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62、帝都ライール 〜皇帝の館

 俺は、止めようとする兵をかわし、皇帝の館へと入り込んだ。剣を構えて、俺に斬りかかろうとする兵。


「やめろ! 彼は同士だ。エルギドロームに触れたらしい。無傷で取り押さえろ!」


 俺を追いかけてきた兵舎に居た奴らが、俺に剣を向けた警備兵を制する。すると、兵は動きを止めた。



「バカか。俺は天界人だ!」


 俺がそう吐き捨てるように言っても、誰も斬りかかってこない。むしろ、同情するような視線が突き刺さる。



 俺を追いかけてきた兵舎にいた奴らが、口を開く。


「天界人が、魂の転生システムに欠陥があるなんて、言うわけないだろ。おとなしく休め」


「おまえ、どこへ行く気だ? 何も覚えていないことさえ、忘れたか。ここは皇帝の館だぞ」


「兄さん、天界人は、助けてくれた旅行者だっただろう? 記憶が混ざっている現実を受け入れられないのか。落ち着いてくれよ」


(くそっ、なぜ、そうなる?)


 宿屋で待機している他の7人を、この場所へ呼ぶためには、俺が怪我を負う必要がある。救難要請を発動し、仲間を強制転移させるのが、俺の役割だ。


 それなのに兵は皆、剣を鞘におさめた。そして、俺にやわらかな笑顔を向ける。



 ここでは無理だな。もっと皇帝に近付けばいいか。そうすれば、近衛兵もいるだろう。


 俺は、奴らを振り切り、再び走り出した。




「兄さん、そっちじゃねぇって!」


(くそっ、速えぇな)


 俺は、知らない建物の中を、行き当たりばったりで走っていく。扉を開けたり迷ったりするから、圧倒的に不利だ。


 奴らは、余裕で付いてくる。


「エルギドロームに触れた者は、自殺願望が沸く。さっき、皇帝に近づくと近衛兵がいると考えていたぞ」


 俺にぶつかった兵がそう言った。俺の思考を覗く力があるらしい。その条件は、接触か。


(触られないようにしないとな)



「兄さん、心配いらない。とりあえず休もう」


「うるさい! 俺は、皇帝を殺しに来た天界人だ! 狂ってなどいない。記憶を失ったふりをして潜入したんだ」


 行き止まりだ。


 皇帝の館は、まるで迷路だな。妨害されているらしく、皇帝の居場所のサーチができない。いや、これは、俺にシルバー星に入る権限がないからか。


 行き場を失った俺がそう暴露すると、兵の表情が変わった。


(やっと斬る気になったか)


 俺は、その時を待つ。斬られたら即、救援要請だ。




「元気な子だね」


 俺の背後の壁がスッと消えた。


 振り返ると、軽装の女がいた。なんだか、その服装や髪型には既視感がある。前世の……土地成金のババァのようだ。


 見た目は、40代後半いや50代前半といったところか。女の年齢はよくわからねぇ。だが、その醸し出す雰囲気は、あまりにも……。


「バブリーなババァだな」


 思わず、俺の口から本音がこぼれた。


 すると、兵が剣に手をかけた。さっきまでとは違い、その表情には怒りが見える。


(よし、うまくいった)


 だが、うっかり殺されないように、上手く斬られる必要がある。この数に囲まれると、調整が難しいかもしれない。



「ほぅ、くそ生意気なガキだね。まぁ、入るが良い」


 バブリーなババァがそう言うと、兵は剣から手を離した。


(は? なぜやめる?)


 思考を覗かれたのか? だが、俺は、誰にも触れさせていない。触れなくても、覗く奴がいるのか?




 壁だった場所の先は、広い部屋になっていた。


 赤いじゅうたんが敷き詰められ、壁は黒く冷たい。金属製だろうか。そして、天井には巨大なシャンデリアだ。


 海底をイメージさせる巨大な絵に、チカチカと点滅する謎すぎる置物。巨大な絵の前の大きなテーブルには、趣味の悪い派手な模様のクロスが掛かっている。


 壁沿いには、食器棚のような家具がズラリと並んでいる。食器棚は普通だが、中に入っている物は、グラスばかりのようだ。


(何の部屋だ?)



「まぁ、座りなさい」


 バブリーなババァが、巨大な絵の前の椅子を勧めてきた。座ると絵に吸い込まれたり……なわけはないか。


 俺を追いかけてきた兵達は、部屋には入らない。だが、ジッと様子をうかがっているようだ。


 バブリーなババァは、お誕生日席に座っている。そこが彼女の指定席らしい。


「どうした? 絵に吸い込まれるのが怖いのか? そんな面倒な仕様にはなっていない」


(くそっ)


 俺の頭の中を完全に覗いている。この女は、何者だ? 皇帝の女か? いや、母親という線もあるか。


 だが、部屋の中には使用人らしき者はいない。もっと位は低いのかもしれないな。



「失礼します」


 俺は一応、そう言葉にしてから、椅子に座った。すると、バブリーなババァは、ニヤッと笑った。


(罠か?)


 チラッと背後の巨大な絵に視線を移したが、何も起こらない。そもそも絵からは魔力を感じない。これだけ大きければ、魔道具でも、多少の魔力は秘めているはずだ。



「カオル……ってことは、前世は女か?」


 バブリーなババァが、いきなり変なことを言い出した。


「俺は前世も男で、薫という名前でしたが」


「ほぅ、じゃあ、生きた時代が違うようだね。バブリーで悪かったな。私も、前世から離れられなくてね」


(は? 日本人か?)


 というか、なぜ俺は、こんな所に座らされているんだ? そもそも、このバブリーなババァは……。



「なるほどね。権限を持たない新人の転生師か。記憶の封印は、ゴールド星の魔道具だね。うまく考えたじゃないか」


「えっ? あの」


 バブリーなババァは、楽しそうにニヤニヤしている。シルバー星の住人は、天界人の力をはるかに上回るのか?


「カオル、キミをここに寄越したのは、リーナの企みだね。だが、他の7人はすべて天界派だ。なるほど、アイリスが見つけたのか」


 何も話していないのに、何を言っている? 記憶の封印が解けてしまったのか。


(くそっ、失敗だ)


 俺は、立ち上がった。やるなら今だ。



「カオル、救援要請をしても、この部屋には入れない。まぁ、天界の言いたいことはわかっている」


「おまえは何者だ?」


「前世では、私もカオルだったよ。そんなことより、このクロスのどこが、趣味が悪いんだい?」



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