215、幻人の森 〜まだスローライフは始まらない
今回で、最終回です。
いつもの倍のボリュームになっています。
「へぇ、正統派か」
バブリーなババァの劇場では、幻界神サリュの初舞台が行われていた。少年の姿をしているが、サリュは巨大なドラゴンだ。
「きゃー、かわいい! サリュくぅん」
「こっち向いて〜、きゃ〜」
聞いたことのあるような曲を歌って踊る幻界神。まぁ、彼自身が、少年の姿の自分をかわいいと自負していたから、アイドルを楽しんでいるようだ。
「人が多くて、よく見えないな」
「おまえが幼女アバターを身につけてるからだろ。仕方ねぇな」
俺は、彼女をヒョイと抱き上げて、肩車をしてやった。
(痛っ!)
フリフリなスカートがめくれないように気を遣ったつもりだが、アイリス・トーリは俺の頭を、思いっきり殴りやがった。
「なぜ、私の股に……バカッ!」
「おまえが見えないって言うからだろ。グーで殴るな。俺の頭が破裂したらどうすんだよ」
「このアバターは力を制御するから、私が全力で殴っても、おまえの頭は爆発しないぞ」
「全力で殴るなよ? グーはやめろ。暴れんな、クソガキ」
俺がクソガキと言ったためか、アイリス・トーリは、足をばたつかせた。下を向くと、顔を蹴られそうだな。
「こら、暴れんな。サリュを見に来たんだろ?」
俺がそう言うと、彼女はおとなしくなった。
最近の彼女は、俺と一緒に人が集まる場に行くときは、幼女アバターを身につけることが多い。照れ隠しなのかは不明だが、リィン・キニクは、彼女が失った時間を取り戻しているのだと言っていたか。
彼女は、シダ・ガオウルだった子供の頃、天界によって殺され、性別を変えて転生させられた。その後は、一部の記憶を封じられたまま、ずっと大魔王リストーとして生きてきたようだ。
(まぁ、俺に甘えているということか)
「あら、アイちゃん。いいわね〜、肩車〜」
サリュの舞台を見ていると、リィン・キニクがからかってきた。バブリーなババァの劇場視察だろうか。
「見えないからだ。劇場内は魔法の発動が制限されるからな」
彼女は、さも当たり前だと言わんばかりの……言い訳をしている。完全に照れ隠しだろう。
「ふふっ、仲良しでうらやましいわぁ〜。この後は、私の劇場の方に来てくれるわよね? サリュくんも、来るって言ってたけど、この人気だとファンに捕まっちゃうかしら?」
(サリュも?)
「リィリィさんの劇場ですか? あー、ブロンズ星の住人じゃないアイドルのことかな」
「あら、知っていたのね。さっき、デビューの初舞台だったの。この後、握手イベントをするから来てあげて」
リィン・キニクは、アイリス・トーリに言っていると感じた。彼女の知り合いなのか。
話しているうちに、サリュの初舞台は終わった。会場内の人の大移動が始まった。サリュのグッズ販売だな。
(すごい人気だな)
「リィン・キニク、こんな状態だと、サリュは動けないぞ。初舞台だから、グッズ販売所にはサリュ自身が立つはずだ」
「そうねぇ。ふふっ、アイちゃんは詳しいわね。じゃあ、アイちゃんとカオルくんだけでいいから、来て」
リィン・キニクは、俺の腕をつかみ、出口へと引っ張っていく。こんな強引な彼は珍しい。
(なぜ降りない?)
サリュの舞台は終わったのに、アイリス・トーリは、肩車のままだ。機嫌が良いのか、足をぶらぶらさせている。
幼女アバターを身につけていても、彼女は彼女だ。俺は、首に伝わる温かさに……妙に意識してしまう。そんな俺の心がわかっているのか、彼女はなんだな楽しそうなんだよな。
まぁ、肩車をしたのは俺だから、何も言えないか。
◇◇◇
リィン・キニクの劇場に入って、新人アイドルの握手イベント会場へ移動すると、やっと彼女は、俺の肩から降りた。
「チッ、なぜ、あのバカが……」
(仲の悪い知り合いか?)
会場内は、すごい人だった。リィン・キニクの劇場は、演劇がメインらしいが、女性アイドルもいる。
「リィリィさん、新人さんはすごい人気ですね」
「そうねぇ〜。ブロンズ星以外からのお客さんも多いわねぇ。ちょっとヒヤヒヤするわ」
確かに、見た目というか服装が、明らかにトレイトン星系だとわかる人も多い。
「カオルちゃ〜ん!」
(は? まさか……)
握手イベントに集まっていた人達が、一斉に振り向いた。いや、彼女の道を作ったのか。
「来てくれたんだぁ。シダくんもありがとう〜。シダくん、さっき肩車してなかったぁ?」
どこかの歌劇団のドレスのような派手な衣装を身につけた女性。だが、妙に似合っている。
そんな彼女が、品良く歩いて近寄ってきた。
「エメルダ! 聞いてないぞ」
「うふっ、だって言ってなかったもん。シダくんもアイドルになれそうだよ。そのフリフリワンピース、かぁわいい」
「チッ!」
彼女は反論できずに、舌打ちで返した。そして、リィン・キニクを睨んでいる。まさか、自分もアイドルするとか言わないよな? 彼女のイライラが増していく。
(はぁ、仕方ないな)
「エメルダさんは、リィリィさんにスカウトされたんですか?」
「違うよ。私がやるって言ったの〜。サリュもアイドルするなら、私もいいでしょ?」
「そうでしたか。演劇の勉強とか大変だと思いますが、頑張ってくださいね。あっ、ファンの皆さんが待ってますよ? ファンは大事にしないと」
「わかったわ。カオルちゃん、私がこの劇場で一番になったら、そんなチビは捨てて、私と結婚してくれる?」
(は? 何を言ってんだ?)
エメルダ・ガオウルの突然の意味不明な問いに、会場内がざわついた。アイリス・トーリが怒って放電しないかとチラッと視線を移すと……幼女アバターに身を包んだ彼女は、不安そうな表情をしていた。
「あらあら、カオルくんってば、大魔王になってから、モテモテねぇ〜」
リィン・キニクが、空気をやわらげようと気を遣ってくれたが、彼女の表情は変わらない。
(何を不安がってんだよ)
俺は、アイリス・トーリを再び、ヒョイと持ち上げ、肩車した。
「エメルダさん、俺は、コイツ一筋なんで」
「えっ?」
頭上の彼女が小さな声をあげた。きっと、耳が赤くなってるだろうな。
「また振られちゃったわ。でも、私、カオルくんの顔、すごく好きなのよね〜」
「エメルダさん、それは俺じゃなくて、別の人が好きだったんでしょう? ほら、冗談ばかり言ってないで。ファンの皆さんが待ってますよ」
俺がそう言うと、エメルダはフッと笑みを浮かべて、戻っていった。
彼女は、今でも、トーリ・ガオウルに惚れているのか。
◇◆◇◆◇
それから、10年近くの時が流れた。ブロンズ星時間で10年だから、天界時間では10日ほどだ。
俺の領地は完全に復興した。そして旧キニク国も、トーリ・ガオウルの墓所を守るために、俺の領地に併合された。トーリ・ガオウルの配下だった罪人27人からの進言で、エメルダが勝手に併合したらしい。
今、冥界神である彼女は、冥界にいる。俺は、彼女を迎えに行くために、冥界へと入った。
俺達の関係は以前とは変わらない。彼女は、俺の妻だ。そして、今、俺達の関係が少し変わろうとしている。
「もうそろそろ……えっ? もう生まれたのか?」
冥界にある彼女の城で、俺を迎えた彼女の腕の中には、スースーと寝息をたてる赤ん坊がいた。
「ふふっ、さっき生まれたよ」
「どうして知らせてこないんだよ」
「知らせたら、すぐに来るでしょ?」
「当たり前だろ」
「だからだよ。どんな感じになるか、わからなかったから。でも、普通に赤ん坊だったね」
冥界神が生む子は、アンデッドになるという天界人もいた。だから彼女は、俺にショックを与えたくなかったのだろう。だが俺は、だからこそ立ち合いたかったのにな。
いろいろと文句を言いたくなったが、俺はすべての言葉を飲み込む。
「そうか、体調は大丈夫か? アイ」
「うん、私は平気なんだけど……」
彼女は、腕の中の赤ん坊に視線を移した。すると赤ん坊がパチっと目を開けた。俺に似た男の子だ。赤ん坊なのに、もうすでに暗殺者のような、クールすぎる顔をしている。
(あれ?)
「赤ん坊なのに、なぜ泣かないんだ?」
「それは、父さんが抱っこすればわかるよ」
父さんと呼ばれて、俺は気恥ずかしくなった。それなら……。
「母さんがそう言うなら、抱っこしてみるよ」
俺がそう言い返すと、彼女の耳が赤くなった。そして、ぷくっと膨れっ面をして、俺に赤ん坊を押し付けるように雑に渡した。
(ちょ、あぶねーな)
「おまえなー、もっと丁寧に……えっ?」
俺が驚いた顔をしたためか、彼女はニヤッとイタズラが成功した悪ガキのような笑みを浮かべている。
「父さんの魔力を得れば、解除される。魂は入っているからね」
彼女がそう言うと同時に、赤ん坊は俺から魔力を吸収していく。そして、強い光を放ち始めた。両親の魔力を使って、成長していくのか。
やがて光が収まると、俺達の子は、3歳くらいにまで成長していた。これが、冥界神の子として生まれたということか? いや、だが……まさか?
「とうさん、かあさん、あははっ、へんなかんじだな」
俺は、息子を地面に下ろした。すぐさま彼女が、息子に魔法で服を着せている。
「もしかして、この子は……俺達の子は……乗っ取られた?」
「あはは、勘がいいね、カオル。私もびっくりしたんだけどさ。お腹の中に命が宿ったときからだから、乗っ取られたわけでもないみたい。私達の子として、生まれたんだよ」
「そ、そう、なのか。でも、転生したなら……いや、転生か?」
「もちろん転生だよ。記憶も引き継がれてる。だよね? 坊や」
彼女にそう問われて、俺達の息子は勢いよく頷いた。
「ぼくのなまえは、どうするの? とうさん」
(えっ……どうすんだよ?)
俺は、彼女に視線を移す。だが、変な名前はつけられない。この世界では、音は縁を繋ぐのだから。
「カオルが決めていいよ」
「ちょ、丸投げかよ。この魂は、おまえの父親だろ?」
「でも、私達の坊やだよ? ふふっ、うふふっ」
彼女は、本当に幸せそうに笑った。俺達の子が無事に生まれて、しかも彼女が願っていた父親の復活でもあるもんな。
「確かに、変な感じだな。だけど、名前を変えると何かが変わってしまうんだよな?」
そう尋ねると、彼女はニヤニヤしながらも、頷いた。
「じゃ、トーリ、一択だろ」
俺がそう口に出すと、俺達の息子はそれを承諾するかのように、一瞬、強く輝いた。
「名付け完了だね。ここは冥界だから、今の光は、関連ある所に伝えられるよ。さっ、幻人の森のお家に戻ろっか」
彼女はそう言うと、俺達を転移の光で包んだ。
◇◆◇◆◇
「あぁ、トーリ・ガオウル様! おかえりなさいませ!」
俺の領地に戻ると、トーリ・ガオウルの配下だった者達を始め、次々と、見たことのない人もやってきた。
「とうさん、ちょっと、こわい」
(へ? 怖い?)
俺の腕にしがみつく息子。そうか、トーリ・ガオウルの魂を持つ子だけど、まだ魔力の低い3歳児だ。
「皆さん、この子は、私達の子です。魂は私の父のものですが、生まれたばかりです。ゆっくりと成長を見守ってください」
彼女がピシャリと、来客を制した。俺も何かを言うべきだな。息子が俺の腕を引っ張っている。
(あー、そうだな)
「皆さん、トーリ・ガオウル様の墓を守ってくださりありがとうございました。この子には、すべての力が引き継がれました。成長の妨げになる能力は今は使えませんが、魔力量が増えれば使えるようになります。心配なさらないでください」
息子の気持ちを代弁すると。彼らはホッと安堵の息を吐いた。さっきから、サーチ魔法を使われていたようだ。それが、息子には怖かったらしい。
(普通に、子供だな)
「確かにそうですね。俺達が騒ぎすぎてしまいました」
「坊やが成長されるまで、我々はこの地の安全を守らせてください」
トーリ・ガオウルの復活までという話だったのに、彼の配下だった者達は、期間の延長を申し出た。彼らがイメージする復活とは、少し違う形だったからだろう。
「わかりました。よろしくお願いします」
俺が承諾すると、彼らは弾ける笑顔を見せ、姿を消した。きっとあちこちに、トーリ・ガオウルの復活を知らせに行ったのだろう。
俺達の子に、まさかの魂が宿っていて驚いたが、息子トーリは、まだ魔力も低いし、少し臆病なところもある普通の子供のようだ。
「カオル父さん、お腹が減ったよ」
彼女は、ニヤニヤしながら、俺に催促だ。それなら……。
「トーリ、母さんがご飯を作ってくれるって」
「は? 私が作って、トーリがお腹を壊したらどうするんだ? スカタン!」
(コイツ……)
「おまえなー、まぁ、いいや。家に入ってろ。ちょっと買い出しに行ってくる」
「はーい! トーリ、一緒に父さんを待ってようねぇ〜」
(完全に、幼女化している……)
キャッキャと無邪気な笑顔を見せる彼女。そして、そんな彼女を不思議そうに見つめる息子。シダだった頃とはあまりにも違うから、驚いているのか。
俺は、まだまだ、スローライフを始められそうにない。
だが、それも悪くない。
これからも、この無邪気な笑顔を守っていこう。
俺は、そう固く心に誓い、転移魔法を唱えた。
──────── 〈完〉 ────────
皆様! おかげさまで、完結まで描くことができました!
本当にありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و
この1年ほど、更新の頻度がグダグダでしたが、最後まで読んでくださって、本当に本当にありがとうございます。
昨年この作品が、なろうコンの一次選考を通過したことも、読んでくださっていた皆様のおかげです。書き続けなければ、賞に応募することもできませんでした。
テンプレとは違う話だからか、序盤はブクマもアクセスも異常に少なく、逆に星1ばかりがつけられて、心が折れそうになっていました。いや、ポキポキ折れてました。
そんな中でも読み続けてくださる皆様がいらっしゃったから、何とか走り続けることができました。、本当にもう感謝しかありません。ありがとうございます!
つきましては、というのも変なのですが、付けていただいていたブクマは、枠が大丈夫な方は、外さずにそのままにしておいてほしいです。本作は特に、ブクマに救われました。外されると悲しくなるので……。あっ、無理なら、強制はしません。作者のわがままです、はい。
後書きも、ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
アリ(´・ω・)(´_ _)ガト♪
来月の中旬くらいからになると思いますが、新作を始める予定です。よかったら、覗いていただけると嬉しいです。
本当に本当に、ありがとうございました!(〃ω〃)




