6、天界 〜死神の鎌を持つことの理由?
「おまえ、万引き……うん? 手に持っていた売り物は、どこへ隠した?」
幼女の後を追って店を出ると、彼女は手には何も持っていなかった。さっきは、確かに売り物を抱えていたはずだ。
「おい新人、質問をする前に考えろと教えたはずだ。目で見たことと、頭の中に与えられた知識をすり合わせてみろ」
(堂々と万引きしただろ。いや……)
あー、店での買い物は、店を出ると自動的に決済されるのか。店の出入り口にレジがあったように見えたが、あれは返品カウンターだ。
そして支払いが終わると、売り物は、自分の所有物になるから、指定の場所に収納される。
(指定の場所って何だ?)
幼女は、スタスタと階段を上っていく。エレベーターは使わないのか? そう尋ねようとして、俺は開きかけた口を閉じた。
天界の中央に密集しているほとんどの塔は、同じ構造になっているようだ。1階は店、そして3階より上は、事務所や工房、工場、さらには研究室、そして天界人の住居になっている。
だが、2階の使い方は、塔によってバラバラだな。1階の店の倉庫を兼ねていたり、打ち合わせ用のカフェが併設されていたり、塔の特色によって異なるらしい。
「おい、新人、ボーっとするな」
転生塔の2階は、まるで役所のようになっていた。案内板もあり、たくさんの人が順番待ちをしている。
(天界人が転生塔に、何の用だ?)
幼女は、その窓口のひとつで、腕を組んで俺を待っているようだ。人混みの中では、小さくて捜しにくい。
「おまえがチビすぎるから、一瞬、見失った」
「ふん、スカタン。まだ、その身体に慣れていないのか」
(慣れても、チビはチビだろ)
もしかすると、手錠を使っていたのは、迷い子防止のためか。ククッ、そう考えると、しっくりくる。
「ウンコくん、あ、ウンコくっさ」
(は? あー、俺の名前を呼んだのか)
声の主の方を見ると、窓口に座る男性は、なぜかその表情を引きつらせている。
「職員さん、この人はこんな顔だから、気にしなくていいよ」
幼女は、また、態度が違う。
「そう、ですか。一瞬、殺気を感じました。失礼しました」
(俺の顔は、暗殺者みたいだからな)
「こちらで、身分チェックをお願いします。アイリス・トーリさんから、この塔に部屋を借りたいと伺っております」
ぎこちない笑顔の男性が指した像に、俺は手をかざした。経理塔とは違って、確認音がないなら、手を下げるタイミングがわからない。
「はい、ありがとうございます。アウン・コークンさんは、転生塔10階のお客様相談室に勤務されているのですね」
「はぁ、採用と言われただけですけど」
俺がそう答えると、職員は、ぎこちない笑顔で頷く。
「転生塔は、25階から89階までが住居として利用されています。ご希望はございますでしょうか」
(何階がいいかってことか?)
「彼は、死神の鎌持ちだから、呼び出し付きの部屋でいいよ」
幼女が、勝手に口を挟む。
「それなら、29階はいかがでしょう?」
「それでいいよ。家賃は、1日当たり1ポイントよね?」
「はい、呼び出し付きの部屋は、1日当たり1ポイントですが、10日ごとに前金で決済させていただきます」
すると、幼女は満足げに頷いている。
「ちょっと、待ってくれ。呼び出し付きの部屋って……」
俺が職員に尋ねると、やはり、彼は引きつった笑顔を浮かべた。そんなに俺の顔が怖いのか。
「緊急対応をしてくださることを条件に、家賃を最低価格にしている部屋です。呼び出し無しの部屋ですと、1日当たり100〜500ポイントとなっております」
「は? 緊急対応だと?」
すると、幼女が口を開く。
「死神の鎌持ちで、お客様相談室勤務なら、どの部屋に住んでいても、緊急の呼び出しがある。それが嫌なら、塔ではなく、別の住居を探すことだ。もっとも、今のおまえには、そんなことができるポイントは無い」
(なっ? 何だと?)
「ちょ、おまえ、それがわかっていて、10階に連れて行ったのか。研修を失敗した腹いせか」
「私は最適な環境を選んでやっている。転生時から死神の鎌を持つということは、そういうことだ」
(どういうことなんだよ?)
幼女は、俺が睨んでも全く動じない。一方で職員は、ハラハラしているようだ。
「おまえに選択の余地はないと教えただろ。さっさと契約をして、鍵を受け取れ。まだ何も買い物をしていないだろ」
(くそっ、理不尽だ)
だが今の俺に、選択の余地がないのは事実だ。
さっき、身分チェックをしたときに、自分の所持金がわかった。1,000ポイント、10万円か。
くそ女神から与えられた知識によると、研修を終えた特別報酬だ。これ以降は、仕事をしなければ、報酬は得られない。
まぁ、あのゴブリンだった男の人生の承認をすれば、報酬が得られる。ただ、格落ち転生の報酬は、安いだろうな。
契約の手続きをすると、鍵を渡されたようだ。
持ち物を確認しようと意識すると、目の前に、情報が浮かんだ。確かに、鍵を受け取っている。そして残金は、990ポイントか。
「では、お部屋にご案内します」
職員と共に、エレベーターに乗り込む。
「こちらに手を触れて行き先を念じてください。29階です」
(そういえば、エレベーターの使い方は知らなかった)
階を示すボタンはない。89階まであるのか? くそ女神から与えられた知識には、塔の高さの情報はないんだよな。
なぜか29階に着いても、幼女は降りない。ひらひらと無言で手を振り、エレベーターの扉は閉じた。
(あー、お茶に行くのか)
幼女をアイちゃんと呼んでいた上品な女性は、何者なのだろう。転生塔で働いているなら、転生師か?
ぎこちない笑顔の職員に案内された部屋は、エレベーターの真ん前の部屋だった。
「では、これにて失礼します」
職員は逃げるように、別のエレベーターで降りて行った。