48、ルブレ国 〜食事の後に
食事が終わると、飲み物が運ばれてきた。
「姫様、やはり、そのようです」
「うん? 何がぁ?」
使用人が囁いた言葉に、彼女は首を傾げている。すっとぼけているのか?
俺の視線に気づいた使用人は、胡散臭い笑顔を張り付けている。
「カオルさん、申し訳ございません。少々、確認をさせていただきました」
彼はそう言って、深々と頭を下げた。やはり俺に何かの術を使っていたらしい。
(ここは怒るべきか?)
だが、妙な術を、クリーニング魔法で解除できるとわかったのは、俺としては成果だ。まぁ、魔王の配下程度の術なら、たいしたことないのかもしれないが。
もう、落ち着かない嫌な感覚はない。今は術は使われていないらしい。
「何の確認でしょう? 俺が天界人かどうかを調べていたのですか」
そう尋ねると、その使用人は驚いた顔をしている。何に驚いているのかはわからない。
「カオルさんの何を調べたの〜?」
彼女も使用人に尋ねている。どういう関係なんだ? 姫様と呼ばれている彼女は、魔王ルブレだと明かした。それなのに、配下が何をしたのかわからないのか?
「姫様、死神の鎌持ちを連れてきたら調べなさいと、私達に命じていらっしゃいましたよね?」
「えー? カオルさんって、死神の鎌を持ってるの?」
(これは、すっとぼけた顔だな)
首を傾げる彼女は、熊アバターを着ていたときと動きは変わらない。パンパンと手を叩いて喜んでいるように見える。
「まぁ、そうですね」
「じゃあ、大量転生のときの助っ人をすれば、星がいっぱいもらえるじゃないですか〜。なぜ、魔道具塔に来たんですか〜?」
使用人達も、俺の返答に注目していることを感じた。使用人だけではない。少し離れた席にいる客らしき男もだ。
「ビルクさんが連れて行ってくれたので、なぜと尋ねられても困ります」
すると、使用人達が互いに合図をしたようだ。俺は、失言でもしたのか?
「カオルさんを調べた結果って、アリだったのね〜」
「はい、姫様」
(アリって、何だ?)
「じゃあ、丁重におもてなしをしなきゃね〜」
「はい、今後ともよろしくお願い致します」
なぜか使用人達は、俺に頭を下げる。全く意味がわからない。アリって、何だ?
少し離れた席にいた男が、席を立った。そして、こちらに向かってきた。
「アメリア・ルブレの息子、サモンと申します」
(は? 息子?)
「初めまして。カオルと呼んでください」
息子というより兄だと紹介される方が納得する。見た目は、初老に近い男だ。
その男は、彼女の隣の席に座った。
「ちょっと、サモン、どうして来ちゃうのよ〜。邪魔しないでよ〜」
「母さんは、何も見えてないからだよ。この人は、ビルクより危険だ」
(危険? 息子の嫉妬か)
「やーね〜、まだ新人さんなんだよ〜。カオルさん、気にしないでくださいね〜。そろそろ、部屋にご案内します〜。明日、起きたらすぐに天界に戻りますよ〜」
彼女が立ち上がると、使用人達がさっと道をあける。やはり、熊アバターを着たままなのだろうか。
「カオルさん、言っておきますが、敵対するなら容赦しませんよ?」
彼女の息子だと名乗った男は、そう言い残して姿を消した。宣戦布告か? さっきの危険だという意味は、そういうことか。
「カオルさん、気にしなくていいですよ〜。じゃ、誰か、お客様を部屋にご案内しちゃって〜」
俺のそばに、一人の使用人が立った。
「ご案内いたします」
「はぁ、ありがとうございます。アメリア・ルブレさん、おやすみなさい」
俺がそう挨拶すると、彼女は大きな動作で手を振ってくれた。だんだん熊に見えてきたな。
一方で、俺の案内役は、驚いたような表情で固まっていた。この城の使用人は、なぜか意味不明なところで驚く。
◇◇◇
「カオルさん、こちらの部屋をお使いください」
案内された部屋は、とても広い部屋だった。俺が転生塔に借りている部屋の数倍はありそうだ。
「こんなに広い部屋を、一人で使わせてもらってもいいのですか」
すると使用人は、怪訝な表情を浮かべた。あっ、まさか、アメリア・ルブレを連れ込むとでも思ったのか?
「カオルさん、それは嫌味でしょうか。ルブレ城は、狭いものですから」
「えっ? いやいや、俺が借りている部屋の何倍も広いから、単純に戸惑ってしまっただけで」
(何を言い訳しているんだ、俺は?)
また、何かの術を使われているのか。
すると使用人は、パタンと扉を閉めた。フッと笑い、その表情が変わった。忠実な使用人の顔ではない。
「カオルさん、姫様……魔王ルブレには近寄らない方がいいですよ」
「それほど親しいわけでもありませんが、どういうことですか。それに貴方は、様子が変わりましたね」
「あぁ、俺も天界人ですからね。ここには仕事で来ているだけですよ」
(なるほど、配下ではないのか)
「そうでしたか。先程の件では疑問しかありませんが、尋ねても、俺には権限がないから無駄なんでしょうね」
すると、その男は面白そうな笑みを浮かべた。
「権限が必要か否かも、わかっていないようですね。だから、魔王にモテるのでしょう。みな、自分の味方に引き込みたいらしいですからね」
バカにしたような言い方に、俺は反論しそうになる。だが、事実だ。俺はあまりにも無知だからな。
「俺の何を調べて、アリなんですか?」
そう尋ねると、その男は意外そうな表情を見せた。
「カオルさんは、死神の鎌持ちらしくないですね。しかも、アリだというのに、怒りにとらわれない」
「そうですか? アリって、何ですか」
(何度目の質問だ?)
俺が尋ねるたびに、その男はバカにしたように微笑む。
「カオルさんの死神の鎌を調べていたのですよ。ビルクさんと同じタイプだ。思念系の術に反応する。すなわち、成長していく鎌ですよ」
「死神の鎌が成長?」
「ええ、いずれ、カオルさんも死神の鎌に操られるんじゃないですか」