24、スパーク国 〜元兵のロロという男
俺は、わざと、境界線内に倒れ込んでやった。
(ふん、やはりな)
俺を蹴り入れた兵らしき男は、もう俺には興味を失ったらしい。いや、警戒を解いたということか。
この城のルールは、俺には理解できない異様なものだ。
黒い革のローブの男は、服装が身分を表すから、殺して奪えと言っていたように聞こえた。
魔王スパークが、転生者には毎回期待はしていると言っていたが、それって、服盗り合戦のことか?
(くだらねぇ)
ただの魔王の娯楽なのか、それとも理由があるのか?
魔王は、相手の考えたことが文字となって見えると言っていた。それなら、裏切りも簡単に把握できるだろう。
(考えるだけ無駄か)
「あの、大丈夫ですか」
俺に気付いた若い男が駆け寄ってきた。
「おい、おまえ、新入りに教育しておけよ。おまえも、こんなに近寄るな。殺すぞ」
兵は、頭がおかしいらしい。それほど、奴隷に襲われることを恐れているのか。
俺が立ち上がると、若い男は無言で俺の手を引いて廊下を歩いていく。そして廊下を曲がると、ふーっと息を吐いている。
「大丈夫ですか?」
「問題ありません。しかし、感じ悪いですよね」
「貴方は降格じゃなくて、初めて城に来たんですね。僕は、ロロといいます。兵として採用されたんですが、今は使用人です」
(名乗れと言っているのか)
「城に入ったのは始めてですよ。俺は……芦田 薫です」
「えっ? 足……えっと……」
そうか、芦田と言ってもわからないな。
「カオルと呼んでください。友達は俺のことをそう呼びますから」
「友達か。あはは、まぁ、いっか。一応、僕は、ここでは上位なんだけど」
失礼だったのか。胸元の線が3本線だ。これが身分を表すのかもしれないな。
「そうなんですね。俺は、てんか……いや、まぁ、いいや。ロロさん、と呼べばいいですか」
「はい、それでいいですよ、カオルくん。じゃあ、案内しますね。まず、ここは食堂ですが、カオルくんは利用しない方がいいです」
(食事がいらないとバレている?)
チラッと中を覗くと、結構混んでいる。特に女性が多いか。
「俺には食事は不要だと……」
「いえ、さすがにそんなことは言いません。ここは、さっきの廊下にも出入り口があるんです。だから、ここにいる人達は、待ってるんですよ」
「何をですか?」
「女性は特に、仕事終わりの兵が来るのを待っています。取り入って、メイドの服を奪う手助けをさせる気です。男性は、油断している兵を狙っています」
(は? 服盗り合戦か)
「食堂なのに、食堂じゃないかのようですね」
「ええ、それだけ必死なんですよ。ここが、宿舎になっています。どこで寝てもらっても構いません。使用人は、服を奪われる心配がないので、ゆっくりできますよ」
宿舎だという場所は、雑多に寝具が積み重ねられている大部屋だ。修学旅行じゃあるまいし、勘弁してくれ。まぁ、俺は眠る必要はないが。
「みんな、ここで寝るんですか」
「一部の男性の部屋です。女性は、別の部屋になります。ちなみに僕は、大部屋が苦手なので、仕事先で眠りますけどね」
「仕事先?」
「ええ、ここにいる使用人には、いくつかの仕事があります。大半は、農作業をしています。他には、買い物で街に出たり、あちこちの集落の農作業を監視したり、森に狩りに行ったりします」
「何をするか決まっているのですか」
「農作業は、だいたい決まっていますね。僕は、集落の見回りに行くことが多いです。いずれも、単独行動は禁止です。危険なので、4人以上で行動します。ちょっと行ってみましょうか」
(危険?)
俺の教育のつもりか。ロロは、次々と効率良く話を進める。手慣れているようだな。
しかし、ど田舎なスパーク国が、危険なのか? 奴隷が逃げないための相互監視かもしれないが。
ロロは、建物から出て行く。城の裏手か。広い草原が広がっているが、畑ではなさそうだ。
「カオルくん、こちらですよ」
彼が手招きしている場所には、何かの光が見える。草原に、転移魔法陣か?
「今回は、既に4人が行っている近くの集落の畑に行ってみましょう」
「近くでも、転移を使うのですか」
「ええ、歩くと日が暮れてしまいますからね」
確かに、そろそろ夕方だ。彼に従って、転移魔法陣に足を踏み入れた。
◇◇◇
移動してきた場所は、広い野菜畑になっていた。確かに、城から離れた場所だ。周りを見回しても、城は見えない。
「先に行った4人と合流して、今夜は、この付近で夕食と宿を取りましょうか」
「えっ? 俺は、お金持ってないですよ」
「そんなものは不要です。この服を着ていれば、城の外では城の使用人だとわかるので、もてなしてくれますよ」
(奴隷をもてなす?)
ロロは、畑の中を進んでいく。
すると作業をしていた人達は、ぺこぺこと頭を下げている。
「4人が来ていると思いますが、どこにいますか」
彼が話しかけると、彼らは緊張した様子で、俺達が歩いてきた後方を指差している。
「また、裏の柵が壊されたのです」
すがるような必死な顔だな。
「そうですか。また、赤猿かな。ちょっと行ってみますね」
(害獣被害か)
後方へと進んでいくと、突然、ロロが立ち止まった。
「カオルくん、戦えますか」
「えっ? 猿ですか」
「いえ……魔物です。4人は襲われて隠れているようです」
ロロは、腰に短剣を装備し、駆け出した。仲間を助けるつもりだろう。なんだか、意外な気がした。服を奪うために殺せと言う、城の使用人なのにな。
(だが、悪くない)
俺もついて行くと、確かに魔物らしきモノがいる。俺は、自分の戦闘力がまだわからない。ちょうどいい機会だ。
壊された柵の木を拾う。
そして、物資強化の魔法を付与した。いろいろな魔法は、女神から与えられている。でも、ここで派手な魔法は使えない。
「えっ? カオルくん、折れた柵で戦う気ですか」
「はい、ちょっと試してみます」
(魔物は、2体か)