37、セバス国 〜ビルクを討つことは決定事項
幼女……大魔王リストーは、ロロ達が捕らわれている檻の上に、降り立った。
「うわっ、アイリス・トーリ……な、なぜ?」
ちょうど檻に近寄ってきていた天界人ビルクは、驚きを隠せないようだ。バーサーカー状態ではないのか?
(なんだか、おかしくないか?)
俺の知識が足りないのかもしれないが、バーサーカー状態なら、敵味方の区別もつかないほど認識力が低下しているのではないのか。
天界人ビルクは、右手に死神の鎌を持っている以外に、異常な様子はない。死神の鎌を振り回すことだけでも、十分に異常な行動だが。
「アシュ・ビルク、なぜ私が来たか、わからぬか」
「俺を消すのか。ちょっと待ってください。俺は、消されるようなことはしていない。それに、虐げられた者達を、解放しているだけです。まさか、魔王に相応しくない者を狩ったからですか」
(やはり、正常じゃないか)
セバス国の調査兵の話を思い出した。
未開の森に隠れ住んでいた、幼い魔王クースの集落を壊滅させたのが、天界人ビルクだと言っていた。その呪いをセバス国に持ち込んだから、魔王セバスが怒ったということか。
だが、意味がわからない。魔王クースの情報は、俺には与えられていない。まだ幼い魔王だからか、それとも天界人ビルクが言うように魔王にふさわしくないから、女神が認めていないのか。
天界人ビルクと幼女は、睨み合いが続いている。だがおそらく、幼女が動くと同時に、彼は消滅するのだろう。
(やはり、何かおかしい)
そういえば魔王スパークは、ビルクさんを見捨てるのかと俺に尋ねた。彼も、この違和感に気づいている。
セバス国に持ち込まれたという、呪いの意味もわからない。話の流れからして、魔王クースの呪いか。だがそんなものは、最強の魔王セバスなら、簡単に打ち消せるのではないのか?
(これは、理不尽な処刑か?)
「魔王スパーク様、ビルクさんはなぜ殺されるんですか」
俺は、魔王スパークに賭けた。
「さぁ、なぜだろうね」
「天界人が消滅させられるほどの大罪ですか?」
すると魔王スパークは、ふわりと微笑んだ。答える気はないらしい。俺に知る権限がないからか。
「質問を変えます。ロロ達はどうなりますか。さっき、アイツ……大魔王様が、死なせるようなことを言ってましたが」
「うん、そうだね。彼らは、ビルクさんの討伐に巻き込まれて死ぬだろうね」
「それでいいのですか? 貴方の子供達がたくさん捕らわれているんですよね?」
「あの子達は、それを望んでいるんだよ。僕がしてあげられる一番のことは、彼らに理不尽な死を……」
「何を言ってる? 理不尽な死を喜ぶこと自体がおかしいんだよ! おまえも、この魂のシステムに疑問を持ってるんだろ? だから、何も知らない新人に期待している。前世の感覚の強い俺に期待したんだろ」
魔王スパークは、力なく微笑むだけだ。それが答えらしい。立場上、天界のシステムを批判できないのか。
(くそっ! ムカつく)
俺は、幼女がこの部屋を出ていった通りに動く。天界人の記憶力は便利だ。アイツが空をどう歩いていったか、完全に記憶している。
「カオルさん、何をするつもりですか。もはや、大魔王様の邪魔はできませんよ」
背後から、魔王スパークが叫んだ。振り返ると、彼は、一瞬おかしな顔をしていた。何かにすがるような表情に見えた。
「俺は、世話になったロロを助けに行くだけだ」
「ビルクさんが討たれることは、決定事項です。くつがえすと、カオルさんが討伐対象になりますよ」
(ふぅん、なるほどな)
やはり、魔王スパークは俺に助けを求めている。だから、俺に最大限のヒントを与えたのだ。
天界人ビルクを討つことは避けられないらしい。だが、消滅とは言わなかったな。
(幼女も、おそらく……)
「おやおや、新人さん、ここから出ていくと、貴方の命の保証はできませんよ? 雷帝リストー様の攻撃から魔王スパークの子を守るだなんて、不可能だ」
魔王セバスは、天界側だな。魔王スパークとは敵対しているのかもしれない。
「魔王セバス様、ご忠告をどうも」
(げっ、ちょっ……)
俺は、空から下へと落ちた。魔王セバスの仕業か。俺は、ロロ達が捕らわれている檻の横に、転がった。
「えっ? ちょっと、おまえ……」
俺が転がり落ちた姿を、檻の上から幼女が呆然とした顔で眺めている。
(くそっ! ビビるなよ)
フゥーっと息を吐く。だが、手に嫌な汗が出てくる。
(そうだ、聞かなかったことにしよう)
俺は、さっきまでの情報を忘れることにした。
「センパイ、檻の中には俺が世話になった恩人がいる。死なせないようにしてくれ」
すると、幼女の口角が僅かに上がった。
「おい、新人! 私に命令する気か」
「は? 命令じゃねぇよ。今のはどう考えても、お願いだろ。なんか知らねぇけど、センパイが手を出すほどの相手じゃねーよ。研修を失敗した詫びに、俺が代わってやる」
「ふん、おまえひとりでは無理だぞ、スカタン」
「だったら、そこからサポートしろよ。俺が討ってやる」
「知り合いなんだろ?」
「たいした知り合いじゃねーよ。おまえが動くと、ロロが犠牲になる。だから、おまえは動くんじゃねーぞ」
俺がそう言うと、幼女は不機嫌そうな表情を浮かべた。だが、これでいい。さっき一瞬ニヤついたのを、俺は見逃さなかった。
「まさか、おまえも天界人なのか。死神の紋章を付けた転生者を装っていたのに……」
天界人ビルクは、俺のことを覚えていた。まぁ、当然だな。天界人は、一度見聞きしたことは忘れない。
すると、幼女が口を開く。
「アシュ・ビルク、こんな新人の素性を見抜けなかった理由は、わかっているな?」
「クッ……知らん!」
「おまえが既に、取り憑かれているということだ。主従が逆転している。それが、討伐の理由だ」
(取り憑かれている? 魔王クースの呪いか?)
「新人! おまえも鎌を持てば見えるはずだ」
幼女にそう言われ、俺は左手首に触れた。