42、天界 〜ビルクの件、裏事情
「はい? 星集めの手伝いですか?」
俺が問い返すと、ビルクは笑顔で頷いている。すべての知識を引き継いだと言っていたが、魔王クースのことは知らないと言う。
(信用できる気がしない)
「俺も、勲章の星は集め直すので、ご一緒できればと思っています。カオルさんは、早く集めたいのですよね?」
「いろいろな人から、そう言われていますが……」
コンコン
個室の扉をノックする音が聞こえた。ビルクは立ち上がり、扉を開けた。すると、仁王立ちの女性がいた。
「あんた、こんなところで……あれ? 女じゃないの?」
(はい?)
その女性は、俺を見て首を傾げている。何か誤解があるようだな。
「おまえは何を言っているんだ? とりあえず入れ」
ビルクは、その女性を個室に引き入れ、扉を閉めた。
「カオルさん、すみません。コイツは俺の女なんで……痛っ! 何をしやがる」
女性に頭を殴られて言い返したビルクは、魔王スパークの城で会ったときのような雰囲気だった。これが素なんだろうな。
女性はビルクを無視して、俺の前の席に座った。
「初めまして、カオルさん。このバカが個室を使うときは、いつも浮気をするときなんですよ。カオルさんは、お仕事関係の方ですか?」
「えっと、地上での仕事中に知り合いましたよ」
「地上で? あの、貴方は天界人ですか? それとも……痛っ。あっ、権限がない!? 天界人だ」
その女性は、電撃をくらったかのように、ビクッとして顔を歪めた。そういう仕組みか。権限のない新人と話すのは危険らしい。
「おまえは、飲み物でも買ってこいよ」
「それなら、あんたが買ってきなさいよ。地上で暴れて討伐隊が組まれたんでしょ。その珍しいアバターで、反省でもしてるつもり?」
ビルクは俺に頭を下げ、個室から出て行った。素直に飲み物を買いに行ったのか。
彼が出て行くと、その女性はコロッと態度を変えた。
「カオルさん、いえ、アウン・コークンさんですね。ウチの亭主を救っていただき、ありがとうございました」
「えっ? ご存知だったんですか」
「ええ、私は、アイリス・トーリさんと親しくさせてもらってるんですよ。彼女に緊急要請の指令が出たことを知り、亭主は消滅すると覚悟しました」
「アイリス・トーリさんが、指名されたんですか」
「はい、死神の鎌持ちが暴走し、神々が処分すべきだと判断すると、彼女が指名されます。死神の鎌持ちを担当し指導することが、彼女の役割ですから……最期まで責任を負うそうです」
(幼女は、全員を担当しているのか?)
俺は、女性に尋ねようと思ったが、やめた。権限がどうのと言われそうだ。
「そうでしたか。あの、ビルクさんは何だか……」
「はい、私がこの件を知っているとは、本人は気づいていません。天界では、アシュ・ビルクが死神の鎌を失い、格落ちしたことだけが伝えられています」
そういえば経理塔の身分チェックのときに、そんな情報もあったか。詳細は見ていないが。
「地上で暴れたことは秘密なんですね」
「いえ、地上で暴れた罰として、死神の鎌と勲章の星を失ったことになっています」
(なぜ、そんな歪な嘘をつく?)
「ビルクさんがそう言っているのですか?」
「天界の情報です。アイリス・トーリさんが現地に向かうと、死神の鎌の暴走だとわかったから、鎌を消滅させたと説明されていました」
知る人が聞けば、ビルクを殺して転生させたのだとわかるはずだ。没収も考えられるが、あの状況では不可能だろう。
「貴女は、アイリス・トーリさんから、俺のやったことを聞いたのですか」
「ええ、貴方が死神の鎌を使って、彼の魂を刈り、天界人に転生させてくださったことを聞きました。感謝の言葉もありません。ですが、それを知られると、一部の者達が貴方を狙う。だからアイリス・トーリさんの判断で、鎌の消滅と、彼への処罰という形に落ち着きました」
(は? 幼女の判断?)
「俺が狙われるのですか?」
「おそらく。天界には様々なタイプの人がいます。貴方に力があれば、今回の件はリベンジ転生だと報告されたと思います。ですが……」
「俺が、弱いからですか」
「強い弱いではありません。格と勲章の星です。亭主が引き起こした件で、各地の特産株が大暴落しました。それによって損失を受けた人達の恨みの矛先が、彼を助けた貴方にも向いてしまう」
(特産株?)
そういえば、借りた部屋の人工知能が、特産株がどうとか言っていたな。天界人の趣味らしいが……。
「俺は、まだイマイチわかってないんですが」
「重要な情報は、労働と引き換えに与えられるのです。天界に貢献した証である勲章の星の数は、天界人の地位の証でもあります」
「だから、早く集めろと言われるんですね」
俺がそう尋ねると、彼女は頷いた。
働かざる者食うべからず……いや、働かざる者知るべからず、か。天界への貢献度によって地位が上がっていくシステムだ。
(悪くない)
「あの、アウン・コークンさん。亭主には、私は転生を知らないことにしておいてください」
「心配させるからですか」
「いえ、あのバカはプライドだけは高いので、私には知られたくないと思うんです。鎌に完全に操られるという失態も、おそらくは、私よりも権力を得たいと考えていたからだと思います」
(ふぅん、彼女の方が格上ってことか)
「わかりました」
コンコン!
「バカが戻ってきましたわね」
彼女が扉を開けると、たくさんの料理を持ったビルクが立っていた。その後ろには店員もいる。
「ポイントをすべて没収されていたのを忘れてた」
「あんた、ほんとにバカね!」
呆れ顔の彼女は、店員に代金を支払ったようだ。
「ははっ、カオルさん、すみません。遅くなってしまって。俺のオススメの飯なんですよ」
「あんたが食べたいだけでしょ。カオルさん、ごめんなさいね〜」
彼女の話し方が変わった。ビルクがいると雑な感じだ。彼女の配慮なのかもしれない。
なぜか、突然の食事会が始まった。




