5、天界 〜研修④ 塔とポイントと魔道具
経理塔の前は、大勢の人で混雑していた。ここは、いわゆる銀行だな。報酬の精算をして、ポイントを受け取る塔だ。
研修で転生させたゴブリンの人生は、承認を保留にしてある。だから、まだ俺には報酬は出ないはずだ。
(なぜ、連れてきた?)
俺の研修を担当している幼女、アイリス・トーリは、さっきから無言だ。まぁ、怒っているのだろう。俺が逆の立場なら、きっとブチ切れて、こんな新人は追放するけどな。
「おい、新人、入り口で身分チェックをしてこい。報酬は、経理塔の身分チェックだけで自動的に加算される」
(うん? 報酬が出るのか?)
「身分チェックだけで、経理塔には入らないのか?」
「今日は、1階の店で、箱庭祭りをしているからな」
幼女は、人混みが嫌いなのかもしれない。そういえば、初めて会ったときも、不機嫌そうに、口をへの字に結んでいたっけ。
「箱庭祭りって何?」
「ふん、つまらない祭りだ。おまえには関係のないものだ。さっさと行って来い」
幼女は、さらに不機嫌になったようだ。箱庭祭りに何か恨みでもあるのか?
(いや、時間に焦っているのか)
さっき転生塔で、幼女をアイちゃんと呼んでいた女性と、お茶の約束をしていたからな。
優雅な雰囲気の女神っぽい女性だったよな。くそ女神の何倍も、女神らしい気品と知性にあふれていた。
あんな女性が女神なら、俺もこんな失礼な態度は取らない。新たな人生を受け入れ、頑張ろうと思えたかもしれない。
(そういえば、くそ女神の名前を知らねぇな)
大量に与える知識と一緒に、皆の名前も教えておけばいいのに……何か都合でも悪いのか?
まぁ、知る必要もないか。どうせ、俺はすぐにリストラされて、天界から追放される身だ。
俺は、経理塔の入り口にある趣味の悪い像に手をかざした。するとすぐに、確認音のようなものが聞こえた。これで加算されたのか。
俺と同じように、身分チェックだけをして、引き返す人が多いようだ。趣味の悪い像の数が多いのは、そのためか。
(見覚えのある人が、何人か居たな)
ふぅん、天界人は、一度聞いた話や見たものを忘れないというのは、こういうことか。名前は知らないけど。
「行ってきたぜ」
幼女のところに戻るときに、いつの間にか手首の拘束具が消えていることに気づいた。これで研修は終わりのようだな。
「次は、転生塔だ」
「あぁ? まだ研修かよ」
「新人、今のおまえを一人にすると、寝床にも困るだろ、スカタン。ポイントの使い方も実践する必要がある」
(研修だとは言わないんだな)
「寝床に困る? 俺には部屋が与えられているぜ」
「は? 自分の頭で考えてから質問しろ。昨夜、おまえが眠った部屋は、簡易宿泊所だ。転生初日は無料だが、翌日からは、ポイントを取られるぞ」
(また、ポイントかよ)
確かに、俺に与えられた知識と合致している。翌日以降は、確か1泊……100ポイントだっけ。チラッと貼り紙が見えた程度の記憶だから、自信はない。
「もしかして、部屋探しを手伝ってくれるのか?」
「手伝う必要もないだろ。今のおまえには、選択肢はない。その手続きができる場所へは、後で案内してやる」
(ふぅん、世話好きか)
言葉遣いが悪いから、性格も最悪かと思っていたが、案外、普通にいい奴なのかもしれない。
転生塔へ戻ってくると、幼女は、1階のデパートのような店に入って行った。俺も、身分チェックの像を軽く殴り、後を追った。
「おい新人、像を壊すと弁償させられるぞ」
「弁償? おまえ、壊したことがあるのかよ」
図星だったらしい。幼女は、一瞬、悔しそうな表情を見せた。見た目年齢どおりの可愛い反応もできるじゃねぇか。
すると、幼女は、キッと俺を睨む。
そういえば、俺の考えていることが、コイツには見抜かれるんだよな。フロア長には、そんな特技はなさそうだったが。
「像は、魔道具だ。これを壊すと、10万ポイント取られる。払えなければ、経理塔で借金申請だ。利子も取られる。地獄だぞ」
(やはり、壊したのか)
「ふぅん、まぁ、俺はそれで……」
「おい、新人! 簡単にリストラされると思うなよ? 借金があれば、なおさらだ」
(くそっ、俺の心を覗きやがって)
「ふん、10万ポイントがどのくらいかは知らねぇが、壊さなきゃいいんだろ」
俺がそう返事したのに、幼女は俺の声を無視して、店内をスタスタと歩いて行く。
(コイツ、やはり性格が悪すぎる)
幼女は、何か、買い物があるようだ。俺も、煌びやかな店内を、適当に見てまわることにした。
売り物は統一感がなく、いろいろな物が並んでいる。魔道具なのか、使い方の想像できないものが多い。食べ物も売っている。嗜好品か。
天界人は、食べなくても眠らなくても、死なないらしい。食事が面倒くさい俺としては便利だが、酒くらいは飲みたいよな。
(一応、ポイントの価値を調べるか)
売り物の値札を見ていると、かなりのバラつきがある。だが、100円ショップに並ぶような生活消耗品は、1〜5ポイントか。1ポイントは100円くらいだな。
あの趣味の悪い像の弁償代が、10万ポイントってことは、1,000万円!? そんな借金を背負うと、そりゃ地獄だ。
だから幼女は、あんなカネの亡者みたいなことばかり、言うのかもしれない。
「おい新人、おまえは何も買わないのか?」
いつの間にか、幼女がすぐ側に立っていた。手には、食べ物やら何やら、いろいろと抱えているようだ。買い物カゴはないのか。
「俺は、別にいい」
「ふむ、まぁ、何が必要かもわからないか。言っておくが、おまえの持ち物は、そのポイントだけだ。部屋を借りても寝具はない」
「えっ……」
「部屋を借りてからでもいいが、魔道具枕は買っておけ」
(枕だけで、床に寝ろってか?)
「行くぞ」
幼女は、手に売り物を抱えたまま、店を出て行く。ちょ、おまえ会計してないだろ。堂々と万引きかよ?