31、スパーク国 〜魔王の知らせ
食堂の壁に、大きな映像が映し出された。壁には魔道具が埋め込まれているらしい。
ロロに促されて、仕方なく俺も立ち上がった。
魔王からの言葉があるようだ。魔王の側からは食堂内は見えていないはずだが、座って聞くのはマナー違反らしい。
(魔王への忠誠心は高そうだな)
『我が城の者達、みんな、元気かなー?』
(は? アイドルか)
魔王スパークは、爽やかな笑顔で手を振っている。魔王らしさはない。俺と話したときよりも、さらにフランクな感じだ。
それに応えるように、食堂にいる若い子は、全力で手を振り返しているようだ。
『実はねー、この城に遊びに来てくれていた天界人ビルクさんだけど、ちょっと事情があって、この城には来てもらえなくなったんだ』
食堂にいた人達の動揺が伝わってきた。みんな、死にたがっているから、死神の鎌持ちに会えなくなるのは、ショックなのだろう。
死神の鎌を持つということは、ビルクはおそらく転生師だ。記憶を維持したまま、転生させることができる。
なるほど、長期ミッションで来ていたあの男は、ミッションを終えて天界に戻ったんだな。天界の1日は、ここでは1年だ。いったん天界に帰ると、翌日に来ても1年後だからな。
『それと念のために、しばらくは外に出るときには、身分に関係なく護衛をつけてね。使用人のみんな、畑には警備兵を置くよ。大丈夫になったら、また連絡するね』
その言葉で、映像は消えた。
食堂は、シーンと静まり返っている。ショックが強いのかと思ったが、そうでもなさそうだ。魔王の言葉をかみしめている……そんな印象を受けた。
だが、なぜ、外出することを警戒するのだろう?
あの天界人が城に居たことで、防衛効果でもあったのだろうか。天界人は、独自のオリジナル魔法を持つ。俺の場合は、意味不明なクリーニング屋魔法だ。
あの男は、城を守りに来てやっていると言っていたが……。
うーむ、これは違うか。あの男は、何日も前に城を離れているわけだから、さすがに、防衛効果が続くとは思えない。
「カオルくん、外に出る人達の護衛をお願いできますか」
ロロが真剣な顔で、妙なことを言ってきた。俺が離れると、また自殺まがいのことをするんじゃねぇだろうな?
「ロロさんは、どうするんですか?」
「僕も護衛します。カオルくんと僕が一緒に行動するのは、戦力の無駄ですから、分担しましょう」
(何かが襲ってくるのか?)
「ロロさん、あのビルクさんが居なくなっただけで、護衛って、どういうことですか?」
率直に質問をぶつけると、ロロは首を傾げた。
「ビルクさんと、護衛は、関係ないですよ?」
「さっき、魔王様が、ビルクさんが来られなくなったから、念のために護衛をつけろと言いませんでした?」
「うーん? 別の話だと思います」
(別の話?)
「じゃあ、なぜ、護衛が必要なんですか?」
「さぁ? 隣国で内乱でもしてるんじゃないでしょうか」
ロロは、不思議そうな顔をしている。いやいや、ちょっと待て。魔王が護衛をつけろと言えば、理由は気にせず従うのか。
(あー、従うか)
この城の奴らは、今の人生にはこだわりがない。ただの通過点だと考えているからだ。だから、何も考えずに素直に従うのだ。
◇◇◇
俺は、ロロから、街へ買い物に行く集団の護衛を頼まれた。街をこのダサいジャージで歩くのか。
「あ、あの、よろしくお願いします」
俺の顔が怖いのか、代表のひとりだけが挨拶に来た。ここは、天界じゃない。それに、俺は仕事中だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。まだ、何もよくわからないので、ボーっとしていました」
俺は、なるべくやわらかな笑顔をつくり、穏やかな声で挨拶をした。すると、買い物に行く集団はホッとしたらしい。
(表情には気をつけないとな)
城の門を出るときに、門番から剣を渡された。
「おまえが護衛か? 返さなくていいから、持っていけ。しばらくは必要なはずだ」
「はい、ありがとうございます」
俺は、尋ねたい気持ちを抑えた。下手なことを聞くと、面倒なことになりそうだ。
(だが、何かあったらしいな)
腰に剣を装備した。だが、ベージュのジャージに剣は似合わない。
「カオルさん、すみません。今日は、少し遠い市場まで行かなければならないのです。昨日、注文した物が届いているはずなので」
「大丈夫ですよ。街を観光している気分で歩いていますから」
「カオルさんは、この国の人じゃないんですね」
ロロから、何か聞いているのか。だが、天界人だとは明かしていない。そのうち追放されるかもしれないしな。
「ええ、ちょっと距離感はわからないですけど、少し遠い国だったと思います」
「あぁ、すみません。やはり、潰された国から流れて来た人なんですね。城には、そういう人が多いので、気にしなくて大丈夫です」
何か誤解があるらしい。俺は、適当な笑みを浮かべておいた。
しばらく歩いて、やっと目的の市場に着いたようだ。
(なんだか騒がしいな)
あちこちの店で、店主らしき者と客が言い争いをしているようだ。
「どうなっている? 今日には入荷するはずだろ」
「仕方ねぇだろ。派手な戦乱が起こっているんだ」
「それは、遠いセバス国の話だろ」
(セバス国の戦乱?)
城から買い物に来た者達の表情が固まっている。
「カオルさん、注文していた物が届いていません」
「どうしよう……」
焦っているだけで、何も考える力がないのか。
「何を注文していたのですか」
「魔王様が使われる水差しです。欠けてしまったそうで、昨日、買いに来たら置いてなくて、注文したんです。それなのに……」
(は? 水差し?)
注文を受けた店主も、それを聞いて慌てているようだ。
「それなら、戦乱が落ち着くまで待ちましょう」
俺がそう言うと、店主は首を横に振った。
「入荷の見込みは不明です。たったひとりで、あちこちの国を……水差しの生産国も潰されたようです」
(一人で無双しているのか?)




