53、天界 〜イベント塔の管理者シエッタ
強制転移で移動した場所は、真っ暗な空間だった。だが次々と、目に映る景色が変わっていく。
(この感じは……)
俺が転生したときの部屋に似ている。真っ黒な何もない空間に、あっという間にこんな部屋が出来上がるとは……。
「転生師さんは、こちらへお願いします〜」
見たことのあるような可愛い女性が、手を振っている。
「カオルさん、じゃあ、俺は転生師見習いの方へ行ってきます。また、後で」
そう言うとビルクは、転生師見習いを呼ぶ声の方へと去っていく。長年、転生師だったのにか? リベンジ転生をしたから、以前の記憶はあっても、その能力がないのだろうか。
俺は、転生師を呼ぶ女性の方へと歩いていった。
「転生師の皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今回は、程度3です。初めて参加される方はいらっしゃいますか〜?」
俺は、そっと手を挙げた。
(俺だけかよ)
「じゃあ、そちらのお兄さんは、私がサポートします。皆さん、今回の魂は、すべてブロンズ星へお願いします。程度3ですから、一人にかける時間はできる限り短くお願いしますね」
女性の説明が終わると、皆、それぞれ、小さく区切られた区画に入っていく。
俺は、女性に手招きされた区画へと進んだ。
「お兄さんは、こちらへどうぞ〜。私は、イベント塔の管理者シエッタです」
(管理者か)
彼女が部屋に入ると、部屋の中が変わった。見たことのあるような部屋だ。俺が転生してきたときとは違う。なんだろう、この感じは。
「あら〜、お兄さんは女神様が担当したのかしら。部屋の中は、どの部屋も同じですよ〜。ただ、女神様が担当するのは天界人だから、天界の宿舎へ魂を飛ばすために造りが違うんです〜」
「えっ? 俺は、たまたま天界人に転生したんじゃないんですか? 何の説明もなくアバターを選んで……」
そこまで話すと、彼女はハッとした表情を浮かべた。俺が、くそ女神のサボりを訴えたように聞こえたか。
「そう、お兄さんが噂の新人さんね〜。アウン・コークンさんだっけ?」
(噂の新人?)
「その名前をつけられましたが……」
「あらっ、魔王候補者にされたのが、お気に召さないのかしら? 今回の転生は、すべて下級魔族で大丈夫ですよ〜」
(また、魔王候補者と……えっ?)
俺に与えられた新たな情報を見つけた。
女神が適当につける名前には意味がある。アから始まる名前は、魔王候補者だ。わかりやすくするために、名前に法則をつけてあるのだ。
そして魔王になったら、アから始まらない名前で呼ばれるらしい。俺ならコークンか。その響きは、まだマシだな。
そう言えば研修のとき、幼女は俺のことをコークンと呼んでいたか。
ブロンズ星のすべての魔王が、天界人だというわけではないようだ。天界人に生まれた者が魔王になると、両方の肩書きを持つらしい。すなわち、両方の仕事をさせられるのか。
魔道具塔の熊アバターの彼女は、魔王ルブレであり、天界人アメリア・ルブレでもあるということだ。なるほど、アから始まる名前だな。
幼女は、アイリス・トーリ。やはりアから始まる名前だ。だが、大魔王リストーだよな? トーリではないのか。
ふと、視線を感じた。管理者シエッタさんが、俺の方を見ている。俺がそれに気づいても、彼女は目を逸らさない。
「シエッタさん、すみません。さっき得た情報が頭にわいてきて……」
「ふふっ、大丈夫ですよ〜。大魔王リストーという名になったのは、彼女が魔王になる前に、魔王トーリという人が居たからなんですよ」
「えっ、あー、思考を覗かれたんですか」
「イベント塔の管理者ですからね〜。すべてが見えないとイベントが滞りますから」
(幼女と同じ力か)
「魔王トーリという名前は、俺に与えられた知識にはないです。古い魔王なのですか」
「ええ、魔王トーリは、天界人ではありませんでした。天界を潰そうとした古き魔王です。随分と昔に消滅していますから、今は存在しませんけどね。あっ、魔王クースをご存知のようですね。魔王クースのような存在を生み出す根源になった魔王ですよ」
「魔王クースは、思念体の不思議なモノの総称ですよね」
「ふふっ、死神の鎌を持つ人にとっては、魅入られたら終わってしまう危険な餌でしょうけど」
(魅入られる? 悪魔か)
彼女は、静かに微笑んでいる。その質問には答えられないらしい。俺には知る権限がないのだろう。
天界を潰そうとした魔王か……。ビルクが言っていた天界を襲った何者かと関係があるのだろうか。すべての塔を魔道具化しなければならないほどのダメージを受けたのか。
「アウン・コークンさん、私が覗いているとわかっても、お構いなしなんですね。ふふっ、面白い新人さんね」
「あー、うるさかったですか。すみません」
「いえ、大丈夫ですよ〜。そろそろ来ますから、お願いしますね」
やわらかな笑みを浮かべた彼女が、パチンと指を弾いた。すると、一瞬真っ暗になった部屋に明るさが戻ると、大量の魂が浮かんでいた。
(とんでもない数だ)
「さぁ、私は転生スピードは遅いので、アウン・コークンさん、お願いしますね。程度3です!」
「程度3というのは?」
「通常の災害の3倍という意味です。急がないと悪霊化してしまいますから、気をつけてください」
俺は、軽く頷いた。
彼女は、魂を引き寄せ、転生の光で包んでいく。転生先は選ばせないのか。
(それはあまりにも理不尽だ)
部屋の外で待機している魂が大量に居るようだ。時間がないなら……。
俺は、部屋に浮かぶ魂全体を転生の光で包んだ。どの魂からも、戸惑いと怒りが伝わってくる。
『皆さん、俺は転生を司る転生師です。これから、新たな生命を授けます。選択先は3つ。人間、魔法を使う魔族、武闘系の魔族、どれに生まれ変わりたいかを選んでください』
「お兄さん、無茶ですよ」
彼女は、外から別の魂を一人ずつ引き寄せ、無言で転生させていく。
「俺は、可能な限り、希望を叶えてやりたいんですよ」