22、スパーク国 〜魔王からのクレーム
転生塔10階へ移動すると、もう、転移の準備が始まっていた。フロア長は、居ないようだな。まぁ、休み中だと言っていたか。
「用件は確認しましたか? 魔王スパークの趣味ですよ? 天界人イジメです」
転移塔の魔女っ子は、俺を心配してくれているらしい。
「至急用件だとは考えられないですね。受注する人がいないと聞きましたが、天界人イジメなんですか」
「貴方は、新人だから知らないんです。私も言いたいけど、貴方にはその情報を知る権限がないので、ジレンマですよぉ」
(また権限……勲章の星か)
「あの、セバス国の緊急要請は片付きましたか? さっき、セバス国の東部を探していたら、受注が止まっていたんですけど」
「まだ終わっていません。今は東部だけではなく、セバス国全域とその周辺国も、転移規制地域になっていますから、受注できませんね。スパーク国は離れていますから、帰還は大丈夫です。ご心配なく」
「制圧失敗ですか? 困った天界人の暴走なんですよね?」
そう尋ねると、魔女っ子は、シーッと口に人差し指をあてている。
「現地時間で9日ほど時間を遡りますから、この件は魔王スパークには、絶対に言っちゃダメですよ。未来のことを教えることになりますから」
(あぁ、そうか。未来か)
俺は、小太りの男から、簡易な魔法袋を渡された。現地に行くたびに、必要最低限の物を支給されるようだ。
「服を着替えてください」
この男は、お客様相談室の事務員か。用件ごとに必要な物を揃える仕事をしているようだ。
「今、着ている服はスパーク国の隣国の服だから、これでいいんじゃないですか」
「ダメですよ。今回の用件をしっかり確認しましたか」
俺は、大きなため息をつき、服を着替え始める。前回とは違って、至急用件なのに急かされることはない。
もう一度、依頼内容を思い出してみる。
魔王スパークからのクレームだが、スパーク国に転生させた者の質が、とんでもなく低いというものだ。
(それは、転生師の責任じゃないだろ)
城勤めとなった転生者が何かを失くしたから、天界人が責任を持って探せという依頼だ。
失せ物なら、自分達で探せばいいはずなのに、わざわざクレームをいれてくるんだな。
服を着替えてみると、ジャージのような感じだ。ベージュのジャージなんて、ダサすぎる。胸元には、黒いラインが1本入っているが……。
着替え用も、同じジャージだ。まぁ、パジャマには良いかもしれないが……天界人に睡眠は必要ない。
「スパーク国で、こんな服を着ている人は見たことないですけど?」
「それは、城勤めの最下位の者が着る服ですよ。ぶっちゃけると奴隷です」
(は? 奴隷の服?)
「服装の指定があるんですか? 天界人を寄越せと言ってるんですよね? 奴隷のふりをするんですか」
「天界人として、城へ入ってもらいます。魔王が至急用件にしてくるのは、通常クレームなら、誰も対応しないからなんですよ。至急用件は報酬が高いから、うっかり受注する人もいるのでね」
(金で釣られた奴を、奴隷にするのか)
天界人は、プライドの高い奴が多い。だから魔王は、城の中で最も身分の低い者として、天界人を扱おうってことか。
あんなアイドル系のイケメンのくせに、性格は激しく歪んでいる。天界人に恨みでもあるのかもしれねぇな。
「あー、余計なものは持っていかない方がいいです。剣と腰の魔法袋は、アイテムボックスに入れてください」
「スパーク国の通貨も入ってるんですが」
「奪われるだけです。必要な物は、今、渡した魔法袋に入れてあります」
(俺が奪われるわけねぇだろ)
だが、ここでゴタゴタするのも面倒だ。それに、魔王の城に行くわけだ。一応、指示に従っておこうか。
フロア長からの忠告もある。戦闘力が高い者ほど、隙ができると言っていた。自分の力を過信するバカにはなりたくない。
装備していた魔法袋を外し、剣や脱いだ服もすべてアイテムボックスに収納しようと意識すると、魔法袋と服がパッと消えた。
(これ、便利だよな)
「じゃあ、現地時間で9日ほど時間を遡ります。下手をすると1ヶ月くらいかかるかもしれませんが、適当でいいですよ。魔王スパークが帰る許可を出すか、こちらが戻すべきだと判断したときに、帰還の転移魔法が発動します」
「えっ、1ヶ月!?」
(あの女はあと10日しか……いや、大丈夫だ)
ブロンズ星では、10年の時間がある。天界にいるから慌てることになるんだ。
「まぁ、適当でいいですから。これは魔王スパークの、ただの嫌がらせです。いってらっしゃい」
そう言うと魔女っ子は、杖を振った。
◇◇◇
見た記憶のある景色だ。
俺は、スパーク国の魔王スパークの城の近くに転移していた。城の中に直接転移するわけじゃないのか。
手に持っていた簡易な魔法袋を腰に装備した。中を覗いてみると、着替えの服と、大きめの布袋が見えた。財布や石ころは見当たらない。飲み物や食べ物もなさそうだ。
(剣もないか)
まぁ俺には、死神の鎌があるから剣はいらないが。
「止まれ! 見ない顔だな。なぜ、城の使用人の服を着ている? 誰かを殺したか」
(は? 俺は見た記憶がある顔だぜ)
「天界から参りました。魔王スパーク様が、お呼びだということですが」
すると、コロッと門番の態度が変わった。
「そうでしたか。失礼致しました。使用人の服を着て来られたから、驚きました」
へぇ、奴隷を殺して、城に入り込もうとする連中がいるということか。
俺は、相手によってコロコロ態度を変える奴は、信用しないことにしている。
(だが、1ヶ月か……友好的にいくか)
「使用人の服なんですか!? 魔王スパーク様は、門番の人達を驚かせようとしたんですかね〜」
とぼけたような顔をつくる。俺の真顔は、暗殺者みたいだからな。ブロンズ星では、表情に気をつけないと。
一瞬、沈黙があった。
(失敗したか?)
「あはは、優しい人で良かった。ご案内します」