209、墓所 〜幻界神の特殊能力
『もうすぐ、大魔王コークン様の領地の森です!』
(あれ? 何だ? この感覚は)
俺の頭の中に、次々とぼやけた映像のようなものが浮かんでは消える。幻想的なつかみどころのないこれは……。
『飛竜! 森じゃなくて、旧キニク国の方だ。おまえ達が焼き払っていた方へ行ってくれ』
『ちょっと、大魔王コークン! 父の墓所への入り口は、森の中にしかないわよ』
『なんだかわからねぇが、モヤモヤした映像のようなものが浮かんでは消えるんだ。森に進むと間に合わない』
『えっ? それって、予知能力? 幻界神の……』
アイリス・トーリは、そこまで言うと念話を切った。
(幻界神の能力なのか)
偽物を討ったのに、俺に幻界神の地位が回ってきたのか。さっき、飛竜の巣での話が頭をよぎる。
幻界神ライールは、魔王セバスに幻界神の地位を譲っていたということになる。なぜそんなことをしたのかと、一瞬、疑問を感じたが……。
(この予知能力だ)
ライールは、討たれることを予知したのだろう。だから、何かの理由をつけて、魔王セバスを身代わりにした。
次は、俺がライールに狙われそうだな。魔王セバスに譲った地位を魔王セバスからは取り戻せない縛りがあるらしい。だが俺が相手なら、問題なく取り戻せるのだろう。
しかし、幻界神の地位を継いだなら、俺はおそらく強くなっている。簡単に取り戻すことは……あぁ、可能か。奴は、トーリ・ガオウルのチカラを手に入れた後なら、問題ないと考えたか。
『飛竜、その先の小高い丘付近でいい』
『大魔王コークン様、あの付近は、まだ火が消えていません。しかも、地熱の吹上げが……』
(飛竜には厳しいか)
『では、その手前で止まってくれ。俺達は、飛翔魔法くらい使える』
『は、はい。なぜか地熱が異常に高く、熱水が吹き出しています。おかしいです。あの……』
『おそらく、幻界神だったライールが仕掛けたのだろう。よし、ここでいい。おまえは、幻界に戻れ』
『えっ、あ、はい!』
飛竜は止まったが、去ろうとはしない。確かに熱水が吹き出しているためか、息苦しさを感じるほどの暑さだ。
(俺達を心配しているのか)
幻界は、ブロンズ星よりも圧倒的に上位にあたる世界らしい。だから、心配を……いや、俺が幻界神の地位を継いだことになっているから、飛竜は俺を守る義務があるのかもしれない。
俺は、空中で飛竜から降りると、飛翔魔法と重力魔法を発動した。アイリス・トーリも飛翔魔法を使ったようだ。
『あぁっ! 熱水が止まりました!』
(これが幻界神のチカラか)
俺の真下の地面が静かになった。重力魔法で押さえている形になったようだ。
「飛竜、すぐに砂竜のところへ戻ってくれ」
『大魔王コークン様! ですが……』
「おまえ達の巣穴には、幻界神だったライールの罠がたくさん仕掛けられていただろう? いまライールは、ブロンズ星にいるが、巣穴の仕掛けを利用するかもしれない」
『はっ! わかりました! あの男が巣穴に逃げ込むかもしれません! すぐに戻って、罠をすべて消し去ります!』
飛竜は、くるりと一回転して、空を滑べるように高速移動して行った。
(さて、と)
俺は、小高い丘へと近寄っていく。
「大魔王コークン、わざと飛竜を逃したのだな? だが、何度も言うが、父の墓所への出入り口は、こちら側にはないぞ?」
アイリス・トーリは、そう言いつつも、大地にサーチ魔法を使っている。出入り口を探しているようだ。
「ここにいると、飛竜は死ぬからな。そういう光景が見えたんだよ。これは、幻界神のチカラなんだな?」
「そうか。幻界神には、限定的な予知能力がある。その限定的の意味は知らないが、おそらく、自分の身に危険が及ぶことだと噂されている」
「ふぅん、そうか。とりあえず、いくつものぼやけた映像が、浮かんでは消える。ん? 消えない映像が……色が濃くなってきた」
墓所のどこかを映したような映像には、トーリ・ガオウルの墓所らしき場所を守る数人の黒い服を着た者達が、一斉に吹き飛ばされる様子が、何度も繰り返し映し出されている。
「色が濃く?」
「あぁ、変えられない確定事項らしい。トーリ・ガオウルの墓守りは、黒い服を身につけているか?」
俺がそう尋ねると、アイリス・トーリは、思いっきり何度も頷いている。
「墓守りは、全身黒い服を身につけたシャーマンだ。戦うチカラは、ほとんど無い」
(シャーマン? あぁ、死霊術師とかの類か)
「アイリス・トーリ、腕を掴むぞ?」
「は? 何をするつもりだ?」
パッと頬を染める彼女。今は、そんな反応をしてる場合じゃねぇだろ。
「墓守りが吹き飛ばされる前には着けない。だが、その後の映像は、何通りもある。墓守りが吹き飛ばされた地点へ移動する」
「えっ? だから、出入り口は森にしか……」
「そっちは間に合わないと言っただろ。俺を信じろ。予知能力が正しければ、俺達は、灼熱のマグマ溜まりを擦り抜けて、トーリ・ガオウルの墓所へ行ける」
俺がそう言うと、彼女は、俺の腕にしがみついてきた。
(ちょ、当たってんだよ、胸が)
いや、意識する俺がおかしいか。
「タイミングは? 転移魔法か?」
「転移魔法ではないと思うが、俺にはわからない。タイミングは、おそらく、もうすぐだ。色が濃くなって……おわっ!」
「きゃっ!」
俺達は、急降下していく。
地面に激突しそうになると……地面がビリビリっと破れるように裂けていった。
(眩しい……)
地中には、オレンジ色のマグマ溜まりがあるのが見えた。とんでもなく強い光を放っているが、やはり、ビリビリと紙が破れるかのように裂けていく。
(俺が近づくと、二次元になるのか)
落下速度が遅くなってきた。
すると、今度は、斜めに裂けていく。俺達が斜め下に進んでいるということらしい。
そして、真っ暗な広い洞窟に出た。
(墓所だ)
落下が始まる前に、俺が行こうとイメージした景色が、すぐ近くに見えてきた。
突然、俺達は、空中でピタリと止まった。
その直後、左側から黒い服を着た数人が、俺達の浮かぶ足元に、吹き飛ばされてきた。何度も見た映像通りだ。
「行くぞ、セ・ン・パ・イ」
「ちょ、その言い方、やめなさいよね!」
俺達は、転がる黒い服を着た者達の前に降り立った。彼女は、すぐさま杖を構えた。
(あれが、本物のライールか)
墓守り達が吹き飛ばされてきた方向には、驚きに目を見開く男が、呆然と立っていた。




