57、天界 〜裏報酬を受け取る
俺はビルクと別れて、転生塔へと移動した。
(アイツ、うなだれていたな)
別れ際のビルクのしょんぼりした様子が気になりながらも、俺はエスカレーターで5階へと上がった。
ビルクは、俺の次の仕事を既に用意していたのだろうか。単に、一人になるのが怖いだけかもしれないが。
「あら、アウン・コークンさん、勤務場所は10階じゃなかったの〜?」
5階に到着すると、なぜかイベント塔の管理者が居た。
「シエッタさん、さっきの報酬を貰いに来たんですよ」
「勲章の星かしら?」
「はい、ここへ行けとパンダに言われて」
「パンダ?」
(通じないか)
「白と黒の熊アバターの人です」
「裏報酬ね〜。勲章の星5個ぷらすセットかしら」
「はい、課題をやる必要があるそうですが」
彼女と話していると、担当らしき男が近寄ってきた。
転生塔の5階は、確か、何かで失敗した転生師の再教育や、転生師見習いの教育をするフロアだ。
(学校みたいなものか)
天界人は、あの趣味の悪い像に触れたり眠ることで、情報は頭に入ってくる。わざわざ学校なんて必要ないと思うが。
「勲章の星5個ぷらすセットを受け取る方ですか」
その男は、無表情で魔道具を取り出し、何かを確認している。情報なら念話で、ちゃちゃっとやり取りしないのか?
そう考えていると、シエッタさんはケラケラと笑っている。あー、そうか、彼女は頭の中を覗くんだったな。
「アウン・コークンさん、5階の人達って念話は使えないのよ。みんな、転生師をリタイアした亀さんばかりだから」
(亀さん? ノロマということか?)
いや、イベント塔の管理者が、彼らを前にしてそんなことは言わないか。
「シエッタ、亀とはひどいな。確かに万年の時を生きているが」
(長寿という意味か?)
天界人は不死らしいから、万年が長いのかどうかは、俺には判断できない。だがこのフロアは、頑固そうな人ばかりだ。見た目は、年寄りは居ないが。
「コホン、それで勲章の星5個に、いくつ上乗せしたいのですか」
彼は無表情に戻り、俺に尋ねた。
「上乗せとは?」
そう聞き返すと、男は怪訝な表情を浮かべた。だが、俺にはその意味を知らされていない。
「あら、熊さんが説明しなかったのね〜。5個以上の勲章の星が貰えるセットなのですよ。その加算分は、課題をやってもらう必要があります〜」
シエッタさんの説明に、俺は心の中でガッツポーズをした。いま、勲章の星は11個だから、あと9個あれば、新たな権限を得ることになるはずだ。
「じゃあ、上乗せは……」
「ちょっと待って。1個上乗せには課題ひとつよ〜。急いで集めたいなら、オススメはひとつかな」
(課題には、時間がかかるのか)
「ひとつでお願いします」
俺がそう言うと、男は魔道具を操作し始めた。
「アウン・コークンさん、またね〜」
シエッタさんは、エレベーターを使って降りていった。なんだか妙に彼女の言葉に引っかかる。何か意味ありげに聞こえたが……気にしすぎか。
「では、始めます」
その男は、その場で立ったまま、授業のようなものを始めた。ほとんどすべて、俺が知る知識だ。それを魔道具の映像を使って説明している。
(だりーな)
転生師としての心構えから始まり、転生の方法、失敗しないための格の説明、天界での見守りの無駄、魂の転生システムの構築者の話などが続く。
転生システムを作ったのは、ゴールド星の神々らしい。具体的な名前を知るには、俺には権限が無いらしい。
これは知らなかったことだが、予想はしていた。女神一人で出来ることじゃないだろうからな。
授業が終わると、その男は俺に何かを渡した。
「これを持って、管理者の部屋へ行ってください」
「はい、ありがとうございます」
俺は、軽く会釈をして、エレベーターの呼び出しボタンを押した。確かに、ひとつにしておいてよかった。こんな長い授業は、苦痛すぎる。
◇◇◇
エレベーターは、以前と同じく99階で止まった。転生塔は、魔道具塔よりもかなり高い塔だ。魔道具塔とは違って、ひとつしかないからかもしれない。
「あら、アウン・コークンさん。全員命令お疲れ様でした」
にこやかな笑顔の管理者リーナさんは、やはり女神よりも神々しい。
(だが、一人か?)
「お疲れ様でした。あの、これを……」
無表情な男から渡されたものを、彼女に手渡した。
「裏報酬ね。どうぞ、適当におかけくださいな」
そう言うと、彼女は奥の部屋へと入っていく。今日は、護衛の兵のような男達の数が少ないようだ。
「お待たせしました。アウン・コークンさん、イベント関連の勲章の星を6個与えます。参加、転生数、正確性、魔族転生数、ブロンズ星転生数、そして初級教育終了の勲章の星になっています」
「それぞれに意味があるんですね」
「ええ、今回のイベント関連のものですから、別のイベントに参加されて、好成績なら、また星を得ることができますよ。とは言っても、あまり機会は多くないのですが」
彼女が差し出したトレイの上の星に触れると、俺のアイテムボックスに移動したようだ。これで17個だな。
「ありがとうございます。今日は、アイさんは居ないんですね」
そう尋ねてから、俺は、しまったと思った。あの女性に会いに来たように思われたかもしれない。
「ふふっ、アイちゃんは、まだゴールド星から戻ってないわ」
「アイさんも、ゴールド星の会議に参加されてるのですか」
(なんだか、ニヤニヤしてねーか?)
管理者リーナさんは、今にも笑い出しそうな表情だ。やはり失敗した。俺が会いに来たと勘違いされている。
「うふふっ、アイちゃんは、ふふっ、まだ貴方には知る権限がないかしら? 本人に聞いてみればいいと思うわ」
「はぁ、いや、そんな変な意味じゃないですから」
(くそっ、何を言ってるんだ、俺は)
ニヤニヤする彼女に軽く会釈をして、俺はエレベーターに向かった。
「緊急です! 緊急です!」
突然、緊急要請を知らせる無機質な声が、管理者の部屋に鳴り響いた。