63、帝都ライール 〜皇帝ノタン18世
俺は返す言葉が見つからない。
このバブリーなババァは何者だ? 前世が同郷らしいということはわかった。だがしかし、何がなんだか、全く訳がわからない。
「ほぅ、カオルは、いろいろと面白いことをしているようだね。キミに免じて、今回は、エルギドロームはやめておいてあげよう。ただし条件がある」
(ちょ、俺の何を覗いているんだ?)
「貴女は何者なんですか? それに、エルギドロームって……」
そう尋ねると、部屋の外からガタッと音が聞こえた。俺を追いかけてきた兵達が何か言いたげだ。部屋への立ち入りを禁じられているのか。
「私の素性を知るとキミは着席しないかもしれないからね。カオルの天界での名前は……アウン・コークンか。やはり、アから始まる名だね。女神ユアンナの性格からして、ウンコークン……うん?」
バブリーなババァは、楽しげに考える素振りを見せた。
ふと思い浮かべたことを覗かれることは、今までにも何度か経験している。だから、今更驚かない。
だが、思い浮かべていないことまでも、俺の記憶から探り出すなんて……この女も、女神なのか?
シルバー星は、特殊な能力を持つ者が住む星だ。ゴールド星には、多くの神々がいるらしい。だが、シルバー星に神が居るなんて、俺に与えられた知識にはないことだ。
(あ、権限がないからか)
そんなことを考えていると、彼女は首を傾げた。
「カオル、あれこれ考えないでおくれ。情報が多すぎて、カンニングができない。ウンコークンとは何だ? キミには特別な口癖も無さそうだが」
「はい? くそ女神が……」
俺が口を開くと、バブリーなババァは、パチンと手を叩いた。
「あはは、わかった! くそだから、ウンコ。ウンコくんということか。あははは、謎が解けたよ」
ゲラゲラと笑う女……。日本人だったならわかるだろ? 俺は、くそ女神に、ウンコ呼ばわりされているのだぞ。
俺がそう考えるだけで、彼女はさらに笑う。
(くそっ、感じ悪りぃな)
「貴女は何者なんですか。それに、エルギドロームって何なんだ?」
まだ苦しそうにゲラゲラと笑いつつ、バブリーなババァは俺を見た。
「エルギドロームは、天界の結界を打ち抜く兵器だよ。結界を失うと天界は、亜空間に消えるだろうね」
(は? コイツ、正気か?)
「天界を潰すということですか? なぜ、そんなことを?」
「ふふっ、楽しいからに決まっているだろう? キミだって、天界に不満があるんじゃないかい?」
不敵に笑うバブリーなババァ……コイツ、異常だ。だから、コイツを殺せという緊急要請が出たんだ。
俺がそう考えていても、ニヤニヤと笑っている。俺の考えていることなんて、完全に見えているのだろう?
こんな頭のおかしな奴を側に置いている皇帝もヤバイな。この女に操られているのかもしれない。
「その兵器を皇帝は知っているのですか」
俺がそう問いかけても、バブリーなババァはニヤニヤするだけだ。もしかすると皇帝を幽閉して、この女がこの帝都を動かしているのか?
天界を潰すだなんて……ありえない発想だ。
すべての天界の機能が止まると、転生システムが崩れる。それに、ブロンズ星、シルバー星そしてゴールド星は、天界が潰れるとバラバラに散る。
この宇宙の、今と同じ軌道を描けるとは限らない。
他の恒星に引っ張られて、どこかへ飛ばされてしまう可能性もある。そうすると、気候が大きく変わる。下手をすると、地上の生物が全滅するかもしれない。
ゴールド星には神々がいるから、影響はないかもしれない。シルバー星も、特殊能力を持つ者の星だ。
だがブロンズ星は、そうはいかない。あれほどの巨大な星だ。どんな魔王でも、星全体に結界なんて張り続けることは不可能だ。
ロロ達は……死にたがる奴らは、死んでそのまま消滅してしまうのか。天界の魂の転生システムは、確かにおかしい。だが、それは運営方法がおかしいのだ。
なのに、天界を潰すだなんて……この女は……。
「おーっと、そこまでだよ。ウンコくん。ふふっ、いやいや、面白い子だね。やはり、地球からの転生者は平和主義だ」
バブリーなババァは立ち上がって、俺の方へと近寄ってきた。
ひゅっと、風を感じた。
海底を描いたような絵には、巨大な白いシャチのようなモノが浮かび上がっている。
(トリックアートか?)
「ポチ、出ておいで」
バブリーなババァがそう言うと、海底のような絵から、白いバケモノが飛び出してきた。
そして、彼女の背後に浮かんでいる。
(召喚獣か?)
『キミは、魔王になるのか? それとも神になるのか?』
シャチが喋った。いや念話か。
俺は呆気に取られながらも、なぜか冷静だった。もしかして、このシャチのような白いバケモノが皇帝か?
(カッコいいじゃねぇか)
「俺は、転生師だ。神になんかなれねぇし、魔王になどなるつもりはない」
『ほう、それなら何を目指す?』
「別に、何も目指してねぇよ。ただ、友との約束は果たす。それが済んだら、のんびりとスローライフだな」
すると、今度はバブリーなババァが口を開く。
「ロロというハーフデーモンか。ふぅん、そのハーフデーモンが死ぬまでは、転生師でいるつもりなのだな」
「俺の頭の中ばっかり覗いてんじゃねーぞ!」
思わず怒鳴ると、部屋の入り口から殺気を感じた。兵が怒っているらしい。
しかし、バブリーなババァは、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。
(コイツ、頭、マジでやべぇ奴じゃ……)
パチンと、音が鳴った。
すると、部屋の内装がガラリと変わった。赤いじゅうたんはそのままだが、テーブルが消え、白いシャチは宙に浮かんでいる。
いや、内装が変わったのではない。部屋を移動したのか。
金ピカな成金趣味な椅子に、バブリーなババァが座った。妙に似合う。壁沿いには、ズラリと兵が並んでいる。
「カオル、合格だよ」
「何がですか」
「すべて見せてもらった。ポチも、キミは白だと言っている。不合格なら即処刑だ。この私、皇帝ノタン18世への暗殺未遂の罪でね」