183、深き森 〜意味不明な食事会
扉が閉まると、一気に緊張感が増した。
「姿を隠すのは、大魔王コークンを怖れているということか? エメルダ・ガオウル」
(ガオウル? エメルダって、アイツか?)
天界で俺を夢幻牢に閉じ込めた女も、賢者ガオウルからエメルダと呼ばれていた。そういえば、同一人物の声にも聞こえる。
アイリス・トーリの呼びかけに、影が揺れた。
「ひどいわね〜、シダくん。記憶が戻った途端、陰湿な性格がよみがえったのね。こないだは、あんなに丁寧に話していたのに、全くの別人ね。冥界神は、そんなに陰湿な性格だと務まらないわよ」
(どこが陰湿なんだ?)
シダと呼ぶということは、彼女とは、シダ・ガオウルだった頃からの知り合いか。
「おまえの方こそ、私の名をそう呼ぶとは陰湿なのではないか。私をわざわざ女に転生させたのは、トレイトン星系から来ている者の入れ知恵だと聞いたぞ」
(仲が悪いのかよ)
魔王スパークは、そんな二人のケンカには何も言わない。ただ静かに微笑みを浮かべている。だが、ポーカーフェイスができてないな。声の主のチカラをよく知っているようだ。
「はぁ? 私は知らないわよっ! シダくん、ぜんっぜん、かわいくないわね」
(やはり、これは、あのエメルダだな)
賢者ガオウルに対して、グダグダと言い訳がましいことを言っていた、あの声だ。
「隠れていないで着席すればどうだ? エメルダ・ガオウル。突然、乱入してきて、集落の者達を人質にとるとは、笑えないぞ」
(乱入? 人質だと?)
俺がアイリス・トーリに視線を移すと、彼女は俺が言いたいことを察したらしい。だが、キョロキョロと辺りを見回している。
「シダくんが、私に逆らわないと誓約すれば、姿を現して着席してあげるわ」
「そんな理不尽な要求は、拒否する。賢者ガオウルの使いで来たのだろう? おまえの個人的な趣味か?」
(まさか、影が見えてねぇのか?)
俺は、揺れる影へと近寄っていく。そして、スーッと手を伸ばした。うん? やわらかい?
「きゃーっ! 何なのよ、アンタ!」
影が実体化した。
(あー……)
俺は、スッと手を下ろす。目の前には、真っ赤な顔をしたエメルダが、両手で胸元を隠している。
「大魔王コークン? どうやってエメルダ・ガオウルを……」
「は? 始めから、ここに居たじゃねぇか。忍者みたいな術だろ?」
(うん? なんだ?)
アイリス・トーリは固まっている。エメルダ・ガオウルも、幼女アバターを着た彼女と同じような顔で、固まっていた。
「大魔王コークン、こいつが見えていたのか?」
「あぁ、扉が閉まる前に、人の影が現れた」
「だからって、私の胸を触ることないじゃないのっ!! えっちぃわね!」
「は? 影だと言っただろ? まさか実体があるなんて思わなかったんだよ」
「えっちぃわね!」
(なんだ? その言い方)
俺がそう考えると、エメルダ・ガオウルは、首を傾げた。
「えっちぃって言うんじゃないの?」
「は? 何がだ?」
「そういう、変なことをする人間のことよ! アンタと同郷の転生者が、そう言っていたもの!」
俺を指差して、力説するエメルダ・ガオウル。これ以上、意味のない反論をするのも疲れそうだ。
(話題を変えよう)
「賢者ガオウル様がおっしゃっていた通り、うっかり者らしいな」
「ちょ、お爺様がアンタに何を言ったのよっ!」
(お爺様? 賢者ガオウルの孫か?)
「あのとき、そんなことを言っていただろう? 膨大な魔力で天界を吹き飛ばしそうになったときだ」
「ふぇぁあっ!? アンタが悪いのよっ! そうだ、アンタ、魔力泥棒じゃないっ。私の魔力を……」
「俺が何もしなかったら、天界は今頃どうなっていた? それに俺一人では、あんな異常な魔力は制御できねぇぞ。水竜リビノアのおかげで、天界は助かったんだぜ?」
「ひぃぃん! ひっどぉ〜い! 私のせいだって言うの?」
「違うのかよ?」
「ふぇっ、アンタ、やっぱり、トーリ叔父さんの……ふぇぇえ」
(何を言ってる?)
俺の目の前で、なぜか泣き出すエメルダ・ガオウル。何が何だか、全く意味がわからない。
「大魔王コークン、天界の守護者を泣かせたな」
アイリス・トーリは、ニヤリと笑みを浮かべた。見慣れた毒舌幼女の笑みだ。
「勝手に泣いてんだよ。俺は知らねぇぞ」
「ふふん、そうか。同期したからか。水竜リビノアにはそんな能力もあったのだな。エメルダ・ガオウル、さっさと着席しろ。大魔王コークン、おまえもだ」
幼女にそう命じられ、キッと睨み返すエメルダ・ガオウル。だが、近くの席に素直に座った。
アイリス・トーリも、賢者ガオウルを爺様と言っていたか。ということは、この二人は、いとこ同士という関係か。
俺が着席すると、黒服達が動き始めた。テーブルには、フレンチレストランのように、フォークとナイフが並べられていく。
(テーブルマナーなんか知らねぇぞ)
いきなり前菜が運ばれてきた。
「わぁっ! 綺麗ね。何これ?」
「西の川魚の冷製マリネを中心とした前菜になります」
エメルダ・ガオウルは、ころっと表情を変えると、黒服に料理を尋ねる余裕っぷりだ。
(嘘泣きか)
「どうやって食べるの?」
「一番外側のフォークを使って、そのままお召し上がりください」
「外側って何?」
「皿から一番遠くに並べた、こちらのフォークです」
「へぇ〜、わかったよっ。いっただっきまぁす」
彼女が食べる様子を見て、アイリス・トーリもフォークを手に取って……キョロキョロしている。そして、俺が同じ位置のフォークを手にしたことを確認すると、ホッと小さな息を吐いた。
(誰もわかってねぇのか?)
魔王スパークも、たくさん並んだフォークに迷っていたらしい。俺の真似をしたような気もする。
「わぁっ! こんなの初めて食べたわ」
「オーナーが昔、旅をした国の料理だそうです」
「へぇっ。やっぱり、この街道沿いの店って、どこも面白いのね」
バブリーなババァの店だよな? まさかのフレンチか。
キラキラな笑顔で、無邪気に食べ進めるエメルダ・ガオウル。一体、何なんだ?
「大魔王コークン、気楽にすれば良い。もう、勝敗はついた」
「は? 勝敗って何だ?」
アイリス・トーリは、幼女らしくない表情で、優雅に微笑んでいる。まぁ、幼女ではないのだが……。
「カオルの勝ちだよ。はぁぁ、緊張したよ」
魔王スパークも、ふーっと息を吐いた。
「魔王スパーク様、どういうことですか?」
「ふふっ、僕のことは、アドでいいよ。古の魔王トーリの領地はね、こんな風に決めるんだって。じゃないと、長い戦争になるからね」
「はい? 戦争ですか?」
「僕は、これが初めての出席なんだ。カオルが勝ててよかったよ。だけど、まぁ、もともとそのつもりだったのかもね」
(さっぱりわからない)
「俺が、何に勝ったんですか?」
魔王スパークにそう尋ねると、アイリス・トーリがパッとこちらを向いた。
「大魔王が争うといえば、ブロンズ星の支配権に決まっているではないか、スカタン!」
(出たよ、スカタン)
「賢者ガオウル様も、大魔王コークンに任せるって言ってたよっ。だけど、一応、対決しなきゃいけない決まりだからっ」
「は? 俺が、いつ対決した?」
そう反論すると、3人の視線が俺に突き刺さった。
(感じ悪りぃな)




