46、ルブレ国 〜橋を微調整する
魔道具塔10階から熊と共に、俺はブロンズ星のどこかへ転移した。
(熊、じゃない?)
到着した場所は、大きな川のほとりだった。熊アバターを着ていたはずの人は、普通の人の姿をしている。
その外見は、キャピキャピとした話し方とはあまりにもギャップがある。お世辞にも若いとは言えないが、妖艶な色気を放つ美しい女性だ。
「あはっ、びっくりしちゃいました〜? 初めての人は、みんなびっくりするんです〜」
「はぁ、まぁ」
「うふっ、ですよね〜。こんなに広い川に橋なんかかけられるの? って思っちゃいますよね〜」
(いや、そっちじゃねぇよ)
俺は、返す言葉が見つからない。
「おとなしい人ですね〜。あっ、被り物がないから不安なのかぁ。お兄さんは補助だけだから、緊張しなくても大丈夫ですよ〜」
熊アバターを着ていたときと変わらないハイテンションな女性は、俺を手招きして歩き始める。
(苦手だ……)
彼女の語尾を伸ばす話し方は、聞いているだけで疲れてくる。もしかすると、そういう特殊能力なのか?
突然、川に石の橋がかかった。次々と橋が現れる。
これは天界で、石の橋のパーツを箱庭に並べているということか。与えられた知識では、これを現地で微調整をして設置完了のはずだ。
(点滅している?)
二つ先の橋が、チカチカと消えたり現れたりしているようだ。
「お兄さん、あの橋の調整をしますよ〜」
彼女がそう言うと、俺はもうその点滅する橋に移動していた。ワープか?
「道からズレた場所に置いたり、川幅と橋の大きさが合ってないと、こうなるんです〜。ちょっとズレてますね〜。私はあちらを持ちますから、お兄さんはこっちをお願いしまぁす」
(石の橋を持ち上げるのか)
彼女は、もう、対岸に移動していた。
俺は、幅が10メートルはある石の橋に触れてみる。すると、手に魔力を感じた。
『お兄さん、左の方へ動かしますよ〜』
頭に直接響いてくる声。俺は指示に従って左へと押してみた。
(軽いな)
橋は軽々と動く。
そのまましばらく押して歩くと、道が見えてきた。どうやら、この橋は、街道らしき道の一部になるようだ。
俺が橋を運んでいると、住人らしき人達から感謝の声がかけられる。橋が戦乱で崩れて困っていたらしい。
所定の位置まで移動させると、橋の点滅はなくなり、動かせなくなった。
(面白い仕組みだな)
確かに、これは一人では移動できない。補助者が必要だろう。微調整の意味も理解できた。
「お兄さん、次、行きますよ〜」
いつの間にか、すぐそばに現れた彼女は、俺を連れて再び転移した。
(別の国か)
都会的な街並みに大勢の人。活気のある街のようだ。そして、同じく石の橋の設置だ。
「お兄さん、今日は次で最後です〜」
また彼女は、俺を連れて転移した。俺は連れ回されているだけだ。結構な時間がかかったが、楽な仕事だ。
「ちょっと、ここは数が多いので、手分けしてもいいですかぁ?」
「両岸から持たないと、設置はできないですよね?」
「あっ、それなら大丈夫です〜。広い川じゃないので〜」
(これが川か)
いま自分が、少し気合いをいれれば飛び越えられそうな川沿いを、歩いていることに気づいた。
点滅している橋を次々と移動させていく。単純作業だが、一人で動かすのは、やはり難しい。橋を移動させるには、浮遊魔法を橋に使う必要がある。その微調整が難しい。
「お兄さん、助かりました〜。すごい適応力ですね〜。今日は、この国で泊まりますよ〜。美味しい物を食べてゆっくり眠ってから、帰ります〜」
「ありがとうございます。ですが、泊まる必要があるんですか」
俺がそう尋ねると、彼女は首を傾げた。熊アバターのときと同じ仕草だが、妖艶な色っぽい目つきでそんな顔をされると、なんだか変な気分になる。
「お兄さん、ここでぐうたらしないで、どうするんです〜? 星集めを急いでるんですよね〜?」
「はぁ、まぁ」
「眠らないと魔力は回復しませんよ〜。星集めには、魔力は必須です〜」
「あっ、そういうことですか。わかりました」
「ふふっ、じゃ、こっちですよ〜」
彼女は、設置したばかりの橋を渡っていく。転移を使うのはやめたのか?
いや、もしかすると、魔力が枯渇状態なのかもしれない。俺を連れてあちこち移動したからな。
「あの、ちなみにここって……」
俺は尋ねてから、しまったと思った。幼女から何度も言われたことだ。場所のサーチくらい、簡単にできる。
最初に行ったのは、どこの国にも属さない大河だったようだ。その次の都会的な街はセバス国か。そして、今いる場所が、セバス国の隣国のルブレ国だ。
女神に与えられた知識によると、魔王ルブレは女性のようだ。セバス国の周辺国は、女性魔王の国が多い。
(魔王セバスのハーレムか?)
「ここは……お兄さんには権限がないのに、勘がいいんですね〜。そうです〜、私の国です〜」
「えっ? 私の国って」
「あっれ〜? 私、やらかしちゃいました〜? きゃはは、今のは無しですよ〜」
そう言いつつ、彼女は何も気にしていないようだ。
「あの、疑問だったんですけど、聞いてもいいですか?」
「権限のないことは、聞いちゃダメです〜」
(そう言われると何も聞けないが)
「権限に抵触することなら、スルーしてください。熊アバターは、いつ脱いだんですか?」
そう尋ねると、彼女はまた首を傾げた。
「私の名前を聞くんじゃなかったの〜? えーっとね〜、クマさんで、ブロンズ星をウロウロすると怪しいじゃないですかぁ」
「へ? あ、はぁ」
「着ぐるみクマさんは、天界でしか着れないの〜。みんな、いくつかアバターを持ってるけど、どこにでも着ていけるアバターは、高いけど欲しいのですよね〜」
「僕は、初期アバターですけどね」
「ふぅん、お兄さんの名前は? 私は、アメリア・ルブレだよ〜」
(ルブレ……魔王ルブレか? 天界人だよな?)
「俺は、嫌な名前をつけられました。カオルと呼んでください」




