196、幻人の森 〜森の調査へ
「やはり、領主が発する音に反応したようだな」
幼女アバターを身につけたアイリス・トーリは、満足げに頷いている。さっきからドヤ顔ばかりだよな、コイツ。
俺が、この地の名を口にしたことで、森の何かが変わったようだ。洞窟の中にいても、その空気感の変化を感じた。
天界人の知識には、この深き森を、幻人の森、そして神の宿る森だと説明されていた。さらに、この地への天界人による侵略は、この森に関わるすべての神々への侵略とみなされるので注意しろとも補足されていたな。
(本当に、魔王セバスは攻めてくるのか?)
魔王セバスも天界人だ。この地に名前がついたことも、当然知っている。この森に関わるすべての神々ということは、冥界神はもちろんだが、俺の奴隷となった27人の罪人も含まれるということだ。
アイリス・トーリのことは、魔王セバスはなめているようだが、クルータスという男のことは、様呼びしていたよな?
それに彼は、魔王セバスに、俺を主人だと言っていた。クルータスという男は、トレイトン星系では、防衛を担当していたとか、侵略系の戦乱対策は得意だとも言っていた。当然、そのことを魔王セバスは知っているはずだ。
あー、アイリス・トーリが、彼をガーディアンだと言っていたか。その意味はわからないが、まぁ、防衛のプロってことだよな?
それに、俺の奴隷になったのは、トーリ・ガオウルに近づくためだったか。罪人27人のうち、11人がトーリ・ガオウルの配下だったということは、おそらく11人はとんでもなく強いのだろう。
「あはは、カオルさん、そんなに難しい顔をしないでください。大丈夫ですよ。私達にお任せください」
クルータスという男は、穏やかな笑顔を見せた。俺を安心させようとしているのか。
「大魔王コークンがビビっているのもわかる。魔王セバスは、彼の前世で、その魂に恐怖を植え付けたのだろう。だがハッキリ言って、魔王セバスよりもおまえの方が、今のチカラは上だぞ」
珍しくアイリス・トーリも、俺を気遣うようなことを言う。逆に、魔王セバスが厄介な相手だと聞こえるが……。
「俺には、魔王セバスが攻めてくるとは、考えられない」
「それは、魔王セバスによって仕込まれた術だ。前世の記憶に、その術が絡みついているのだろう」
(あー、またブタ顔が……)
アイリス・トーリの指摘は、正しいと感じた。俺は、前世のあのブタ顔の社長の顔を思い出すたびに、モヤモヤと心が乱される。
「精神攻撃的なやつか」
「まぁ、そうだろうな。だが、ガーディアンがいるから安心しろ。それに、水竜リビノアも動いているようだぞ」
アイリス・トーリに視線を向けられると、クルータスは、柔らかな笑顔を浮かべる。だが彼も、準備に忙しそうだな。あちこちと念話しているのか、時折チカチカと手元で何かが光っている。
「カオルさん、私は森の確認をしてきますね。戦場にはしたくない。北側の旧キニク国の荒れ地に、誘導しようと考えています」
「森の確認?」
「ええ、幻人の森には、協力者が集まってきました。だが、街道沿いの店には、負担をかけたくないとの進言がありましてね」
(本当に攻めてくるのか?)
俺は、それはないと断言したい気分になっていた。だが俺は、その言葉を口にしてはいけない。戦乱はないと断言すると、備えをしようとしている彼らは、俺の意向に従わなければならないだろう。
クルータスという男の額についている処刑紋を見ていると、俺の意に反する行動は、そのまま処刑の発動に繋がるように思えてきた。
(だから、攻めてくることが可能なのか)
転生塔で魔王セバスは、俺が、ブタ顔社長に拒否反応を示すことを、確認していたのだな。だから、阿野という名前を出したり、昔話をしたんだ。
(備えをさせないために、か)
「クルータスさん、森の状態は、俺が見てきますよ。さっき、空気感が変わった気がしたから、それを確認したいのもあります」
「そうですか? それでは、この森に幻影魔法の膜が、隙間なく張り巡らされているかを見ていただけますか?」
(は? 何の魔法だ?)
「幻影魔法?」
「それなら、私が付き添ってやる。新人ぴよぴよ大魔王には、幻影魔法の境を見る能力があるかわからないからな。新人ぴよぴよ大魔王の世話をするのは、前大魔王の仕事だ」
(ちょ、おまえ)
アイリス・トーリはそう言うと、幼女アバターを脱いだらしい。大人のアイさんの姿に変わっていた。彼女の本来の姿だ。
「そうですね。冥界神なら、見逃しはないでしょう。私よりも適任だ」
そう言いつつ、クルータスは半笑いだ。幼女アバターを脱いでも、同じようにドヤ顔しているもんな、コイツ。
「じゃ、クルータスさん、ここは頼みましたわ。私は、集まった協力者の中に偽物が混ざっていないか、確認してくるわ。新人ぴよぴよ大魔王には、幻影魔法の識別を教える。隙間がないか調べろ」
「ちょ、おまえ、その姿でも毒舌幼女かよ」
「は? 誰が幼女だ? スカタン! そんなことより、幻影魔法の見方を教えるから一度で覚えろよ。膜に隙間があるということは、そこから害意あるものが侵入したということだ」
(意味不明だな)
「幻影魔法って、森を見えなくしてるんじゃねぇの?」
「それは、認識阻害魔法だ。幻影魔法は、無いものが見え、あるものが見えないものだ。行くぞ」
◇◇◇
洞窟の外へ出ると、空気感の違いが、さらにハッキリとしてきた。深き森は、そもそもマナが他の場所よりも濃い所が多かったが、そのマナの質が変わったと感じた。
「なんだか、マナが、サラサラしてねぇか?」
「へぇ、わかるのか。ネットリとした濃いマナよりも、さらに質が高いものだ。やはり音には、様々なものが表れる」
アイリス・トーリは、なぜか遠い目をしている。
「俺が、領地の名を口にしたことが、そんなに……」
「当たり前だろ。おまえは、水帝だぞ?」
「意味がわからないが……キラキラとしていることは、わかった」
そう。森の中では、マナがキラキラと煌めき、そしてその光が映っているのか、彼女の瞳もキラキラと輝いている。
(やっぱ、綺麗だよな、コイツ)
「水帝は、水を操るだけじゃない。心を洗い、そして精霊に潤いをもたらす。トレイトン星系には、水帝はいなかった。だから、水帝となる者を探すために、天界やゴールド星を造ったのだ。それが、悲劇の始まりになったらしいがな」
突然、アイリス・トーリは、語り始めた。
「悲劇か。確かにいろいろとあったようだが、もうほぼ解決したんじゃないのか」
「あぁ、だが、まだ終わってはいない。水竜リビノアが、魔王セバスを操る者がいると言ってきた」
「誰だよ? トレイトン星系の奴らか?」
「わからない。音は、さまざまなものを表す。だから水竜リビノアも、その名前を出せないのだろう。その者を討つために、クルータス達が、おまえの奴隷になったのだ」
「えっ? 彼らの元の主人の墓守りをしたいからじゃないのか?」
そう尋ねると、彼女はコクリと頷いた。
「だが、私達の手で、討たなければ意味はない。大魔王コークンを恐れなければ、同じことが繰り返されるだけだ。さて、幻影魔法の見方を説明する。一度で覚えろよ?」
急に声の調子を変えたアイリス・トーリ。だが、いつものような勢いはない。
おそらく彼女は、その黒幕が何者かを知っている。俺は、そう感じた。




