星はいわゆる養豚場だからね。従順な盾となる兵をつくるには最適だ。だから、改革反対派が多い。特にシルバー星ではね」
(従順な盾となる兵……)
俺の頭には、ロロの顔が浮かんだ。
「魔王の中にも何人かは、改革派がいる。だが縛りがあるから、口に出せないのさ。下手なことを言うと、その国が民と共に消されるからね」
(民が人質なのか?)
チラッと魔物を見た。白く輝いている。
「魂の転生システムを変えようとしている人は、どれくらいいるんですか」
「この星では帝都の一部だけだね。天界とブロンズ星は、スペードとハートくらいじゃないかね」
スペードとハート? あぁ、トランプか。13枚と13枚。十人ちょっとずつということか?
皇帝は、ニヤッと笑った。正解らしい。人数も言えないのか?
「トランプだと大丈夫そうですね」
「この世界に無いものだからね」
「それで俺は……」
「頭を使え。改革には力が必要だ。だが、魔王になると縛りが生まれる。勲章の星は30個からだったかな。力を得ると同時に縛られる」
そうじゃなきゃ、激しい戦乱が起こるのだろう。
星ごとに時間の流れが違うのは、星間の連絡を遮断するためか。関われないから、一切のトラブルも生じない。
だが、これが罠だと言っていたな。星同士の協力ができないということか。
「ふふっ、よくわかっているじゃないか。勲章の星は30個で、能力解放ができる。だが、やめておきな。自由を奪われるからね」
俺は、魔物をチラッと見て、コクリと頷いた。
「さて、奴らは……あっ、いいことを思いついたよ!」
皇帝は兵の腰から剣を奪い、俺に突きつけた。