188、深き森 〜エメルダ・ガオウルの家
長い食事会がやっと終わった。途中から傍観者になっていた魔王スパークにも、ホッとしたような笑みが戻っていた。
そして、ふくれっ面の幼女と、嬉々としている女性。
「私が、管理と監視をするなら、やっぱ私の家をこの森に建ててもいいよね、カオル」
「天界からでも監視できるだろ、エメルダ」
(いつまで同じことを言っている?)
俺はうんざりとした表情を隠さず、らせん階段を下りていく。やはり、らせん階段は嫌いだな。記憶力の優れた天界人に転生した俺からは、前世のトラウマは消えることはないのだろうか。
店のホールには、リィン・キニクを含む大勢がいた。1階で食事を済ませた集落の彼らは、俺達を待っていたらしい。
「うわっ」
「会食だったのか」
魔王スパークが俺の後ろから階段を下りてきたことに、彼らは驚いたようだ。もちろん、エメルダ・ガオウルも一緒だが、アイリス・トーリとケンカしながらだし、そもそもその顔は知られていないだろう。
(会食なんてもんじゃねぇが)
もし、俺がエメルダを見つけられなかったら、コイツらはどうなっていたのだろう? そう考えると、ゾッとする。
今の俺には、大魔王なんてものが務まるとは思えない。だがそれ以上に、トレイトン星系やゴールド星からの干渉に対抗することができるか……あまりにも不安だ。
エメルダ・ガオウルがこの森に住みたがるのも、トレイトン星系の誰かから、何かを探すようにと指示されているためだと思う。
彼女が、何を探しているのかは、俺にとってはどうでもいいことだ。ただ、俺が守りたい者達を傷つけるものであれば、全力で阻止するべきだろう。
(そんな力は、ねぇけどな)
「カオル、暗い顔をして、どうしたんだ?」
マチン族のドムが、少し緊張した様子で声をかけてきた。俺を大魔王扱いしないことに必死なのか、なんだか少しぎこちない。
「あぁ、ドム。大丈夫だ。ちょっと、うるさくてな」
俺は、ごちゃごちゃとケンカする二人を指差して、そう答えた。当然、ドムは困った顔をしている。
「あれれ? キミ達は、トーリ叔父様の末裔ね。ふぅん、随分と魔力も落ちたのねぇ、マチン族は」
(マチン族を知ってるのか)
エメルダ・ガオウルは、階段の途中から飛び降り、俺とドムの間に割って入ってきた。
「えっ……白いフードを被っていなくてもわかるのか」
「わかるよっ。トーリ叔父様の刻印があるでしょ。もっと魔力が高ければ刻印を隠すこともできるのにねっ。天界の仕業ねー。ほんと、女神ユアンナって、ろくなことしないわよね」
(何を言ってんだ?)
話しかけられているドムは、警戒マックスだ。
「エメルダさん、そんな風に言われても、何も答えられないですよ。彼は俺の友人です。いじめないでください」
「えっ? カオルの友達? じゃあ、私の友達でもあるわねっ。別にいじめてなんかないわよ〜。あまりにも無防備ですよと、教えてあげたの」
(だから、何?)
「エメルダ、つまらないことを言ってないで、さっさと帰れ」
「やだよっ。私、カオルの奴隷のお世話係だもんっ」
彼女が奴隷という言葉を使ったことで、集落の人達に緊張が走った。
(誤解してるよな)
「エメルダさん、ブロンズ星に住みたいなら、まずはその差別意識を封印してください。俺は、人種差別は嫌いなんで」
「わかった〜。じゃ、カオル、私の家はどこに建てればいい? カオルの屋敷ってどの辺りにあるの?」
(はい?)
そういえば、俺の家は、この森にはないか。エメルダに尋ねられて、初めて気づいた。一応、天界には借りている部屋があるが、何の家具も置いていない。
「俺の家は、ブロンズ星にはないですよ」
「えーっ? じゃあ、どこに建てる? 大魔王なんだから、お城にしちゃう? そういえばシダくんの家ってどこにあるの?」
(アイリス・トーリの家か……知らねぇな)
「エメルダには教えない。さっさと帰れ!」
「やだって言ってるでしょっ」
(はぁ、うっざ)
二人のケンカに俺がげんなりとしていると、リィン・キニクが近寄ってきた。
「二人とも、ケンカしないで。お店の開店時間よ。迷惑になっちゃうわ」
「ふぅん、森の賢者ね。私、どこに家を建てればいいかしら?」
(誰にでも聞くんだな)
「それは、天界に尋ねてちょうだい。エメルダ様の領地は、ブロンズ星にはないのかしら? 天界人は、箱庭を買うことで領地が得られるわよ〜」
「私は、天界人ではないから、領地は持てないのっ。だから領主の許可が……あっ、そうだ! アドでもいいねっ。アドちゃん、私の家は……」
(標的を変えやがった)
アド・スパークが困るかと見ていると、余裕の笑みだ。
「僕の領地も、古の魔王トーリの領地の一部でしたけど、監視をしたいなら、最適な場所がありますよ?」
「えっ? どこどこ?」
「アレです」
魔王スパークは、ホールの窓から見える天界の管理塔を指差した。
「アレは、何かしら?」
(は? 天界の管理者が知らないのか?)
「あの場所も、古の魔王トーリの領地の一部です。アレは、天界の管理塔というか監視塔です。魔王セバスが最上階にいますよ」
最上階にいるということは、実質の管理者だという意味だ。やはり、魔王セバスか。
「じゃあ、天界に権利放棄させるわ。カオル、天界に行くよ」
「はい? 俺は、集落の人達を送り届けないと……」
「大魔王コークン、行ってこい。あの塔から目障りな天界人を追い払え。集落の人達は、私が送り届ける」
俺が断ろうとしているのに、アイリス・トーリは、ニヤニヤと笑いながら、エメルダ・ガオウルに味方している。いや、違うか。これは、天界の監視を緩めるチャンスか。
「はぁ、わかったよ。だが、また、彼女に夢幻牢に入れられたら……」
「それはない。エメルダは負けたのだ。それに、おまえは大魔王になったのだぞ? ブロンズ星の大魔王を拘束するには、よほどの理由が必要だ。もしエメルダがそんなことをしたら、エメルダが管理局に処刑されるだろう」
(あぁ、あの男か……)
「それなら、いいけど……ん? は?」
店のホールから外に出ると、大勢の人が、サッとかしずいた。
(奴隷紋か)
彼らの額には、俺の名前を記した紋が光っている。その数は、27人。本当に奴隷なのか。
「大魔王コークン、くそっ……大魔王コークン様、何なりとお申し付けを」
人間につけられていた奴隷紋とは全く違うレベルの紋だ。おそらく、身体ではなく魂に刻まれている。
「ほらほら、私をバカにした罰だよっ。ふぅん、処刑紋じゃん。カオルが死ねと言ったら、死ぬよ? この人達」
「は? 悪さをしなければ、そんなこと言わねぇよ」
「じゃ、とりあえず天界に行くよっ。アンタ達も来なさい。天界から私達の家を取り返すんだからっ」
(は? 私達の家?)




