211、墓所 〜幻界の砂竜と白い光
『幻界神コークン、その言葉は禁忌だ。幻界神ともあろうキミが、仕える者に媚びてはいけない』
砂竜……幻界にいるドラゴンが返事をしてきた。
『俺には無理だ! サリュ、助けてくれ!』
キンッ!
(おっと、あぶねぇ)
腹の傷のせいで、動きが悪くなってきた。だが、これでいい。この状況でなければ、あの契約は成立しない。
「な、何と恥知らずなことを……」
俺に重い剣を打ち込んだ後、ライールは、俺から大きく間合いを取った。
(ふっ、予知通りだ)
幻界神の予知能力の使い方が、だいたいわかってきた。何かを強くイメージすると、それに関する予知が優先的に浮かぶ。
俺は、傷を負ったから助けを呼ぶ、とイメージした。この言葉を発した後の予知は、無限かと疑うほど多くの場面が浮かんだ。俺はその中に、最適な結末となる予知を見つけたのだ。
これは、トレイトン星系の奴には、絶対に思い浮かばない策だろう。というか、ライールが幻界神の地位にあったとき、同じ言葉を発しても、この予知は起こらないかもしれない。
(新人の俺だけかもな)
ライールは、今の俺の言葉に、何か裏があると考えたようだ。一気に警戒を強めた。
幻界神は、発した言葉と意思が異なっていた場合、その言葉は何かを造形するらしい。この造形は幻界神の術の一つだから、ライールは俺がその術を使ったと考えたようだ。
周りを警戒して、ライールは、トーリ・ガオウルの墓からも少し離れた。幻界神の力を自ら、魔王セバスに渡したことを後悔しているようだな。そんな感情が、俺には伝わってくる。
(これも、幻界神の能力か)
チラッと、アイリス・トーリの方に視線を向けると、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。そのことがさらに、ライールを警戒させている。
(何を笑ってんだ?)
たぶんアイリス・トーリは、俺が何を考えているか、わかってないだろう。ただ、俺を信用してくれている。俺は、そう感じた。
「幻界神のチカラを……そうか、時間がかかるのは、まだ使いこなせてないためだな」
ライールは、意味不明なことを口にすると、自身にバリアか何かを纏ったようだ。上下左右あらゆる方向を警戒している。
(造形は、どこにでも出せるってことか)
この墓所は、いろいろなマナが入り混じっている。何かを探るには、かなりの集中力が必要らしい。
しばらく睨み合いが続いた後、奴は、俺の背後の岩壁に視線を向けると、わずかに笑みを浮かべた。
(何を笑っている?)
ライールは、俺と背後の岩壁の間に移動した。そして、ニヤリと口角を上げると、その岩壁を剣で切り裂く。
ガチン
鈍い音がしたが……。
(何をしてんだ?)
あぁ、俺が背後の岩壁に、何かを造形し始めたと考えたのか。奴の感情が大きく動くと、それが俺に伝わってくる。だが、奴は俺の考えは気づかない。
思念に関しては、今の俺の方がライールより上らしい。幻界神の能力って、これほど凄まじいのか。
「ふふっ、新人幻界神は、造形を失敗したらしい。いや、マナの集まりを俺に悟らせるから、失敗するのは当然か。やはり、小者だな。幻界神の偉大なるチカラを、ほとんど使えていないではないか」
(嬉しそうだな、コイツ)
そして、アイリス・トーリの方にチラッと視線を向けたが、またニヤリといやらしい笑みを浮かべている。
彼女は、トーリ・ガオウルの墓守達を守っている。おそらく、隙をみて、彼らの怪我の治療をしたいのだろう。
冥界神がすぐには動かないと判断したライールは、ターゲットを俺だけにしぼったようだ。腹から血を流す俺は、ライールにとって、もはや幻界神のチカラを持つ天界人ではない。楽に幻界神の能力を奪い返せる、獲物だろう。
(来る、か)
予知の色が濃くなった。ライールは、俺を斬り裂こうと剣を構える。コイツのスピードは目で追えないほど速い。
だが、奴の剣は、もう俺には届かないだろう。
「新人幻界神、残念だったな。幻界神は死ぬと消滅する。これで、お別れだ」
ニヤッと余裕の笑みを浮かべると、奴は消えた。死神の鎌を構える俺の方へと、目に見えないスピードで移動しているのだ。
(このままなら、死ぬな。普通なら)
ガガガガガッ
「なっ? 何?」
奴が俺にたどり着く直前、俺の足元の岩が生えるように伸びていき、ライールと俺の間を、岩の壁が塞いだ。
これを俺の造形だと考えたライールは、背後の岩壁の方へと飛び退いたようだ。奴のその行動も、予知通りだ。
奴の背後の岩壁が、ペラっとめくれるように裂けた。
「えっ? は?」
驚くライールが、事態に気づく前に、それは現れた。
「幻界神コークン、ワシが鎮めれば、おまえのその幻界のチカラを対価にもらうぞ!」
「あぁ、くれてやる。だから、助けろ、サリュ」
「な、なぜ、砂竜……なぜ……」
岩壁には、巨大なドラゴンが姿を現していた。
「ふん、おまえよりも彼の方が賢いということだ」
砂竜は、この墓所の土や砂、さらには岩壁まで自由に操ることができるようだ。何もなかった空中には、奇妙な模様のように見える網状の粘土質な物が、無数に浮かんでいる。
(転移阻害か)
「大魔王コークン! 受け取って!」
アイリス・トーリが、いつの間にか杖に、ヤバそうなエネルギーを集めている。
(は? ちょ、マジかよ)
一気に、たくさんの予知が浮かぶ。
(げっ! もう撃ってきやがった)
予知を確認して選んでいる暇はない。アイリス・トーリは、俺の……幻界神の放つ魔弾と融合させようと考えたようだ。
俺も、手に持つ死神の鎌に魔力を集める。
(混ぜるな危険、だったな)
冥界神が放つ青く輝くエネルギーと、幻界神が放つ赤い光のエネルギーは、どちらかが強くても意味がない。完全な配合なら、爆発的威力を持つ紫色の魔弾に変化するはずだ。だが、俺は……。
(出血が、やべぇ……)
混ぜないように、絡ませる方向でいこうか。そうすれば、魔弾にはならないが、属性のない強烈な威力の魔法に変わる。
俺は、死神の鎌の柄の中央を握る。そして、彼女が放った青い光を、死神の鎌の持ち手側で受け取り、両手で死神の鎌を回す。
(ダメだ……混ざる)
青い光の方が圧倒的に強い。本来なら幻界神の方が強いはずなのに、俺では上手く操れない。
「何を遊んでいる。アイツに放て! ワシに頼るのだろう? カオル」
(砂竜には、何か策があるのか?)
予知には、混ぜるな危険、しか出てこない。
「あぁ、わかった。サリュ、任せる!」
俺は、歪な配合になった二種のエネルギーを、ライールに向かって放った。それに合わせるように、アイリス・トーリも、追撃のつもりか術を重ねる。
(完全に青紫色じゃねーか。うん?)
そのエネルギーがライールに届く直前、砂竜が金色に輝く炎を吐いた。
砂竜の炎は、青紫色の光と融合し、真っ白に輝き、防御魔法陣を張ったライールに迫る。
「ぐわぁっ……っく」
真っ白に輝く光は、防御魔法陣が無いかのように、そのままの勢いで、ライールを直撃した。




