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181/215

181、深き森 〜居酒屋ストリートの店にて

「団体さん、いらっしゃいませ!」


 転移の光が消えると、目の前にはズラリと居酒屋の店員らしき人達が並んでいた。店の入り口前のホールなのに、待ち構えていたのだろうか。


 位置的には、寿司屋からは西側に結構離れた場所だ。以前は、街道以外は何もなかったはずだが、こんな所まで居酒屋ストリートは続いているのか。


 店員には、下級魔族もいるようだが、皆、きっちり営業スマイルができている。バブリーなババァの店だと聞いたが、上品な雰囲気だ。


(ちょっと高そうだな)



 心配されていた集団転移魔法は、集落内からでも問題なく使えたようだ。俺が意図した場所に正確に移動できている。


 俺達が到着した場所は、転移で来る客用のホールのようだ。集落全員が転移してきても、まだまだ余裕がある。大きな種族を想定しているのかもしれない。


 無事に転移できたということは、集落の結界バリアをすり抜けることができた、ということだよな?


(水帝だと言っていたが……)


 俺の使う魔法は、すべて水属性を帯びるのだろうか? あの集落の結界バリアは同じ属性なのか? だが、この転移魔法には、属性もくそもないはずだが……。


 疑問点をアイリス・トーリに尋ねようかとも思ったが、やめた。そんなことより、腹を空かせた集落の住人達の飯が先だな。




「貸し切りの予約は、できているかしらぁ?」


 転移の無事を確認したリィン・キニクが、店長らしき女性に声をかけた。彼女は人間だな。


「はい、まだ営業時間前でしたから、大丈夫です。ようこそ、劇場リィリィのオーナー様、そして、わっ! 領主様にアイちゃん様も! お越しくださり、嬉しいです」


(劇場リィリィ? アイちゃん様?)


 俺のことをカオルと呼ばないということは、この店長らしき女性は、俺が奴隷転生させた人間ではないということだよな。



 店員達が店の扉を開け、笑顔で、中へどうぞと誘っている。だが、誰も動こうとはしない。


「ささ、みんな、入って入って〜好きな席に座って〜。あっ、カオルくんやアイちゃんが先に座らないと、みんな座れないわね」


「リィン・キニク、おまえが席を決めてやればよいのではないか? 皆、戸惑って動けないようだぞ」


 アイリス・トーリの指摘は的確だ。集落の住人は、マチン族以外は、店に入ったことさえないかもしれない。


 だが、彼女はどこにいるんだ? 店の照明のせいか、声はすれども姿は見えない。


(まぁ、いいか)


 あまりキョロキョロするのも、なんだかな。まるで、俺が彼女を見失って慌てているように見えるのも困る。リィン・キニクは、そういうことに敏感だ。



「そうね。じゃあ、私が案内しようかしら。集落の原住民ちゃん、みんな、ついてきて〜。マチン族ちゃん達は、自力で座れるわよね」


 リィン・キニクは、楽しげに先導していく。彼の人の扱いの上手さには、頭が下がる。だが、着席には時間がかかりそうだ。


(マチン族も戸惑ってるよな)


 俺は、顔見知りのマチン族に……いや、とりあえずドムに声をかけようか。彼にはムルグウ国で会って以来、本当に世話になっている。



 俺が、ドムに近寄っていくと、慌てて敬礼の仕草をしている。


「ドム、久しぶり」


「お久しぶりでございます。大魔王コークン様」


(ちょ、マジかよ)


「ドム、そんな話し方はやめてくれ。なんだか他人行儀じゃないか。俺は、以前と何も変わってないぜ」


「ですが……」


 ドムは複雑な表情をしていた。ツッコミどころ満載なはずだけどな。まぁ、大魔王だもんな。しかし、以前から天界人だと知っていたはずだ。


 それに、彼の息子ダンは、俺が転生させた転生者だ。そういえば、ダンはいないようだな。この話をすれば……。


(いや、下手に尋ねない方がいいか)


 冥界の扉が開いて以降、確か、ダンの姿は見ていない。いろいろなことが起こりすぎて、記憶に自信はないが……。レプリーとは行動を共にしたし、森で子供達がいるのを見かけた。だが、ダンの姿は記憶にない。


 俺が天界で、夢幻牢に捕われていた時間は、ブロンズ星では2年だったか。もし、その間にダンが命を落としていたら……あまりにも無神経な質問だ。



「ドムだけでなく、他のマチン族の皆も戸惑っているだろうが、たぶん俺自身が一番戸惑っていると思う。この店も初めて来たし、自分の領地に何ができているのかさえ、全くわからない」


 そう呟くと、かしこまっていたマチン族の人達の緊張が、急速にゆるまっていくのを感じた。


「いつから、でしょうか」


(言葉遣いは、元に戻らないな)


「この街道沿いに、寿司屋ができたところまでは知っている。だが、その後は天界にいたから、さっぱりわからない」


「おぉ……あれから、とんでもなく変わりました」


「そのようだな。自分の身に起こったこともまだ整理できていないが、何より領地のことがわからないなんて、領主失格だよな」


(ちょっとズルいか)


 俺が吐いた言葉で、マチン族の皆の表情が変わっていった。マチン族の正義感というか、ある種のお人好しな性質を、俺は利用する。


「領主失格だなんてことは、決してありません! 貴方様が導いたことの結果が、この星に奇跡をもたらしました!」


(貴方様、か)


「そうか。だが、このままというわけにもいかない。マチン族は、古の魔王トーリの末裔まつえいだ。そして俺は、その魔王トーリに、冥界と現界の狭間で、ある役割を魂に刻まれた。マチン族は、俺を手伝ってくれるよな?」


 俺は、弱々しい声色で、そう尋ねた。


「当然です! 貴方様は、ただの天界人の頃から、我々を保護してくださっていました。そのご恩もあります。当然、我々は……」


「ちょ、ちょっと待った。ドム、やっぱ、その話し方は、気持ち悪いぜ。今までのように話してくれ」


「えっ……ですが……」



 戸惑うドムの前に、幼女が現れた。


(あれ? いつの間に幼女アバターを着たんだ?)



「コイツが、大魔王コークンだからか? 天界人としては新人転生師だぞ。それに大魔王ではあるが、魔王の権限はない。新人ぴよぴよ転生師だからな」


「えっ? アイちゃんさん、でも……」


「おまえはもう忘れているだろうが、私は前大魔王リストーだぞ? 私には普通に喋っていたくせに、新人ぴよぴよ大魔王に敬語を使うのは、おかしくないか?」


(言い方!)


 マチン族は、皆、驚きに染まっている。だが、すぐに普通の表情に戻っていく。一瞬で今の言葉を忘れたのか? 


「アイちゃんさん、確かにそうでした。大魔王コークン様は、何の術も使われないから……」


「コイツは、オリジナルの洗脳系の魔法は、簡単には使わない。皆も知っているように、威力が甚大だからな。そして、その辺の魔王が使う記憶を消すショボい魔法は使えない。魔王の権限のないぴよぴよ大魔王だからな」


 幼女が、ぴよぴよを連呼したためか、マチン族の表情も穏やかになってきた。



「わかった。今まで通り、カオルと呼ぶよ」


 ドムは、フッと柔らかな笑みを浮かべた。



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