186、深き森 〜不気味な目玉
エメルダ・ガオウルがそう言い放った後、シーンとした重苦しい静寂に包まれた。
彼女がいればブロンズ星は安全だと言ったが、彼女が去るとブロンズ星には何かが起こると聞こえた。アイリス・トーリが途中で態度を変えたことも、その証拠だと感じる。
エメルダ・ガオウルは、天界の守護者だが、天界人ではなく、トレイトン星系の住人だ。その星系は、いわゆる神々の住む場所なのだろう。
さっき、俺が彼女を見つけることができたから、彼女の負けが決まったらしい。そのことについての説明はない。だから、俺にはなぜそういうことで勝敗が決まったのか、全く理解できていない。
食事の後、誓約の印というものをトレイトン星系かゴールド星に、いや両方かもしれないが、彼女は送ったらしい。すると、彼女が負けたから、なんだか暴動が起こりそうだと言っていた。
まぁ、当然か。天界の守護者である彼女は、天界を統べる女神ユアンナよりも、圧倒的に上の地位にあるらしい。その彼女が、新人転生師の俺に負けたなら、暴動が起こるのも自然なことかもしれない。
しかし、それなら、逆に彼女がブロンズ星にいない方がいいように思える。トレイトン星系やゴールド星の人達の怒りの対象は、エメルダ・ガオウルなのではないか?
「こんなところで、どんよりしていても仕方ない。大魔王コークン、店を出るぞ」
アイリス・トーリは、何かを察知したのか、部屋の扉へと歩いていく。
「カオル、私の住む屋敷をこの森に建てていいよねっ?」
エメルダ・ガオウルは、またその話だ。なんだか、ここに住みたいから暴動を誘発したようにさえ思えてきた。
「ダメだと言っただろ、エメルダ。私の父の領地だった場所を、トレイトン星系の者に……」
アイリス・トーリは、そこまで言って、ハッとしたように口を閉じた。
「ふぅん、やっぱり、この森にあるのね? だから、カオルがこんなに強いんだぁ」
(は? 何がある?)
「エメルダ、おまえ、やはりそれを探りに来たのだな。さっさと帰れ! ブロンズ星への侵略行為だぞ」
「それは、シダくんが言うことじゃないわねっ。貴女はもう、大魔王じゃないもの」
ピリピリとした空気感の中で、俺はふと違和感を感じた。
(目玉おやじが大量にいる!?)
俺は、直感した。
(室内クリーニングが必要だ)
俺は、スーッと左手首から死神の鎌を取り出した。
「は? おまえ、何を……」
「アイリス・トーリ、見えている人すべてに結界を張ってくれ」
俺が死神の鎌を掲げると、アイリス・トーリは室内にいる人達に、魔防結界を張ったようだ。
「ちょっと、カオル、何をするの!?」
「クリーニングですよ」
俺はそう言うと同時に、室内を浄化しようと意識して、死神の鎌をグルンと振った。
『ギャァァ!』
『何をする! 反逆行為だぞ!!』
『待て。なぜ、遠く離れた我々に気づいた? エメルダさえ、気づいていないというのに……』
『そうだ、なぜ、奴の放った刃が、我々に届くのだ?』
『エメルダが仲介したか? いや、エメルダには気づかれていないはずだ。気付くと絶対に騒ぐだろ』
大量の目玉おやじが、口々に喋る言葉も聞こえてきた。この悲鳴も声も、俺以外には聞こえていないらしい。だが、こっちの声は、目玉おやじには聞こえるんだよな?
「気持ち悪りぃんだよ! 何人の目玉だ? 何人じゃねぇな。20人いや30人、もっとか。エメルダに気づかれないように覗くとか、変態じゃねぇか」
俺がそう怒鳴ると、目玉おやじ達が動揺したのがわかる。目は口ほどに物を言う、とは、こういうことだな。
すると、エメルダが動いた。彼女が強い光を放つと、目玉おやじは、より鮮明に見えてきた。
(30人どころじゃねぇな)
部屋の壁や床、いたるところに目玉がある。俺が見えていたよりも、圧倒的な目玉の数だ。しかし、気づかれたとわかっても、奴らは逃げない。どんな神経をしてるんだ?
室内にいた人達の表情は、一気に引きつっている。給仕の人達なんか、失神寸前じゃないか。
「ちょっと! 何なのよ! 気持ち悪いわね!」
エメルダが、ブチ切れている。
『その鎌を持つ男が、トーリ・ガオウルか?』
『いや、復活するにはまだ早すぎるのではないか? エメルダ、例のモノはまだ見つけられないのか』
だがこの呼びかけも、俺以外には聞こえてないようだ。
(あぁ、アイリス・トーリの結界か)
「エメルダさん、この目玉たちが、例のモノはまだ見つからないのかと言ってますよ」
「へっ? ちょ、カオルにだけ念話してるの!? 何なのよっ!」
「部屋のクリーニングをしたから、聞こえにくいのかもしれませんね」
俺がそう言うと、アイリス・トーリは意地悪い笑みを浮かべた。幼女アバターを身につけていても、悪役感が半端ない。
「穢れだらけの邪気を含む通信は、世間知らずのお嬢ちゃんには伝わらないんじゃないか」
アイリス・トーリには、聞こえたのだろうか? なんだか、エメルダ・ガオウルを煽るようなことを言っている。
『へぇ、本当にエメルダは負けたらしいな』
『これがトーリ・ガオウルの復活でないなら、あまりにも危険な男が大魔王になったものだな』
彼らは、俺に聞こえるとわかっていて話しているのだろうか。遠く離れた場所にいると言っていた。だが、何かが届くと言っていたよな。それなのに、目玉は減らない。
(舐められてるのか)
「エメルダさん、この目玉達、あまりにも気持ち悪いので消し去ってもいいですか?」
「へ? できるの? たぶんみんなゴールド星にいるよ」
(いや、違う)
ダメージを受けた目玉とそうでない目玉がいる。最初、俺に見えていた目玉は、ゴールド星にいたのだろう。トレイトン星系は、とんでもなく遠いもんな。俺の魔力がそこまで届くとは考えられない。
「30人くらいはゴールド星でしょうが、他の人達はトレイトン星系にいるようですよ」
俺がそう言うと、目玉の数が半減した。通信を遮断したということか。だが、図太い奴がまだ30人くらいいる。
「へぇ、カオルってば凄いのねっ。ふぅん、魔力の高い人達は逃げたわね」
「逃げない図太い目玉が、まだこんなに残ってますけど」
俺がそう言うと、エメルダは、目玉を踏み始めた。だが、それでも、目玉は減らない。彼女が踏んでもダメージを受けないのか。
「大魔王コークン、コイツらの檻は、冥界に用意しようか?」
アイリス・トーリがそう言うと、目玉からは涙のようない水が溢れている。
(まさか、泣いてないよな?)
彼女は、指をパチンと弾いた。室内にいる人達を覆う結界を解除したらしい。
『助けてくれ! 解放してくれ!』
「ちょっと、何、言ってんの? 覗きをやめなさいっ!」
目玉を踏んだり蹴ったりしていたエメルダがそう叫んでも、目玉の数は減らない。
「エメルダ、それを言うなら大魔王コークンに言え。ここを覗いていた者達を拘束しているのは、彼の洗脳魔法だ。それを逃れるチカラのない者が残っているだけだ」
(は? 洗脳なんて、してねぇぞ?)




