50、天界 〜ビクビクとした塔の管理者
魔王ルブレの城での朝食後、俺は彼女と共に魔道具塔へ戻った。転移の光が消えると、彼女は熊の着ぐるみを着ていた。
(やはり着たままだったか)
「カオルさん、この塔の最上階で、勲章の星がもらえますよ〜。今回は無報酬の代わりに星の進呈になってます〜」
彼女は、笑顔でエレベーターを指差している。
「わかりました。アメリア・ルブレさん、お世話になりました」
「きゃはっ。あっ、ポイントに余裕があるなら、ルブレ国の特産株を買ってくださいね〜。資源国なので、安全な投資ですよ〜」
(ちゃっかり宣伝か)
「俺は貧乏なので、そのうち」
「カオルさんなら、ルブレ国の特産品は欲しいはずです〜。絶対ですよぉ〜」
彼女は、手を大きく振って、俺を見送ってくれているようだ。俺も、仕方なく軽く手をあげる。
なるほど、これが彼女の……魔王ルブレの営業か。魔王なのに天界で仕事をするから、熊アバターを着せられているのか?
俺は、エレベーターで塔の最上階へと移動した。
◇◇◇
「カオルさん、待ってましたよ」
エレベーターが到着すると、ビルクと見知らぬ男がいた。
「ビルクさん、えーっと?」
「彼には時間がないので、ささっとお願いしますよ」
ビルクはまるで、この塔の主かのような態度だ。一緒にいるのは、塔の管理者だろう。なぜかビルクに怯えているように見える。
「どうぞ、こちらへ。ビルクさんは、立ち入る権限はありませんよ」
「わかってるって。早くしろ」
(ビルクの方が上か?)
俺は、ビクビクした男に付いて、部屋の中へと入っていく。バタンと扉を閉じると、その男はフーッと息を漏らした。
「こちらの魔道具へ、手をかざしてください」
俺に対しても、ビクビクした態度だ。塔の管理者らしくない。転生塔の管理者は、女神よりも神々しい雰囲気だったが。
俺が素直に手をかざすと、その男はホッとしている。いちいちビクビクされるのは、正直うざすぎる。
「アウン・コークンさん、魔道具(石)塔から、製造と現地調査、それぞれ勲章の星を一つずつ授けます」
「ありがとうございます」
俺は、トレイの上の勲章の星に触れる。すると、星はスッと消えた。俺の持ち物に入ったらしい。
「では、これで」
(は? それだけか)
「あの、ビルクさんとはどういう……」
俺がそう尋ねると、彼はギクッと跳び上がった。まるでコントかと、ツッコミたくなるような動きだ。
「それは彼から聞いてください。ただ、今はマズイ。彼は……秘密にされていますが、リベンジ転生直後です。おそらく、彼を転生させた転生師以外には、心を開かない。危険です。実に危険な状況です」
(俺がその転生師だとは知らないのか)
「どう危険なんですか? リベンジ転生って」
女神から与えられた情報では、リベンジ転生は、天界人のやり直しだ。危険だとの情報はない。
「死神の鎌持ちだったんですよ。それが奪われた。すなわち、格落ちです。ただでさえ乱暴な人でしたからね……。勲章の星をたくさん持つと、様々な制約がかかりますが、彼は、一つも持っていない。天界に解き放たれた厄災級の魔獣も同然です。貴方も気をつけて。死神の鎌を奪うために、貴方につきまとっているのかもしれません」
その男は、一気にまくしたてると、大きなため息をついた。顔色が悪いように見える。
あぁ、そうか。ビルクは、この塔で勤務するんだったな。彼は、厄災級の魔獣の管理者か。
「大変そうですね」
そう声をかけると、その男の目から涙が溢れた。
(は? まじかよ?)
「あ、アウン・コークンさん、すみません。優しい言葉につい……。おそらく、アシュ・ビルクをリベンジ転生させたのは、死神の鎌持ちを管理するアイリス・トーリさんです。今、彼女は天界に居ないので、くれぐれも気をつけてください」
「アイリス・トーリさんは、ブロンズ星ですか」
「いえ、つい先程、ゴールド星に行ってしまいました。主要な神々の……あうっ、権限がないのでしたね、失礼しました。えっと、主要な人達が、今、天界には居ないので、気をつけてください。不安定な彼が暴れても、取り押さえる自信が……」
(なるほど、それでか)
こんなにビクビクしているのは、ビルクが暴れたら、この管理者がすべての責任を負わされるからだな。
「いつ、戻ってくるんですか」
「ゴールド星とは時間の流れに差がないので、おそらく半日はかかるかと……はぁぁあぁ〜」
今にも心労でぶっ倒れそうな男は、俺に気をつけろを連呼している。
「じゃあ、ビルクさんにも、星を集めさせればいいんですね?」
「おぉお……ですが安心できるのは、星40個以上で、どこかの管理者に就いてもらうまでは……」
(星40個以上集めると、面倒なことになるのか)
「今すぐは無理ですね」
「あぁぁあ……ですよね。はぁぁ」
「ビルクさんの奥さんは、天界にいるんじゃないですか」
「いえいえいえいえ、彼女も当然、か……ぶふぉっ、失礼しました。権限がありませんでしたね」
(コイツ、やばいな)
俺に権限のないことを言おうとして、バチッと電撃をくらったのは、二度目だ。天界人の記憶力からして、一度で学ばないなんて、ありえない。
(ちょっと、可哀想になってきた)
「ビルクさんのことは、アイリス・トーリさんが戻ってくるまで、俺が行動を共にすればいいですか?」
すると、その男は、一瞬嬉しそうにしたが……。
「いや、危険な男です。貴方の死神の鎌を狙っているかもしれません。私が監視しますので……」
一応、管理者としての責任感はあるらしいが、最後の方は何を言っているのか、聞こえない。
「さっき、ビルクさんを転生させた転生師以外は、って言ってましたよね? どういうことですか」
「自分を転生させた転生師には、絶対に逆らいませんよ。逆に、身体を張ってでも助けます」
「恩があるからですね」
「いえ、彼はそんな謙虚な男ではありません。自分をリベンジ転生させた転生師が死ぬと、彼は消滅することになりますからね」




