204、幻界 〜飛竜の巣穴
「ここが、幻界か」
俺達は、幻界に棲む飛竜に引っ張られる形で、幻界へと飛んできた。飛竜達は、青白く輝く檻に捕らわれたままだが、飛行には差し障りはなかったらしい。
「あぁ、とは言っても、今はブロンズ星と交わっているから、少し景色は違うようだな」
俺の目には、二つの景色が見えている。一方は、はるか上空からブロンズ星を見ているような景色。もう一方は、二次元のような世界だ。すべてが絵のように、薄っぺらいんだよな。
『大魔王コークン様、あれが、我々の巣穴です』
(飛竜の巣穴?)
俺の頭に届いた念話の意味が、一瞬わからなかった。だが、そういえばアイリス・トーリが、飛竜に幻界へと案内させるために、テキトーなことを言っていたっけ。
『案内、ご苦労。おまえ達、その檻はどうする? 不要なら、私が切り裂くこともできるぞ』
飛竜を捕らえている檻は、さすがにもう不要だろう。
『この檻は、癒しを与え続けてくれます。巣穴に置いておきたいです』
『そうか。だが、大魔王の加護が途切れると、檻は消えるぞ。水帝の加護を継続して得たいならば、ブロンズ星の彼の領地で役割を得ることだ』
(は? 何を言ってる?)
アイリス・トーリと飛竜との会話が、俺の意思に関係ない方向に進んでいるような気がする。
『はい、あの、とりあえず巣をご覧ください。魔王セバスを招待したことはありませんが、奴は、様々なモノに憑依するので……』
えーっと、確か、アイリス・トーリが、巣に妙な仕掛けがあるかもしれないから、俺が見たがっていると言ったんだったか。
魔王セバスが幻界にも出入りしているという噂を聞いたとか、テキトーな話をでっちあげていた。だが、飛竜の反応だと、魔王セバスが来たかもしれないと思っているようだ。
『出入り口を、私達が入れるようにしてくれ』
アイリス・トーリがそう言うと、絵のような巣穴が、立体的なものになった。
そして俺達は、その巣穴へと、飛竜に導かれて入っていった。
◇◇◇
『わっ! 変なのが来た』
『厚い種族だ。太い種族だ』
広い巣穴の中は、やはり絵のような世界だった。飛竜は、床を滑るように飛行していく。
俺達は、透明な箱のような物に乗って飛竜に引かれている状態だから、なんだか、遊園地のアトラクションに乗っているような気分になる。
「太いと言われるのは、なんだか心外だな」
(ふっ、乙女かよ)
「違う世界だから、仕方ねぇんじゃないか? 俺の目には、絵画のように見えるからな」
「ふぅん、確かに、絵画から飛び出してきたような種族に見えるな。だが、これは仮の姿だ。飛竜は、普通に飛竜だろ?」
「確かに、飛竜は普通に飛竜だが……」
言いたいことはわかるが、その語彙力ってどうなんだ? そうツッコミたい気持ちを、俺は必死に抑えた。だが、彼女はキョトンとしているだけで、何も気づいていない。
幻界の住人といえば、バブリーなパパァの館の、嘘発見器の魔物も、絵の中から飛び出してきたっけ。シャチのような姿は、確かに立体的だったよな。
奥へと進んでいくと、床にいくつかの魔法陣のようなものが描かれているのが見えた。進んで行くと、無限にあるのかと思えてくるほど、いつまでもいくつもの魔法陣のような物が見える。
(なんか、やばそうだな)
巣穴にこんな物があっても、飛竜は気にしないのか。まぁ、移動は飛行しかしないなら、床は気にならないのかもしれないが。
「大魔王コークン、どうした? なぜ下ばかり見ている?」
「は? あぁ、床に魔法陣みたいなものが、あるだろ? 飛竜は、気にならないのかと思ってな」
「えっ? 魔法陣? どこ?」
「どこって、あちこちの床にさっきからいくつもあっただろ。ほら、そこも、やばそうなのがあるぜ?」
俺が指差した方向に、彼女は視線を向けた。だが、魔法陣に気づかないらしい。
『飛竜! ちょっと止まってくれ! 床に魔法陣のような物を描いたのは、誰だ?』
(はい? それを飛竜に聞くか?)
『冥界神ガオウル様、巣穴は、あの先まで魔法陣が描かれているそうです。誰が描いたかは知りませんが、おそらく幻界神かと。我々には見えませんが、さすが冥界神様ですね』
飛竜にそう言われて、半笑いの彼女。やっぱり、見えてないらしい。
「魔法陣が放つ色が違う。ほとんどは黒くて魔力を帯びていないが、土色に光る物や、赤く光る物が、ちょっとやばそうな雰囲気だ」
「色が違うのか!? 光るということは、マナを蓄えているということだ。ちょっと、ここで降りるか」
「おまえ、見えてねぇんだろ? 下手に踏むとマズいぜ」
「大魔王コークンが見えているのだから問題ない。嘘からは真実が生まれるものだな。ふふん、冥界対策しかしてないらしい」
アイリス・トーリは、ニヤッとドヤ顔に見える顔を俺に向けた。幼女アバターを身につけてないことを忘れてるよな、コイツ。
『飛竜は、ここで待て。土色のマナが見える。少し調べる』
『ゲッ? 土色のマナ! ブロンズ星のマナが……かしこまりました!』
(ブロンズ星のマナは、土色なのか?)
「大魔王コークン、地面に降りるぞ」
「あー、待てよ。このまま降りると、土色に輝く魔法陣を踏むぞ」
すると、彼女は、俺の腕に絡まりついた。
(ちょ、胸が当たってるって……)
だが、変に指摘するのも、セクハラか? いや、コイツの感覚は、今は男かもしれないよな。こっちが意識する方がおかしいか。
俺は、浮遊魔法を使いつつ、魔法陣を踏まない場所を選び、スーッと静かに降りた。
「この目の前が、土色に輝いている。そして、後ろのあの辺りは、赤い輝きだ」
「わかった。サーチをかける」
彼女はそう言うと、俺にぴったりしがみついたまま、青い光を放ち始めた。冥界神のチカラを解放しているらしい。だが、魔法陣に何かを放つ方法ではない。こんなサーチ方法があるのか。
「やはり、そういうことか。飛竜を捕まえると言い出したおまえは、冴えているな」
「は? どういうことだ? ちょっと寄り道してるが、この後、飛竜を使って、幻界神んとこに殴り込みに行くぞ?」
「ふっ、飛竜はもう使う必要はない」
「は? 幻界神の居場所に行く手段でもあるのか? 飛竜なら行けると……ん? 誰かが言った気がするが」
(なぜ、俺はそう思い込んでいた?)
俺が変な顔をしたのか、アイリス・トーリはニヤニヤと笑っている。
「おまえが土色に光っていると言ったものは、ブロンズ星に繋がっている。この区画には12個あるようだ。すべて飛竜による被害が出た場所だ。黒く光っていないと言ったものは、地下に繋がっている。これは、産卵地との移動魔法陣だ。そして、赤く光っていると言ったものは、この幻界の各所に繋がっていて……」
彼女は、そこで言葉を止めた。
「赤は何なんだ?」
「シッ! 静かに」
彼女の身体から、青い光が消えた。
『冥界神ガオウル様! 大魔王コークン様! 奥へ参りましょう!』
飛竜が慌てて、俺達に近寄ってきた。そして、青白く輝く檻が、ニューッと伸びてきて俺達を捕まえ、飛竜の背に乗せた。すなわち、俺達まで、青白い檻に捕らわれた状態だ。
この檻は、俺の魔力で出来ているはずなのに、なぜ、飛竜が操れるんだ?
俺達を背に乗せた飛竜は、奥へと一気に飛んで行く。
「あははは、私達を助けたぞ。幻界神の使い魔である飛竜が」
(幻界神の使い魔?)
アイリス・トーリは、背後に立ち昇った赤いオーラを見て、ケラケラと笑っていた。
「赤く輝く魔法陣は、幻界神が操っているのか?」
俺がそう尋ねると、ケラケラと笑う彼女は、なんとか、親指を立ててみせた。
(どんだけ笑ってんだよ)




