208、幻界 〜ライールは討たれていない!
「どう考えても、前幻界神である砂竜が適任だろ。なぜ、指名できないんだよ?」
「それは、前幻界神だからだよ。終わりなき報復を防ぐためらしいよ。幻界神の地位の継承には、堅苦しい法があるのさ。他の誰かが幻界神を務めた後なら、2度目でも可能なはずだけどね」
(トレイトン星系の法規か)
「じゃあ、ポチでいいんじゃねぇか?」
俺がそう言うと、バブリーなババァは一瞬驚いた顔をした。そして、シャチのような魔物の方を見ている。念話か何かで相談しているのか。
俺も、なんとなくシャチの方を向き、壁の映像が視界に入った。
(なっ? なんだと!?)
まだ、トーリ・ガオウルの墓所の様子が映っている。頭を抱えている幻界神ライールは、砂竜の魔力に気づいたのか、こちらに顔を向けている。
相変わらず、ガタガタと震えているようだが、その目を見た瞬間、俺はゾゾッと鳥肌が立った。
奴に何かの術を受けたわけではない。そもそも、今の奴の状態からして、何か反撃できるとは思えない。
だが、あの目は……俺の前世の記憶を呼び覚ます。
「おい、ポチ、すぐに墓所に戻れ! あれは魔王セバスだ! ライールは討たれていない!」
俺がそう叫んでも、シャチのような魔物神は、しらーっと無視しやがる。
「カオル、何を言ってるんだい? あれは、紛れもなくライール・クースだよ。私は、あのすぐ近くにいたから間違いはないさ。ポチも、あの墓所に幻界神ライールが入って来たと、察知したからね」
「じゃあ、どのタイミングかわからねぇが、入れ替わったんだよ。あの顔は……あのヘビのような目の奥が笑っているあの目は、ブタ顔社長が拳銃を突きつけられたときの目だ! 俺の全身に鳥肌が立ってるのが証拠だ。アイツは、魔王セバスなんだよ!!」
「えっ? 今、父の墓所には、傷ついた者と弱い墓守しかいないわ」
アイリス・トーリがそう言ったことで、バブリーなババァが、やっと真顔になった。
「ポチ、戻るよ!」
『皇帝、それはできない。今、幻界とブロンズ星の交わりが終わろうとしている。だから境界の狭間には、転移を阻害する時空の歪みが生じているのだ。今この場所から、墓所への直接移動はできない。あと半刻ほど待て』
(くそっ! 手遅れになるぞ)
「砂竜、おまえの飛竜を借りるぞ!」
俺は近くにいた飛竜に飛び乗った。すると、アイリス・トーリも即座に飛び乗ってきた。
(俺の真ん前に乗るなよ)
彼女の髪の匂いが俺の鼻をくすぐり、こんな時なのに、少し高揚感を感じる。
「カオル、このまま、この赤い霧の外に出ると、幻界神に確定しちまうよ?」
「は? あれは偽物だって言ってるだろ」
「ライールが幻界神の地位を奴に譲ったのかもしれない。だからこそ、カオルのオリジナル魔法が、あの男に、突き刺さったんだ」
バブリーなババァは、俺がここから出ることのリスクを言っている。冥界神と幻界神は、相容れない関係だからだ。
だが、そんなことより、彼女の父親の魂を砕かれる方が、あまりにも……。
「飛竜! ブロンズ星の俺の領地へ! 行けるな?」
『大魔王コークン様、全速力で飛びます!!』
飛竜が力強く羽ばたくと、巣穴を周りが見えないほどのスピードで滑るように飛んでいく。一瞬で、もう巣穴の外だ。
飛び立つとき、背後から暖かな光を感じた。おそらく、砂竜が、飛竜に力を与えたのだろう。
(もう、二重には見えないな)
飛竜は幻界の空を、高速で移動していく。目に映る景色がブロンズ星との交わりが消えかかっていることを示していた。
◇◆◇◆◇
「カオルの勘違いだったら、大変だね。アイは、完全にカオルの言葉を信じていたけどさ」
シルバー星の帝都ライールの皇帝の問いかけに、砂竜は、トーリ・ガオウルの墓所の映像を眺めながら口を開く。
「大魔王コークンが命じた飛竜には、大いなる力が備わった。彼が幻界神を継いだ証だよ。口ではあんなことを言っていたが、幻界神となることを受諾したようだね。しかし、冥界神と行動を共にするのは、どうなのかね?」
「はぁ、やはり、そうかい。まぁ、カオルが幻界神の地位を誰かに譲渡すれば良いだけだが……何の対価もなく譲渡はできないねぇ」
「そうだな。ワシが奪い取る……のも、難しい。彼を殺すことになると、幻界神は消滅することになる。ワシのように二次元の世界でも生きられる幻界の者とは、天界人は身体の構造が違うからな」
「だよねぇ。だから、忠告したんだよ。せっかく実ったはずの愛なのにねぇ」
トーリ・ガオウルの墓所を映している映像に、ザザッと乱れが生じた。
『皇帝、あのガキの言っていたことは事実のようだ』
魔物神ディーは、壁の映像を睨み、身体の色を激しく変え始めた。ディーは、自身にコントロールできない怒りを感じると、身体の色をめまぐるしく変える。
「ポチ、ちょっと落ち着きな。あぁ……あれは、自己転生の光だね、幻界神の地位を奪われたことを確認するまで、我慢していたのかい。あらあら、ほんとに魔王セバスだよ」
先程の映像の乱れは、魔王セバスが、大魔王コークンのオリジナル魔法による呪縛から抜け出すために、自己転生をした影響によるものであった。
『ライールは、幻界神の地位を捨てるとは思えない。何かの契約で魔王セバスに譲渡したのは、すべてライールの計画だったのだ』
「ポチ、それはないだろ? ライールがそんなことを……』
『いや、幻界神には、限定的な予知能力がある。ライールは、この結末を予知したのだ。あのガキが、魔王セバスから幻界神の地位を奪ったことで、報復の縛りは消えた。ライールは、墓所のトーリ・ガオウルのチカラを手に入れてから、幻界神の地位を取り戻すつもりだろう』
魔物神ディーは、激しく色を変えている。
「魔物神、少し落ち着きなさい。もうすぐ、幻界とブロンズ星の交わりは終わる。無駄にマナを放出していると、おまえ自身が転移の障害物になるよ。すぐに移動できるように準備する方がいいだろう」
砂竜は、所詮、他人事のようだ。だが、墓所近くに隠れていた魔物神は、まんまと幻界に追い返された形だ。激しく身体の色を変えている。
「ポチ、幻界神の地位はカオルに移っているんだよ? 墓所にいるのは、ただの魔王だよ」
『ライールが隠れているのだろう? 完全にあざむかれた! 時空の乱れが収まったら、すぐに捕らえてやる!』
「幻界神としての能力を失ったとしても、ライールはトレイトン星系の神の一人だ。戦闘力は、トーリ・ガオウルより上だよ。魔物神に敵う相手ではないさ」
『サリュ! おまえは、悔しくないのか!』
「ふっ、若いな。だが、おまえが行けるようになった頃には、もうすべてが終わっているのではないか。なるようにしかならない」
砂竜の言葉に、苛立ちを増幅させる魔物神。
「ポチ、ちょっと落ち着きな。今から飛竜を使って飛ぶよりは、ポチの力で移動する方が速いんだ。もうすぐ、交わりが終わるよ」
皇帝にそう促され、魔物神はやっと白い姿に戻った。
「おや、右の壁を見てごらん。本物のライールが姿を現したようだ」
墓所の別の場所を移した映像には、トーリ・ガオウルの墓所を守る数人の黒い服を着た者達が、一斉に吹き飛ばされる様子が映っていた。




