58、天界 〜権限のない緊急要請
「アウン・コークンさん、ちょっと待ってくださる?」
エレベーターの呼び出しボタンを押そうとした俺を、転生塔の管理者リーナが呼び止めた。
彼女は、さっき鳴り響いた緊急要請の内容を確認しているらしい。パソコンの画面のような魔道具を操作している。
だが俺には、緊急要請の念話は届いていない。私室に居なくても、死神の鎌持ちへの緊急要請なら、俺の頭の中にも直接連絡が来るはずだ。
(しかし、帰れねーな)
エレベーター前には、兵が立っている。俺を通す気はなさそうだ。
今はまだ、主要な人達がゴールド星から戻っていないらしい。だから俺のような新人でさえ、呼び止められているのだろう。
(あれから何日経過したっけ?)
天界に居ると時間の感覚が狂う。ブロンズ星の様子を確認してなかったな。承認を保留にしてある奴らは大丈夫だろうか。
天界の1日はブロンズ星では1年だ。時間の流れが大きく異なるから、彼らの危機をうっかり見逃してしまわないかと不安になる。
「アウン・コークンさん、ちょっとお願いしてもいいかしら?」
この言い方は、俺には拒否権はなさそうだな。それなら、こっちから条件を……。
「ふふっ、勲章の星3つでどう?」
(頭の中を覗きやがった)
「リーナさん……俺に何を?」
「ふふっ、ちょっと待ってね〜」
彼女は、俺だけじゃなく、あちこちに触手を伸ばしているらしい。これはもちろん、比喩だ。彼女に触手なんてものはないだろうが、ロックオンされると逃げられる気がしない。ヘビに睨まれたカエルの気分だな。
(転生塔の管理者って、やべーな)
大魔王も、大概ヤバかったが……リーナさんも負けてない。彼女は何もチカラを使っていないのに、逆らえない威圧感というか……何かわからないモノにヒヤリとする。
いや、大魔王も、幼女アバターじゃなければ……。
(くそっ)
せっかく、ぼっちのアイツに構ってやろうと思ったのに、まさかの大魔王だなんてな。新人転生師が気軽に話しかけていい相手じゃない。
なんだかモヤモヤする。あの毒舌幼女が大魔王リストーだなんて、知りたくなかった。
「アウン・コークンさん、ライールへお願いできるかしら?」
「はい? 何ですか、ライールって」
反射的に尋ねてから、しまったと思った。幼女に何度も注意されたことだ。だが、女神から与えられた知識には、ライールというものはないようだ。
そんな俺の頭の中を覗いているのだろう。管理者はクスクスと笑っている。
「アウン・コークンさんって、意外に素直なのね〜。死神の鎌持ちは、転生してから数年は安定しなくて危険なんだけど……ふふっ、貴方の教育をしているのは、あの二人だものね」
(あの二人? 幼女と、もうひとりは誰だ?)
疑問に思ったが、口には出さない。今は緊急要請が出ている。答える気があるなら、俺の頭の中を覗いている彼女は、勝手にしゃべるだろう。
そんなことを考える俺に微笑み、管理者はまた俺から視線を外した。あちこちに念話で指示をしているのだろう。
(ライールのこともスルーかよ)
「ライールは、地名よ。行けばわかるわ。ここに集めているから、もう少し待ってね〜」
管理者リーナの身体からは、魔力のオーラが溢れ始めた。何をしているんだ?
(やべーな)
近寄りがたい畏怖を感じる。
エレベーターホールには、次々と人が集まってきた。転移塔の魔女っ子も来たな。ここから、ライールという所へ集団転移をさせる気らしい。
だがしかし、集まってきた人達は、皆、何というか……。
(ヤバそうだな)
俺を見て、首を傾げる女もいる。会ったことがないからか、もしくは俺がビビっているからか……まぁ、両方か。
その点、転移塔の魔女っ子は、いつも通りだ。知る顔がいるだけで安心する。
「また、ライールか」
「あぁ、もう恒例になってきたな」
「いっそ、リセットしてやる方がいいんじゃないか?」
「そうもいかない。奴らは、魂の格が高いからな」
聞こえてくる話から、なんとなく想像ができる。ライールという場所には、格の高い魂を持つ者達がいて、何かを定期的に引き起こしているらしい。
天界人が気軽に対処できないってことは、魔王クラスだろうか。もしくは、現地に住む天界人か。
勲章の星10個で得られる知識には、ライールは無い。星は30個は集めないと話にならないと言っていたな。確かに、知らないことばかりだ。
ブロンズ星はとんでもなく巨大な星だ。まだ半分以上は未開の地。だから、転生者をボンボン放り込めるのだろう。
俺の知る知識は、その中のほんの一部というわけだ。
(何だ?)
チラッと俺を見る、嫌な視線を感じた。侮蔑を込めた眼差しだな。俺の頭の中を覗いたのか?
「はーい、皆さん、お揃いですね? 緊急要請への参加ありがとうございます。今回はいつもとは少し違うので、説明しますね〜」
管理者リーナさんが話し始めると、集まった人達は静かになった。俺を含めて8名か。この人数で行くなら、討伐系ではないだろう。
「ちょっと待て、リーナ。権限のない子供が話を聞いているぞ」
(俺は子供じゃねーぞ)
皆の視線が一斉に俺に向いた。
「じゃあ、その説明からね〜。彼は私が直接指定したの。アウン・コークンさんよ。みんな、知ってるわよね? アイちゃんが研修を担当して、アドル・フラットさんが獲った新人さんよ」
リーナさんは、俺が死神の鎌持ちで、10階お客様相談室勤務だと紹介したつもりだろうか。わざわざ名前を言うところに、意図がありそうだが。
「立ち入る権限は無いようだが?」
「ええ、でも、この緊急要請で星3つを差し上げることにしたから、それで権限は大丈夫でしょう?」
集まった人達は、俺が死神の鎌持ちだと聞いても、何の反応もない。多くの天界人は、ビビるのにな。
「リーナ、今回は何が違うんだ?」
俺のことは、もう忘れたかのようにスルーだ。
「今回は、あの彼を討ってもらうわ。可能かしら?」




