203、旧キニク国 〜火の海の消火と飛竜捕獲
予想通り、飛竜は俺を狙って、竜巻のような風を飛ばしてきた。だが、アイリス・トーリは、完全にそれを弾いている。
俺が振り回した死神の鎌から、ブワッと魔力が放たれた。
(チッ! 弱いな)
幻界と交わっている証拠だ。下位の世界にいる俺達のチカラが制限されると言っていたな。確かにそれを実感した。普通に火を消そうとしても、たいした水魔法にはならない。
「ただの天界人のチカラは、かなり減殺される。魔王の波動を使え」
「は? 魔王の波動ってなんだ?」
「おまえの場合は、ガードを意識すればいい。鎌を使うときに、一旦マナを体内に巡らせるのだ。そうすれば、マナは魔王の波動を帯びて術を増幅させる」
魔王の波動って、ステイタス隠しや思念傍受を阻害するものじゃないのか? 新人転生師の俺には知る権利がないから、まだその知識は無いんだよな。
「よくわからねぇが、わかった」
「指示通りに巡らせれば、魔王の波動が付与される。難しいことではない」
(ふっ、なんか新人研修を思い出すよな)
あのときの毒舌幼女が、俺にとってこんなに大切な女性になるなんて、想像すらできなかった。これも、彼らが言う、音には縁が繋がるということかもしれない。
俺は、もう一度、旧キニク国の火の海を消そうと意識する。鎌に集めた魔力を体内に戻して巡らせた。ガードの意識って意味不明だよな。
俺は、自分の領地は守りたい。火の海にいるリィン・キニクの息子も、守ってやりたい。
大魔王となった今、やっとスローライフを始められる。だが、そのためには、トーリ・ガオウルのチカラも、奪われないように守る必要がある。俺の領地の安全のために、そして、父親であるトーリ・ガオウルの復活を待つアイツのために。
体内を巡った魔力が鎌に集まる。特別に魔力を増やしたわけではない。ここで枯渇させるわけにはいかないからな。
だが、鎌に集まったマナの色は、青く強く輝いていた。
「次こそキメる! 飛竜の捕獲も頼むぞ」
「あぁ、わかっている。えっ? どうしてマナが燃えているのだ?」
(は? 燃えてねーよ)
また、アイリス・トーリの目には、何かの幻覚が見えているのか。だが、ねっとりとした大気は、さっきの俺のオリジナル魔法で、だいぶマシになったはずだが。
「ごちゃごちゃ言ってる暇はねぇぞ。行くぞ」
俺は、鎌をグルンと振り回した。
(は? なんだ?)
同じオリジナル魔法を使ったのに、魔力は、見たことのない動きをする。鎌から放たれた魔力は青白い光となって、なぜか360度に広がっていった。
旧キニク国の火の海は、一気に鎮火した。通常時のオリジナル魔法よりも、威力は高いと感じた。
そして真っ白な水蒸気が、まるで生きているかのように、空に駆けのぼる。
(こんなことは、指示してねぇぞ?)
チラッとアイリス・トーリの方を見ると、ポカンと呆けた顔をしていた。彼女の術ではないらしい。
そして真っ白な水蒸気は、上方に放たれた青く輝く魔力に絡みつくと、次々と飛竜を捕える巨大な檻に変わっていった。
「キシャァッ!」
突然、真っ白な水蒸気の檻に囚われた飛竜からは、断末魔を思わせるような悲鳴があがった。視界を奪われたのだろうか。
「大魔王コークン、飛竜を捕まえるのは私に任せると言ったではないか。しかも、あんな……灼熱地獄の檻をつくり出すとは、冷徹な大魔王だな」
(は? 灼熱地獄?)
「おまえの指示通りにやったら、なぜか、あんなことになったんだぜ? 俺は知らねぇからな」
アイリス・トーリは、空に浮かぶ真っ白な檻を、何かの魔法で繋げているようだ。俺に冷徹と言っておきながら、その表情は愉しげに見える。
『大魔王コークンの怒りだ。飛竜よ、許されたければ、しばし大魔王コークンに従え。さもなくば、死をもって償うことになろう』
アイリス・トーリは、檻を繋ぎ終えると、変な念話を飛ばした。冥界神のチカラらしい。飛竜達からは、絶望感や恐怖心が伝わってくる。
『お許しください、冥界神ガオウル様、大魔王コークン様。熱い、苦しい……』
「へ? 飛竜が念話を使うのか?」
「幻界の飛竜は、念話を使うぞ。おまえが捕らえたのは、幻界に棲む飛竜だけだな。他の飛竜は、おまえを恐れて、逃げられないようだが」
空には、檻に入っていない飛竜もいる。ぐるぐるとおとなしく旋回しているだけだ。もう、魔王セバスの術は解けたらしいな。俺の領地へ攻撃を仕掛けるそぶりはない。
「全部を捕まえるほどの魔力は、ねぇからな」
『お許しください。何でも話します。お許しください』
(あれって、火を消した水蒸気だよな?)
早くしないと、水蒸気が勝手に冷えてきそうだな。
「冥界神、ちょっと風で水蒸気を飛ばしてくれないか?」
俺がそう言うと、アイリス・トーリはニヤッと笑った。そして、杖を振り、上空に強い風を起こした。
(雑だな)
旋回していた飛竜には、かなりダメージが入ったようだ。繋げていた檻は、わずかに揺れた程度だったが、水蒸気はきっちり吹き飛ばされている。
だが、檻が消えたわけではない。青白く輝く檻が、飛竜を捕らえているのが見えた。この光景は、天界からでも見えるだろうな。
『我々に術をかけた魔王セバスが、悔しがっています』
『大魔王を上回るチカラがあると豪語していたが、所詮はブロンズ星の魔王だな』
『この檻は、優しい檻ですね。熱く苦しかった身体が癒えていきます』
『ありがとうございます! 大魔王コークン様の魔力を感じます! ありがとうございます! 解き放たれました!』
次々と念話を飛ばしてくる飛竜達。しかし、身体が癒えていく? あぁ、あの水蒸気は俺の水魔法を含むから、洗脳状態も解除されるのか。若干の回復効果もあるかもしれない。
「アウン・コークン、飛竜はどうするのだ?」
「当然、幻界神のとこに殴り込みに行くぞ! ふざけたことをしやがって」
俺の返事を聞くと、アイリス・トーリはニヤッと笑った。
(ガキかよ)
『おまえ達を水蒸気で正気に戻したのは、大魔王コークンのチカラだ。魔王セバスよりも、圧倒的にその能力は高い』
アイリス・トーリが、飛竜達に念話を飛ばした。
『大魔王コークンは、おまえ達の巣を見たいと言っている。巣に妙な仕掛けがあるかもしれない。魔王セバスが幻界にも出入りしているという噂を聞いた』
(は? 嘘だな。あー、だから噂という言い方か)
彼女の方をチラッと見ると、悪戯っ子のような顔をしている。幼女アバターを身につけている時間の方が長いから、大人の姿だということを忘れているのか。
『大魔王コークン様! 巣にご案内します!』
『どうすれば……この檻は……』
「檻を消したら、飛竜は逃げるよな?」
「まぁ、そうだろうな。だが、これは水帝が作った檻だぞ?」
「は? どういうことだ?」
そう尋ねると、ドヤ顔の彼女が……。
『案ずる必要はない。大魔王コークンは、水帝だぞ。その檻は、おまえ達の傷を癒やしているだけだ。飛ぶことに支障はない。私達は、おまえ達について行こう』
すると、グンと何かに引っ張られるような感覚。俺達は、透明なカゴに入っているらしい。さっき、飛竜の檻をせっせと繋いでいたのは、このためか。
飛竜達は、俺達が入ったカゴを引いて、上へ上へと舞い上がっていった。




