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197、幻人の森 〜舞い上がっていた

 俺達は今、森の中を次々と転移しながら、幻影魔法の膜の調査をしている。


 街道に近い場所は大丈夫だったが、スパーク国側には、いくつかの隙間ができていた。農業国であるスパーク国には、いろいろな者が潜伏しやすい。


 アイリス・トーリが事前に、スパーク国側をより注意して調べるようにと言っていた通りの結果だな。



「予想以上に多いな」


 アイリス・トーリは、険しい表情でポツリと呟いた。


「数ヶ所だな。えーっと、5〜6ヶ所だったか」


「は? あぁ、隙間の数か」


(何な話をしていたんだ?)


「予想以上に多いというのは、膜の隙間の数ではないのか?」


「集まった協力者の数、それに対する紛れている偽物の数だ」


(妙な言い方だな。比率の話か?)


 俺が怪訝な顔をしていたのか、アイリス・トーリは再び口を開く。


「協力者の数が少ない。一方で、協力者のフリをする邪気のある者が多いのだ。どこかで協力者が洗脳されたのかもしれない」


「は? 洗脳?」


「もちろん、この森に入る前にしか、それはできない。スパーク国に、まさか魔王スパークが……」


(ちょっと、待て)


 なんだか、アイリス・トーリの様子がおかしい。俺は妙な胸騒ぎを感じた。何かがおかしい。彼女は、魔王スパークを敵視している?




「後は、橋の下付近だな。これほど魔力を奪われるとは……」


(は? 魔力?)


 最後の転移をしようとしたアイリス・トーリは、右側に少しよろめき、幻影魔法の膜に触れそうになった。


「おっと、あぶねーな。おまえが膜に触れると術が解けるんじゃねぇの? さっき、俺にそう注意しただろ」


 俺が彼女を引き寄せると、彼女はボーっと呆けた顔をしていた。身体が妙に熱い。発熱しているのか?


「私は、そんなヘマはしないぞ!」


(強がりだな)


 だが、冥界神が発熱するものだろうか。女神からの知識を探ると……天界人が体調を崩すときは、何かの術を受けているときだ。ほとんどが呪いなどのダークな術だが、原因不明な場合もあるようだ。



「おまえ、妙に熱いぞ。冷え冷えピタピタを作るから、ちょっと待て」


「は? なんだ? それは。私は暑くはない。むしろ……」


「風邪でもひいたのかよ? 冥界神が風邪をひくなんて聞いたこともねぇが……」


「カゼ? 何のことだ? 今は無風だろ。ん? 無風? なぜ、無風なんだ?」


(確かにおかしいな)


 この森には、常に風が吹いている。それが完全に止まっているようだ。胸騒ぎを感じる。だが、彼女の解熱が先か。


 俺は、ハンドタオルを水魔法で濡らし、そしてアイリス・トーリのおでこに貼り付けた。魔法って便利だよな。水をジェル化して冷え続けるようにもできる。



「何をする、スカタン! 私は……あれ? 私は何をしていた? あぁ、幻影魔法の膜から侵入した者を追って……あれ?」


 アイリス・トーリは頭を激しく振っている。そんなに振るとハンドタオルが外れてしまうじゃないか。


(タオルが気に食わないのか)


 彼女は、おでこを冷やすためのハンドタオルを引き剥がした。そして、そのタオルを両手で掴んで、ジッと何かを考えているようだ。




「大魔王コークン、私への洗脳を解除してくれ」


(は? 何だと?)


 突然、アイリス・トーリは意味不明なことを口走った。冥界神である彼女が、誰かに洗脳されているのか?


「おまえ、洗脳なんか受けないだろ?」


 そう問い返すと、彼女は首を横に振る。冥界神を洗脳できるような奴なんて、少なくとも天界人にはいない。あっ、いや、彼女は取り戻した記憶の整理ができていないのだったか。


 不安定な状態なら、隙ができる。それに取り戻した記憶の中に、悪意ある仕掛けがあったとしたら……。



「とりあえず、さらっとクリーニングしてみるが、俺の魔法なんて、おまえには効かないだろうが」


「早くやってくれ、このタオルが乾く前に。森全体の掃除がいい」


 熱のせいか、アイリス・トーリの話し方もおかしい。だが、俺も確かにその方がいいと感じていた。




『森の中をクリーニングする』


 俺は、左手から死神の鎌を取り出し、空に掲げてそう強く念じた。



(うげっ、マズイ!)


 俺の死神の鎌から放たれた魔力は、空高く上がった。幻影魔法のベールを突き抜けている。


 そして……。


 ドッパーンッ!


 俺が放った魔力は、水に変わり落ちてきた。雨が降るようなかわいいものではない。巨大なバケツをひっくり返したような強い衝撃のある水の塊が、森全体に落ちたのだ。



(あん? 濡れてねぇな)


 思いっきり水を被ったと感じたが、服は濡れていない。だが、森の樹々は雨上がりのように、キラキラと輝いている。


 自分で使っておいてなんだが、よくわからない魔法だ。森の中をクリーニングすると念じたから、樹々だけが濡れたのか?



「大魔王コークン! いきなり何をする! びしゃびしゃじゃないか!! スカタン!」


(は? 何だと?)


「おまえがやれと言ったじゃねぇか。ってか、なぜ、おまえだけ濡れてんだよ」


「知らん! 私は何も言って……あれ? 頭がスッキリした。私は……操られていたのか!?」


 アイリス・トーリはそう言うと、その場にしゃがみ込んでしまった。なぜ、コイツはずぶ濡れなんだ?


 俺は、風魔法を使って、彼女の服を乾かしてやった。だが、彼女は動かない。本当に風邪をひいたんじゃねぇだろうな?




『大魔王コークン、見事でしたね』


 緑色の光が、目の前に現れた。この森を守る精霊だっけ?


『森の中はどうなった?』


『今の貴方のオリジナル魔法で、綺麗になりましたよ。邪気にまみれていた者や操られていた者も、綺麗になりましたね』


『皆、ずぶ濡れになっているのか?』


『いえ、濡れたのは、洗浄対象者だけですよ? 冥界神にまとわりついていた邪気も消えましたね。貴方の水を森の活力に使わせてもらって構わないかしら?』


『あぁ、好きに使ってくれ』


 そう返すと、緑色の光はスッと消えた。


(コイツにまとわりついていた邪気、か)




「ごめん、やっぱり私は、入り込まれる……」


 アイリス・トーリは、消え入りそうな小さな声でそう呟いた。今の念話を傍受していたのか?


「記憶がとっ散らかってるからだろ。さっさとお片付けしろよな」


 俺は、わざと幼女に話すように、嫌味ったらしく言い返した。だが彼女は、それには乗ってこない。


(あー、くそっ!)


 俺は、思わず彼女を抱きしめていた。すると彼女は、もぞもぞと動く。だが、嫌がっているわけではなさそうだ。嫌ならすぐに振り払うだろう。



「ごめん、私、やっぱ、無理……」


 これは、洗脳解除の反動か。いや、邪気にまとわりつかれていた自分に、自信を失っているのか。


 こういうときに、何を言ってやればいいのか全くわからない。だが俺は、俺が彼女の助けになることができるとわかり、少し舞い上がっていた。



「アイリス・トーリ、おまえのことは俺が守ってやる。邪気にまとわりつかれたら、いつでも俺が解除してやる」




(あぁ、やらかした)


 彼女は、無言だ。



(絶対に、ひかれた)


 無情にも、時間だけが流れていく。



 冥界神である彼女に、新人転生師が何を言ってるんだ!? いい気になるなよ、俺。完全に舞い上がっていた。くそっ!



 どれくらい、そうしていただろう? アイリス・トーリは、ゆっくりと顔をあげた。彼女は泣きそうな顔をしている。


 俺は、彼女と目線を合わそうと、少しかがんだ。


(やっぱ、謝るべきだよな?)



 ふと、目が合った。


 彼女は、真っ直ぐに俺を見ている。


「あ、あのさ、その俺は……」


(えっ!?)



 俺の言い訳を許さないつもりか……俺の口は、彼女の唇で塞がれていた。



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