210、墓所 〜どうあがいても勝てない
「な、なぜ……ここに……おまえ達が」
幻界神だったライールは、俺達が現れることを予知できなかったらしい。しばし呆然としていたが、ハッと我に返ったのか、何かのバリアのようなものを纏った。
(ギリギリ間に合ったな)
彼の後方には、青白く光る石像がある。あれが、トーリ・ガオウルの墓なのだろう。何度も映像に出てきたし、何より、その石像の顔は、俺に似ているからな。
石像の横には、何かの目印のような石柱がある。その前には、ユラユラと揺れる影のような何かがいる。おそらく、墓守だな。水竜リビノアの分身だろうか。
「えっ? あ、あなた達は……シダ様?」
「遅くなったわね。下がっていなさい」
アイリス・トーリは、構えていた杖をグルリと回転させ、吹き飛ばされて倒れていた黒い服のシャーマンとかいう奴らをガードしたようだ。
だが、ただの気休めにしかならないだろう。幻界神だったライールの放つオーラが、圧倒的な強者であることを示している。冥界神のガードは、簡単に壊すだろう。
(だが、なんか、平気だな)
どうあがいても、幻界神を継いだ俺は、ライールには勝てない。幻界神の地位を失った奴は、それでもトレイトン星系の神だ。幻界神の地位を継いだ新人大魔王が勝てる相手ではない。
その反面、奴は、警戒度をさらに引き上げたようだ。俺のちょっとした目の動きにも反応する。
あぁ、そうか。奴は、予知能力を失ったから、あんなに過剰に警戒するのか。
奴と対峙してからは、とんでもないスピードで、数々の予知が見える。天界人の能力がなければ、目を回しそうな情報量だ。
多くの予知の中で、アイリス・トーリは、青く光る術を使う。だが、ライールには効かない。冥界神への対策ができているらしい。アイリス・トーリの術を受けると、奴は完璧にそのすべてを奪い、自分の術に変換して無数の弾を飛ばしてくる。それによって、シャーマン達は蜂の巣だ。
俺が幻界神の術を使う方が、まだ効くようだ。しかし、奴を倒す予知パターンはない。俺には倒せない。
(ちと、動くか)
新たな予知を得るためには、現状を変える必要があると直感した。
「あんたが、ライールか。ここは、幻人の森、俺の領地だ。勝手に立ち入り、随分と暴れてくれているじゃねーか」
俺は、アイリス・トーリに、動くなと目配せをした後、ゆっくりとライールの方へと移動していく。
「この地は、領主の支配が及ばないはずだぞ。大魔王コークン。いや、幻界神コークンと言うべきか? やはり、おまえは油断ならないな。あの男から、その力を奪うとは」
(コイツ、まだ諦めないのか)
俺の立ち位置によって、奴の次の行動が予知で見える。隙をついて、トーリ・ガオウルの墓を崩す気だ。あの石柱が、トーリ・ガオウルの能力を封じているらしい。
俺がどう動いても、コイツは墓を狙う。シャーマンを殺すことが、石柱を壊すための鍵のひとつらしい。
俺は、左手首から、死神の鎌をスーッと取り出した。
(やはり、ニヤッとしやがった)
死神の鎌を使えば、奴にダメージを与えられる。だが、それで俺が斬れるのは、奴が見せる幻影だ。その隙をついて、シャーマンを殺して石像の攻撃を回避し、石柱を崩す、か。
「おまえ、死神の鎌なんか抜いて、どうするつもりだ? 幻界神の力はどの程度使えている? まだ全くといっていいほど、戦闘力の上昇は見られない。ふっ、所詮は天界人か」
(ただの煽りだ)
俺の反応を待っている。幻界神だったときに、いくつか事前に予知していたのだろう。この森で、俺と遭遇する可能性もあったわけだからな。
「あぁ、新人転生師だからな。まだ、鎌のマナーもわかっていない」
そう言って、死神の鎌を奴の方に向けてやった。
(予想以上だな)
次々と届く映像の洪水は、どれも奴が激怒している。俺が、鎌の角度を変えたら、奴は動く。
俺に、何かの術を打ち込みつつ、シャーマンを殺す、か。そもそもの目的は変わらない。まぁ、当たり前か。こいつは、長い時間をかけて、今日のこの瞬間のために準備してきたのだから。
俺に幻界神の力を渡しても勝てるという自信があったから、自ら、幻界神の地位をいったん俺に奪わせたのだ。
「わかっていないなら、なぜ、わざわざ死神の鎌を向ける? 鎌を下ろせ」
「嫌だね」
「は? 何を……」
「俺が鎌の角度を変えたら、おまえが妙な術を使ってくるだろ? 危なくて下げられなくなったぜ」
(おっ、予知が変わった)
「新人転生師が……こんな未熟な者が大魔王だと? ブロンズ星は、もう終わりだな」
ライールの優先順位が変わったようだ。予知の中には、まだ、石柱を狙うパターンもあるが、圧倒的に、俺に制裁を与えようとするものが多い。
だが、すぐには動かない。別のキッカケを待っているようだな。アイリス・トーリか……あぁ、彼女が、ほぼ確実に動いてしまう。予知の色が濃くなってきた。
(仕方ないな、新人らしくいくか)
「大魔王コークン! 術を合わせればいける! 私に合わせて打て!」
「バカか。無理だっつーの」
俺は、アイリス・トーリの術の軌道を、死神の鎌を使って妨害した。その直後、彼女は慌てて発動を止めようとするが間に合わない。上に向かって、青い光が飛び、墓所が揺れた。
キンッ!
その直後、ライールが動いた。こっちに来たか。奴は、全く見えないスピードで剣を抜き、俺に斬りかかってきた。ギリギリのタイミングで、死神の鎌で弾いたが……。
(痛ってー)
とんでもなく重い斬撃だ。腕がジンジンする。すかさず、奴は、剣を振る。
(ひっ)
俺は、奴を墓へ向かわせないようにしようとすると、立ち位置がほぼ固定される。はっきり言って、避けるだけで精一杯だ。
「やはり、新人転生師は、ふふっ」
ライールは、もう、勝ちを確信したらしい。どの予知も、俺に勝ち目がないと訴えてくる。わずかな望みとしては、冥界神との術の融合だ。
だが、それをしようとすると、その隙に石柱を壊される。
「ちょ、大魔王コークン!」
「うっせー、黙ってろ。余裕がねぇんだよ」
「だから、私が……あっ……」
彼女は、杖を下ろした。俺が彼女の青い光を放つ冥界神の術を使わせないようにしていることを察したようだ。彼女も、俺の、幻界神の術と融合させれば勝機があると気づいているだろう。
(墓さえなければ、こんな奴……)
「っつ……」
一瞬のミスで、奴の剣が俺の横腹をかすめた。
「ふっ、疲れてきたのだろう? 死にたくなければ、幻界に逃げ込むべきだよ?」
(コイツ、完全な勝利宣言だな)
横腹から血が流れる。傷を回復したいが、その一瞬が命取りになるか。
目に映る景色が少し変わった。幻界との交わりが完全に終わったようだ。ガクンと、俺のスピードが落ちた。
(ふっ、嬉しそうだな)
だが、俺は、この瞬間を待っていた。
『おい! サリュ! 俺を助けろ! この森を守る助けをすると約束しただろ!』
俺は、この場所を監視している光の向こうへ、念話を飛ばした。




