表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/215

61、帝都ライール 〜エルギドロームに触れた者扱い

 記憶喪失を装っている俺は、兵舎へと連れて行かれた。


 皇帝の住む館に隣接する建物は、皇帝の館に劣らず立派な石造りになっていた。彫刻の像も飾られている。



 俺のこれからの役割は、救難要請か。すなわち、仲間の強制転移だ。いま宿屋で待機している他の7人が、俺のいる場所へ転移してくることができる。


 ただ、救難要請には発動条件がある。俺が、傷を負うことが必要だ。もしくは毒などによる命の危機だったか。



 俺が噛み砕いた石は、一定時間、指定範囲の記憶が誰からも見えなくなるアイテムだそうだ。どんなサーチをしても、完全に記憶が消えているように見えるらしい。だから記憶喪失の兵として、簡単に潜入することができた。


 俺以外の他の天界人は、勲章の星が邪魔をして、このアイテムが使えないらしい。これは、思念傍受を防ぐ効果もある。もともとその能力を持つ天界人には、使えないそうだ。


(だからって、こんな芝居……)


 転生塔管理者のリーナさんは、俺が新人だから、今回の緊急要請に指名したのだろう。おそらく、新人の中では一番戦闘力が高いからだ。いや、シルバー星の住人の能力に近いのかもしれない。




「彼は、エルギドロームに触れたようです。一切の記憶が消え、姿も若くなっているようです」


 俺が連れて行かれた部屋には、鎧を着た人間が大勢いた。休憩時間なのか、食事中の人も多い。


 ムワッとした汗の臭いが鼻につく。よくこんな場所で、平気な顔をして食べているな。魔王スパークの奴隷部屋よりも酷い環境だ。


 報告をした兵の言葉で、一斉に俺に注目が集まった。


(エルギドロームって、何だ?)


 彼らが何度も口にしているエルギドロームは、女神から与えられた知識にはない。


 ここはシルバー星だ。俺には、ここに来る権限もないらしいから、知らなくて当然か。



「なぜエルギドロームに触れた? 天界攻撃用の特殊兵器だぞ。結界で完全に覆われていたはずだ!」


(天界攻撃用の特殊兵器?)


 俺を睨みつける男……指揮官だろうか。だが、俺は何も答えられない。


「団長、彼は何も覚えていません。それに魔法袋も持っていません。何者かに襲撃されたのではないでしょうか」


 俺を連れてきた兵は、なぜか俺をかばってくれる。


「昨夜、エルギドローム付近に、魔弾が撃ち込まれたとの報告がありました。彼は、襲撃者を目撃したのかもしれません」


 兵舎にいた男も、なぜか俺をかばう。



「昨夜は、特別指令準備中の兵も合わせて数十人が、襲撃されています。死んだ者は数名ですが、蘇生済みです」


(蘇生済み? 転生ではないのか?)


「爆発で吹き飛ばされた十数名は、安否不明になっています」


 次々と報告があがる。


 俺が潜入できるようにと、昨夜、アスロム・コイルが暴れたようだ。しかし事前に聞いていた話よりも、圧倒的に数が大きい。


(さすが破壊の魔王、やりすぎだ)



「やはり、奴らが嗅ぎつけてきたか」


 団長と呼ばれた男が腕を組み、そして俺の顔を睨みつける。


(バレてるじゃねーか)


 一瞬、俺の考えを覗かれたかと焦ったが、このアイテムの効果時間中は、思念傍受はされないはずだ。その効果が何時間続くのかは、聞いてなかったが。


 まぁこれで、俺が、下手な芝居を続ける必要はなくなったな。この男に斬られたら、待機中の彼らを呼ぶ強制転移の発動条件を満たす。


 あわよくば、皇帝がいる館で発動したかったが、仕方ない。シルバー星の住人は、みんな魔王クラス以上の力があると聞くからな。



「俺がその仲間だと知って、ここに連れて来させたのか」


 俺は、団長と呼ばれる男を睨みつけた。コイツは剣を抜くだろう。痛いのは嫌だが仕方ない。


 俺は警戒して、その時を待つ。だが……。



「おまえ、完全にイカれてるな。その妄想は、エルギドロームに触れた者の典型的な副作用だ」


(は? 妄想だと?)


「兄さん、それは悪い夢だ。空白の記憶を埋めようとする回帰能力の誤作動らしい」


「妄想って……」


「わかったから、もうおまえは休め。家はわからないか。街の宿屋にでも泊まれ。宿代は記憶が戻るまで、立て替えておいてやる」


「ちょっと待て。せっかく潜入したのに……じゃなくて、えーっと」


(やべぇ、失言だ)


 だが、誰も俺の言葉を聞いていない。いや、逆に同情されているような気がしてきた。


 エルギドロームという兵器に触れると、記憶を失い、頭が狂うということか。



「さぁ、兄さん、門まで送るよ。あぁ、近くの宿屋に送り届ける方がいいかな」


(待て。ふりだしに戻ってどうすんだよ)


「俺は、おまえらの……その奴らの仲間だって言ってるだろ!」


 俺を支えようとする男の腕を振り払った。


「兄さん、その奴らが誰かもわかってないだろ?」


「天界人に決まっているだろーが」


 俺がそう言うと、やれやれという表情だ。どういうことだ? バレてるんじゃねぇのか?


「兄さん、天界人の旅行者に助けられたんじゃなかったか? 記憶がこんがらがってるだろ。奴らといえば、キシャランに決まっているだろう?」


(誰だ?)


「俺は、仲間の名前は知らなかっただけだ」


「キシャランは、人の名前ではなく、都市の名前だよ」


「えっ……」


 だ、ダメだ。シルバー星のことは何も知らないから、俺は、グダグダなことを言っている。



「兄さん、キシャランは天界派だ。だから帝都ライールを潰そうと、常に隙を狙っている。だが、おかしいのは天界の方なんだよ。天界が作り上げた魂の転生システムは、廃止すべきなんだ」


(えっ!?)


 シルバー星では、いや、帝都ライールでは、あのシステムの運用がおかしいと気付いているのか。皇帝は、それをゴールド星の会議でぶちまけたのか?



「俺も、魂の転生システムには欠陥があると思っていた」


 そう呟くと、団長と呼ばれる男が頷いた。


「記憶は失っても、信念だけは消えてないようだな。フッ、数日の休みを与える。誰か、宿屋まで送ってやれ」


(は? くそっ、ふりだしに戻ってたまるか)



 俺は兵舎を飛び出し、皇帝の館へと走った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ