2、セバス国 〜研修① ゴブリンを転生させる
「新人の皆さん、今日は、先輩に同行して仕事を覚えてもらいます。しっかり頑張ってきてくださいね」
(結構かわいいな)
好感度の高いキレイ系なお姉さんだ。俺を転生させた女神の姿はない。
宴会場のような広い部屋には、百人ほどの人がいる。見た目は個性が光るというか……変な奴も多い。
昨日、もし女性アバターを選んでいたら、俺は、綺麗なお姉さんに転生していたのだろうか。
次の人生が選べるなら、もっとゆっくり考えたかった。はぁ、あまりにも理不尽だ。
「ウンコくん、あ、ウンコくん」
(幼女?)
「誰が幼女だ!? くそガキ!」
(突然、キレやがった)
「何も言ってないけど、何? お嬢ちゃん」
腕を組み、口をへの字に結んだ少女が目の前に現れた。なんだか、アニメに出てくるお騒がせ幼女みたいな雰囲気だ。
(俺のことをウンコ呼ばわりしやがって)
「アウン・コークンは、おまえの名前だろ。寝ぼけているのか新人? それに天界人は、見た目と年齢は合致しない。常識だろ」
「毒舌な子だな、何か用?」
「私は、おまえの担当だ。仕事は、一度で完璧に覚えろ」
(は? まじかよ)
「行くぞ」
◇◆◇◆◇
「ウンコくんには、アイリスを付けたのね?」
「女神様、はい、仰せの通りに」
「ふふっ、楽しみね。きっと面白くなるわよん」
天界を統べる女神ユアンナは、妖艶な笑みを浮かべた。そんな彼女を、恍惚とした表情で見つめる忠実な僕、魔王セバス。
「彼の初仕事は、我国セバスでの下級魔族の転生です。欲のない男ですから、提案を素直に受け入れるでしょう」
「そう、楽勝ね。見習いの間は、なるべくポイントが高く、簡単なものをまわしてあげてね」
「御意!」
◇◆◇◆◇
「どこだ? ここは」
「いちいち聞くな。自分でサーチしろ。いや、サーチするまでもないだろ」
彼女は、見た目は可愛い幼女なのに、あまりにも口が悪い。それに、なぜか俺の考えを見抜く。そうか、転生師レベルが高いのか。
「チッ、まだ時間があるな。面倒だ、刈るか」
幼女はそう呟くと、俺を連れて再び移動した。
俺は、与えられた知識を探る。眠っている間に大量の知識をぶち込まれたことで、まだ、頭の中の整理ができていない。
(ブロンズ星のようだな)
ブロンズ星は、天界が世話をしている3つの星の中で、最も大きな星だ。
魔族が支配していて、すべての国には、それぞれ魔王がいる。星を統べる魔王を、大魔王と呼ぶらしい。
人間も住んでいるが、数は少ない。この星には、人間の国は無いようだ。魔族の配下、いや奴隷にされているのか。ここでも負け組は、完全に底辺だな。
「おい、新人。あの下級魔族の魂を刈り取れ」
幼女が指差したのは、身体が裂けてピクピクしているバケモノだ。魔族というより魔物に近いか。
「どうやって?」
そう尋ねた瞬間、やり方が頭にひらめいた。幼女は、俺が気付いたこともわかるのか、無視している。
(感じ悪いな)
別に親しくするつもりもないが、理不尽な命令に従えということ自体に、俺は抵抗を感じた。
俺はあの日、仕事に行かなければ、死ななかったんだ。ブタ顔の社長を思い出すと、殺意を覚える。
「いつまで前世にこだわっている? スカタン! 今は研修中だぞ。さっさとやれ」
俺は、幼女を睨みつけた。だが、完全に無視しやがる。
(はぁ、仕方ない)
俺は、左手首に触れ、スーッと鎌を取り出した。俺の左手首には、なぜか死神の鎌が入っているんだよな。
そして、死にかけのバケモノに、鎌を振り下ろした。
ふわっと浮遊感を感じた直後、その遥か上空に移動していた。刈り取った魂の持ち主が、霊体の状態で目の前にいる。
「お兄さん、聞こえるぅ?」
(は? どこから声を出しているんだ?)
俺に見せる態度とはまるで別人だ。可愛い声に可愛い話し方。コイツ、二重人格か。
『あ、あの、えっと……』
霊体だからか、変な声だ。念話か。
「お兄さんは、隣国のスパイに殺されちゃったんです。気の毒な死に方をした人には、次の人生を選ばせてあげちゃいます。何に生まれ変わりたいかなー?」
霊体は混乱して騒いでいたが、幼女の笑顔に、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
『貴女は、天使様なのですか』
「うふふ、私は転生を司る天界人だよ。次の人生はどうしたいか決まったぁ?」
『俺のような者に、ありがとうございます。また、この国に生まれたいです。欲を言えば、肌が弱く髪がゴワゴワだったので、サラサラ髪の健康なゴブリンに生まれたいです』
(は? 何だそれ)
「はーい。では転生特典で、貴方の記憶は維持した状態で、サラサラ髪の健康なゴブリンに……」
「おい、ちょっと待て。おまえ、それでいいのか? またゴブリンになっても、負け組だぜ。どうせなら、魔王になりたいと言うくらいの根性を見せろ」
「ちょっと、コークン、何を言ってるの」
「うるせー。俺は何も説明を受けずに、理不尽な転生をされたんだ。おまえは、選びたいものを選べ。次の人生を選べるんだぞ」
俺がこんな顔で言ったからか、霊体は怯えているようだ。完全な負け組キャラだな。
『あ、あの……可能なら、いろいろな魔法が使える中級魔族に……』
「中級? どうせなら、上級魔族にしたらどうだ?」
「ちょっと、コークン! 無謀な転生は失敗のリスクが高まる。失敗すると、今よりも種族の格が下がって、人間になってしまうわよ」
人間と聞いて、霊体は焦っている。
「いいじゃねぇか。もし人間になったら、逆に好都合だろ。下級魔族の記憶を持つ人間だぜ? 人間の頂点に立てるじゃねぇか」
「こんな簡単なことで失敗すると……」
(追放か?)
幼女は、少し慌てているように見える。俺の研修を失敗させたくないらしい。
『上級魔族でお願いします!』
霊体は、覚悟を決めたのか、その表情はキラキラと輝いて見える。ふっ、いい顔をしてるじゃねぇか。
「わかった。次は、いい人生にしろよ」
俺は、霊体を、転生の光で包んだ。