29、スパーク国 〜魔王の探し物
「へ? 友達?」
ロロは、友達の意味を知らないのか? また、呆然として固まってしまった。
「お、おまえ、なぜ、ここで杖なしで魔法が使える!? 侵入者だな。どこの魔王の手下だ?」
炎をかき消されたことにキレているのか、魔導士風の男は意味不明なことを言う。魔法が使えないような制限か何かをしているのか。
「俺の素性を知りたければ、魔王様にでも尋ねてみればどうだ? そんなことより、この城の奴らは、みんなこんな感じなのか?」
「何という口の利き方だ! 誰の差し金だ!?」
(面倒くせー)
俺は、クルリと背を向け、固まっているロロの腕を掴んだ。そして、スタスタと歩き出す。
「おい! おまえ!」
魔導士風の男が追いかけてくる。
「何? そのローブを奪ってほしいのか」
「なっ……」
(ふん、黙りやがった)
俺が歩き始めても、もう男は追ってこない。服盗り合戦が、初めて役に立った瞬間だな。
ロロは、歩きながら、ずっと無言だっだ。怒っているのかもしれない。これまで見せたことのないような難しい表情で、黙り込んでいる。
俺は、掴んでいたロロの腕を離した。
「カオルくん、あの……」
何かを言いたいらしいが、言葉が見つからないようだ。
「ロロさん、みんなが死にたがる理由は何ですか? 今の生活から逃げたいのですか」
俺は、ロロに質問をぶつけることにした。
あの女をサキュバスに転生させたが、この城に来て11歳で殺されるのは、もしかすると本人の希望かもしれないからだ。
今、アンゼリカはまだ赤ん坊だ。セバス国にあるサキュバスの森にいる。天界での1日は、ここでは1年だ。ここにいれば、まだまだ時間は十分すぎるほどある。
この城に来て、この城の使用人が死にたがることはわかった。だが、メイドをしていたあの女が処刑された理由は、わからない。
アドという男の子供が腹にいたというが、アドは魔王スパークだ。産めば、ロロが案内した食堂に集まっていた子供達と同じように、ここで育っていくのだろう。
「カオルくんは、転生者だから、まだわからないんです。この星、ブロンズ星はたくさんの命が生まれ、優れた魂だけが知恵もチカラも蓄えながら、より上の種族へ生まれ変わっていくんです」
ロロは、静かに話し始めた。
「僕は、前世では雑種でした。そして前世の記憶を持つから、魔王の子として生まれ変わることができました。次は、きっと上級魔族です。それから、さらに転生を繰り返し魔王クラスになるほど魂の格が上がれば、ブロンズ星からシルバー星へと進むことができます。僕は、シルバー星に行きたいんです」
(はぁ、また魂の格か。うんざりだな)
「ロロさん、なぜ、今のままではダメなんですか。シルバー星には何があるんですか」
「今がダメなわけではありません。でも、次が楽しみじゃないですか? 記憶は薄れてくるから、古い引き継ぎができなくなります。だから、短期間で転生を繰り返すほど、魂の格が上がるんです」
(あー、なるほどな)
これは、天界人が作り上げたシステムなのだな。
あのくそ女神ひとりで、こんな仕組みを考えられるとは思えない。確か、シルバー星のさらに上のゴールド星は、神が治める星だ。
ゴールド星に生まれる者を、神が統治しやすくするためのシステムか。大量にいる天界人の知恵を集結した結果だろう。
(くだらねー)
魂が格落ちすることがあるのを、現地人は知らないのだろうか。それに記憶の引き継ぎは、転生師が与える転生特典だ。ごく一部の者しか、関わることはできない。
いや、これらの事情を知っているからこそ、前世の記憶があるうちに上へと進みたいのか。
シルバー星へ進む者は、従順なイエスマンばかりになりそうだな。それが狙いなのだろうか。前世の記憶を蓄積し、チカラも蓄積した魂を、このシステムを使って作り上げているのか。
(ロクなことしねーな、天界人は)
なんだかブロンズ星は、農場みたいに思えてくる。シルバー星やゴールド星のための魂の農場。いや、酪農か。
「あの、カオルくん? 大丈夫ですか?」
俺が考え込んでいると、ロロは心配そうな顔をしてしいる。やはり、コイツはそういう奴だ。とても心優しい。
悪魔は自己中心的で恐ろしいイメージがあるが、ハーフデーモンだからなのか。魔王スパークの息子だから、相手の考えを感知する能力があるのかもしれないな。
「あぁ、はい、なんでもありません。今日は、この後はどうするんですか」
「えっと……うん、また、外の見回りに行こうかな」
ロロは、死ねなかったからか、チカラなく微笑んだ。生きる目的が、理不尽に殺されることだなんて、あまりにもおかしい。
(この世界の奴らは、狂っている)
ロロがこんな顔をするのは、天界人のシステムのせいだ。こんな転生システムがなければ、もっと幸せに暮らせる。
「じゃあ、俺も一緒に行きますよ」
「えっ? うん、外では、自分の失敗で死ぬことはあっても、理不尽に殺されることはあまりないから……」
また、ロロは言葉選びに困っているみたいだ。俺のように、この世界に対する理解がない者には、どう接するべきかわからないのだろう。
「俺は、あまりスパーク国を知らないから、珍しい野菜を食べてみたいです。自分の失敗で死ぬと、記憶の引き継ぎができないんですよね?」
「あっ、うん。えっと、そうだね」
「じゃ俺が、ロロさんが元気になるまで、しばらく護衛しますよ。失敗して命を落とさないようにしないとね」
俺がそう言うと、ロロは、パッと明るい表情を浮かべた。
「カオルくんが一緒だと、心強いですよ。じゃあ、野菜農家をまわりましょう」
ロロは、裏庭へと向かっていく。その足取りは、さっきよりは軽くなっているように見えた。
(ふっ、単純な奴だな)
やはり、世話好きなロロには、お気楽な笑顔が似合う。
あー、そうか。魔王スパークの探し物は、これか。