4、天界 〜研修③ 縁を切るか、見守るか
幼女に指示された席に座ると、パソコンの画面のようなものが現れた。だが、キーボードもマウスもない。どうやって動かすんだ?
俺の研修の続きらしいが、転生を失敗したゴブリンの人生を見ろと言われても、意味がわからない。
(うん? なんだ?)
突然、目の前の画面には、あのゴブリンの最期の姿が大きく映し出された。そして、ものすごい勢いで、時間が進んでいく。
超大作映画を何倍速、いや何千倍速で見ているかのようだ。こんなスピードでも、俺には、ゴブリンだった男の転生後の人生が、しっかりと見えている。
(俺の目は、どうなってるんだ?)
幼女が言っていたように、アイツは、人間に転生したようだ。ゴブリンだった前世の知識を利用して、アイツの村では、魔物の襲撃を巧みにかわしている。
そして、その功績から村長の娘と結婚して、村長を継ぎ、それなりに幸せな人生を送ったようだ。負け組ゴブリンより、人間に転生してよかったじゃねぇか。
「どうだ? 反省したか」
「アイリス・トーリ、この人生のどこに反省点があるんだ? ゴブリンよりも、よっぽどいい人生じゃねぇか」
俺が反論したためか、幼女は、眉間にシワを寄せ、ワナワナと身体を震わせている。
ふふん、もっと怒って、俺を追放しろと偉い人に進言してくれ。俺には天界なんて似合わねぇ。地上で自由に暮らしたいんだ。
「おい、新人。私の名を呼び捨てにするとは、いい度胸だな。おまえ呼びと変わらないではないか、スカタン!」
(スカタン、スカタンって、うるせぇな)
「はい、はい、センパイ、すみませんでした〜。研修は、これで終わりか」
「は? おまえは、ただ、彼の人生を見ただけじゃないか。反省し、承認が必要だ。これで確定するなら、この転生者との縁は切れ、彼は、今見た通りの人生を送ることになる」
(承認だと?)
すると、覗きに来ていたフロア長が、笑顔で口を開く。
「アウン・コークンさん、女神様から知識は与えられているはずだよ。落ち着いて、思い出してみなさい」
「は、はぁ」
俺は記憶を探す。大量にぶち込まれた情報は、すぐには出て来ない。くそ女神のやり方が雑すぎるんだ。
(くそっ)
あぁ、そうか。今、見たのは、人間に転生したゴブリンをこのまま放置した場合の人生だ。これで、俺が承認すれば、アイツの人生が確定する。
そして、承認することで仕事が完了となり、俺には、その成果に応じた報酬が支給されるのか。
一方で、承認を保留にしておけば、アイツのピンチに駆けつけてやることができる。それによって、アイツの人生満足度が上がれば、報酬は跳ね上がる。逆に失敗すれば、報酬は下がるんだよな。
(これで縁を切るか、見守るかってことか)
ふと、霊体だったアイツのキラキラした笑顔が頭に浮かんだ。下級魔族だったゴブリンが人間に転生することは、アイツの住むブロンズ星では、種族の格落ちだったよな。
承認は、いつでもできる。一度くらいは、顔を見に行ってやってもいいかもしれない。まぁ、その前に、俺は追放されてるかもしれねぇがな。
「センパイ、俺に何を反省しろと言っているんだ? このゴブリンだった男の人生は悪くないじゃないか」
「は? 尋ねる前に考えろ、スカタン」
すると、再びフロア長が口を開く。
「キミの前世の知識が邪魔をして、なかなか理解はできないようだね。天界が世話をしている星は3つあるだろう?」
「へ? あ、はぁ」
確か、魔族が支配するブロンズ星、特殊な種族が支配するシルバー星、神が支配するゴールド星だったか。
「転生師が関わることのできる魂は、ほんの一部だ。だが、選ばれた魂は記憶を保ったまま、より上の種族へと転生し、いずれはブロンズ星からシルバー星、さらにはゴールド星に転生することも可能だ」
(あー、そうらしいな)
「だが、転生師が転生を失敗してしまうと、その魂は、その権利を失う。今の短い人生を終えると、雑多の魂と同じ転生サイクルを待つことになるんだ」
(前世の記憶の引き継ぎがないんだよな)
「それの何がいけないのか、俺には理解できない。生まれ変われば、すべてがリセットされる。それは、自然なことでしょう?」
俺が反論すると、フロア長は困ったような笑みを浮かべた。この男は穏やかな性格らしい。幼女とは大違いだ。
「おい、新人。前世の感覚を引きずっているから理解できないのだ。そんなことより、さっさと承認しろ。この魂は、死後、通常の転生サイクルを待つしかない」
(は? アイツの人生はどうでもいいのか?)
「嫌だね」
「何が嫌なんだ、新人」
「承認は保留にする。一度くらいは、アイツの顔を見に行ってやらないとな」
「は? 格落ちの魂に、ポイントを使う気か。こんな簡単な転生を失敗したのだから、報酬は少ない。赤字になるぞ」
(ポイントだと?)
あー、そうか。天界から星に降りるには、転移塔の使用料がかかるのか。なんだか幼女が、カネの亡者に見えてくる。
「おまえなー、損得じゃねぇだろ。アイツはあんなに、キラキラしてたんだぜ?」
「その希望をぶち壊したのは、誰だ? 謝りにでも行くつもりか。そんな暇があるなら、他の転生者の世話をしろ」
「ふん、研修を失敗した腹いせか? 俺は保留にする。承認は、し・な・い」
俺を睨みつける幼女。だが、すぐに諦めたようだ。俺の気が変わらないことを察したか。
「あはは、じゃあ、保留だね。キミは、このフロアで採用するよ。面白くなりそうだ。よろしくな」
「あ、はぁ」
笑顔のフロア長に、俺は軽く会釈をしておいた。
(げっ、このフロアって)
「新人、次は経理塔だ」
手錠をグンと引っ張り、エレベーターに向かう幼女。フロアの階を確認し、俺は頭が痛くなった。
このフロアは、お客様相談室。クレーム処理担当のフロアじゃねぇか。なぜ幼女は、俺をここに連れて来た? 嫌がらせか。