38、セバス国 〜天界人の暴走の原因は
「うわっ、何だこれ?」
左手首から死神の鎌を取り出すと、目に映る景色がガラリと変わった。
天界人ビルクが持つ死神の鎌から、赤黒い何かが溢れ出ている。そして、彼の身体の中から彼が持つ鎌へと、魔力の源であるマナが流れていく。
(変だな)
彼自身よりも、死神の鎌の方が魔力が高いように見える。彼は、呪いか何かに乗っ取られて、力を失っているのだろうか。俺でも簡単に、あの男の魂を刈り取れそうだ。
「赤黒い霧のように見えるモノが、魔王クースだ。ようやく実体を持つまでになったのに、アイツが、魔王クースを支配しようとして取り込んだらしい」
(実体を持つようになった?)
大魔王リストー……いや、毒舌幼女アイリス・トーリは、俺に説明してくれているが……話が全くわからない。魔王クースは、実体を持たない魔王なのだろうか。
「それで天界人ビルクは、逆に、魔王クースに操られているのか?」
「は? 何を言っているんだ、スカタン。マナの流れをよく見ろ。アシュ・ビルクからチカラを奪っているのは、魔王クースではない。彼が手に持つ鎌だ」
(はい? 鎌?)
「武器が、人からチカラを奪うわけねぇだろ」
だが幼女の言うように、確かに死神の鎌にマナが流れていく。まるで死神の鎌が、天界人ビルクを乗っ取ったかのようにも見える。
「アシュ・ビルクは、おそらく鎌にそそのかされたのだろう。権限なき者が、地上で誤った情報を集めた結果だ。天界人にとって権限とは、その情報を知るに足る十分な力がある者の証だ」
幼女は、俺が地上で情報を集めようとしていることを、咎めているようにも聞こえる。
(もしかして、今も研修中か?)
「魔王クースというのは、実体のない魔王なのか? 天界人ビルクは、何を騙されたんだ?」
「特殊なモノのことを魔王クースと呼ぶ。魔王クースを狩れば、魔王になれるとでも言われたのだろう。だが、魔王になるとすれば、狩った者ではなく、狩った物だ」
「武器が魔王化するのかよ?」
「これ以上は、話せぬ。知りたいなら権限を得ることだ。天界で、勲章の星を集めろ」
(チッ、くそっ)
だが、だいたいは理解した。天界人ビルクは、自分の鎌に騙されて魔王クースを狩ったのだ。狩られても魔王クースは、霧のような形で生きているのか。
いや、そもそも魔王クースは、実体のない特殊なモノの総称か。見た感じでは、強力なエネルギー体だ。
あれを鎌が取り込むと、鎌が魔王化するということか。無機質な武器が魔王化するのか?
(それは、ヤバそうだな)
死神の鎌は、すべての命を刈ることができる。そんな武器が魔王化したら……勢力図が激変しそうだ。このブロンズ星が、武器の魔王に乗っ取られるんじゃねぇか?
俺は、転生したときに、死神の鎌を持っていた。おそらく死神の鎌は、持ち主と繋がっている。
だから天界人ビルクの討伐は、決定事項なのか。死神の鎌は、持ち主を殺さないと消えないのだろう。
しかし幼女は、天界人ビルクを消滅させる気だったらしい。そういうルールになっているのかもしれないが……。
「新人! 鎌が彼の手にある限り、アシュ・ビルクは死なない。鎌が、魔王クースを捕らえている。魔王クースは死神の鎌でも切れない。おそらく鎌は、危険を感じると魔王クースを纏う」
「は? 不死身かよ」
「私が攻撃すると、鎌は必ず防御する。アシュ・ビルクと離れる瞬間を狙え。おまえに無理なら、この地全体に雷撃を放つ。その際には、檻の中の者を守れない。おまえも無事では済まないぞ」
(ワンチャンスか)
「わかった」
鎌と天界人ビルクが離れる瞬間の意味がわからないが、鎌があの赤黒い霧のようなモノを纏うときなのだろう。
「行け!」
幼女はそう言うと、手に魔力を集め始めた。
(ひぇぇえ〜)
俺の身体が、幼女の集めるエネルギーに吸い込まれそうになる。雷帝リストーは、力を抑える幼女アバターを着ていても、このパワーか。とんでもないバケモノだ。
俺は、思わず怯みそうになる心を奮い立たせ、天界人ビルクの方へと全力で走った。
「アシュ・ビルクさん、さようなら」
幼女はそう言うと、手から魔力を放った。
彼の死神の鎌は、赤黒い霧を瞬時に集めた。だが、幼女が放った無数の雷の刃は、鎌を持つ天界人ビルクの腕を切断した。
(なぜだ?)
幼女の攻撃は、俺には当たらない。
彼の腕が落ちた瞬間、俺の目には、刈るべき魂が見えた。
ズサッ!
俺は瞬時に、天界人ビルクを死神の鎌で斬り裂いた。
「ぐふっ、お、おまえ……」
ドサリと、彼は倒れた。
死神の鎌は、天界人の命もこんなに簡単に奪えるのか。
俺は、鎌を左手首に戻した。俺の一部なのだろうが、死神の鎌を持つことに恐ろしさを感じる。
(なに?)
確実に、魂は刈り取った。だが、彼の死神の鎌が妖しく点滅している。
「新人! さっさと転生させろ。鎌に、彼の魂を盗られるな」
幼女の声で、俺は慌てて魂が上がっていった上空へと移動し、刈り取った魂を転生の光で包む。
その直後、赤黒い霧が、彼の魂に飛びかかった。だが、転生の光にパチリと弾かれて散り散りになっている。
(あ、あぶねー)
『カオル、おまえ……』
「慌てていたので、何もチカラは込められなかったです。ビルクさん、すみません」
『いや……ふっ、俺は、救済されたのだな。ありが……う……』
霊体となった彼は、穏やかな笑顔を浮かべて、スーッと消えていった。
地上へと降りていくと、幼女が、彼の身体を燃やしていた。だが、鎌は燃えないようだ。さっきまで見えていた赤黒い霧のようなモノは見えない。
(あー、鎌を収納したからか)
左手首に触れると、死神の鎌を取り出さなくても、目に映る景色は変わった。
鎌から赤黒い霧が、呪縛から解き放たれたように抜けて、空気中に消えていく。
彼の身体が燃え尽きる頃には、彼の死神の鎌も灰になって崩れていった。
「アシュ・ビルクは、再び天界人に生まれ変わったようだ」
幼女は、晴れやかな表情で、俺にそう告げた。