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180、深き森 〜民の心の声を受信する能力

「はぁぁ、お腹が減ったわねぇ」


 リィン・キニクは、何人かに目配せをしながら、そう呟いた。何か企んでいるのか? 


「そうだな。現界に復帰した者達に、食事を取らせる必要がある。魔王クース以外の者には、死神が刻印をつけたから、余計に空腹を感じるだろう」


 アイリス・トーリは、静かな口調で同意した。俺の目にも、魔王クースの背後でかしずいている者達が、空腹に目を回している様子がわかる。


(こんな能力、俺にあったか?)


「じゃあ、居酒屋ストリートに行きましょう。この集落のみんなで行くなら、貸し切りにしようかしら?」


 リィン・キニクの言葉に、集落の人達が戸惑っているのがわかる。森の賢者には逆らえないが、集落を留守にすることに不安があるのか。


(あれ? なぜ、心の声が聞こえる?)


 アイリス・トーリに尋ねようかと思った瞬間、頭の中に知識がわいてきた。これは、領地にいるときの魔王の能力だ。ブロンズ星にいるすべての魔王には、民の声を聞く能力がある。ただ、その能力の高さには、個人差があるようだな。


 俺は、正式に大魔王認定されたから、こんな声が聞こえるようになったらしい。個々に注意を集めると、その個人が今考えていることが、うっすらと伝わってくる。声や音ではない。感覚というか何というか……言葉では表現できないな。



「新人大魔王、何を百面相している? あぁ、民の声を受信できるようになったのか」


「おま……いや、冥界神ガオウル、貴女は俺の考えが見えるようになったのか? ここは冥界じゃないぜ」


 俺が即座にそう反論すると、彼女は可笑そうに笑った。


「初めてその名を呼んだな? 違和感しかないぞ。大魔王の役割を魂に刻まれただろう? 私も、最初に受信した声に戸惑ったことを思い出したのだ」


「ふぅん、大魔王の先輩だもんな。受信というが、この感覚は何だ? 声でもないし音でもない。念話の一種か?」


「ふっ、念話は大量に送れるが、その逆は不可能だ。大量の声が同時に聞こえると処理できないからな。この受信は、おまえが言うように、感覚として受け取るものだ。領地に危機がせまるときには、いち早く気づくことができる。まぁ、その精度は、魔王の力量にもよるがな」


(穏やかな顔で、流暢に喋ってるじゃねぇか)


 アイリス・トーリは、神々しい笑顔で、ペラペラと機嫌良く話している。声も穏やかで、まるで別人のようだ。



「おまえ、やっぱ、普通に話せよ。違和感しかねぇぞ」


 俺は、意味不明な反論をしていた。彼女は、一瞬、首を傾げたが、すぐに俺の言いたいことがわかったらしい。ふわりと、また、神のような笑みを浮かべた。


「それは、できませんわ。この場所は、大魔王コークンの領地ですからね」


(さらに悪化しやがった)


 俺はアイリス・トーリに、不機嫌全開の顔を向けてやった。


「ふふっ、面白いわね」


 彼女は、わざと上品な笑みを浮かべているようだ。まぁ、冥界神だから、神々しいことも当たり前だが……なんか、ムカつく。



「やぁねぇ、二人とも、こんなとこでイチャイチャしないでくれるぅ? 集落のみんなが困ってるわよぉ〜」


(は? イチャイチャだと?)


 俺がリィン・キニクの方に振り返ると同時に、アイリス・トーリも……睨んでやがる。


「やぁだぁ、怖いってば〜。二人もお腹が空いてるのねぇ。お店をひとつ貸し切りにしてもらえたみたい。さぁ、行きましょう」


 リィン・キニクは、精霊に伝言係をさせていたのか? 彼の頭上を、白い光がクルクルと飛び回っている。なぜか、俺にはそれが伝わってきた。精霊が店の予約を伝えて了承されたらしい。声でも音でもない。体験という感覚で伝わってきた。


(これって、すごい能力じゃねぇか)


 そして、集落の住人達が、俺の言葉を待っていることもわかる。アイリス・トーリが森の賢者に同意したことで、住人達は食事に行くことを命令だと感じたようだ。だが、俺の指示も待っている。



「リィリィさん、何の店ですか?」


「うん? えっと、居酒屋かな〜。カオル姉さんがやっている店よぉ」


(バブリーなコテコテ料理じゃねぇだろーな?)


 空腹の住人達には、おそらく年単位で食事をしていない者もいるだろう。幽霊状態から、現界に戻ったと言っていたか。それなら、身体は食事を受け付ける状態だとは思えない。


「そうですか。だけどバブリーな料理だと、長い時間食事をしていなかった人達の胃には、負担が大きいですよ」


「あら、カオルくんってば、すっかり領主様ね。メニューは、店に着いてから考えればいいわ。食材は、いろいろと他店との繋がりもあるから、不自由はないわよぉ」


 リィン・キニクにからかわれているような気もするが、この集落を含む森は、そもそも俺が買った箱庭だ。だから、もともと領主なんだけどな。


(あー、俺の指示か……)


 思念のような不安そうな感覚が強くなってきた。多くの住人が、俺の指示を待っていると、感覚がこんな風に震えて伝わるらしい。確かに、危機管理に便利だ。



「皆さん、俺の領地の一部に、飲食店通りがあります。森の賢者が、そのひとつを貸し切り予約してくれたようです。皆さんには、この集落を守る以外に、遊ぶことも覚えてもらいたい。人生の最期に楽しかったと思える生き方をしてほしいのです」


 俺がそう話すと、住人達は、胸に手を当てて聞いてくれた。以前、俺が宣言した言葉と重ねているのか。



「この集落の結界を心配する必要はありません。冥界への通り道もあるから、死神が守っています。それに、水竜リビノアがこの世界に出入りできるようになりました。天界どころか、トレイトン星系の者にも、手出しはできないですよ」


 アイリス・トーリがそう補足すると、住人達からは不安が消えていくのを感じる。さすが、前大魔王だな。住人は、俺よりも、彼女のことを強く信頼していることも伝わってくる。


(悔しい気もするが、当たり前だな)



「では、皆で出掛けましょうか」


 俺が、転移魔法を使おうとした瞬間、リィン・キニクに腕をつかまれた。転移先の店の場所なら、精霊から伝わってきているが?


「カオルくん、集落の中からでは、転移できないわよ。ちょっと危険だけど、集落の外に出なきゃ」


 あー、そうだったな。この集落には、強い結界が張られていることを忘れていた。


「リィン・キニク、それは私の能力の場合だ。大魔王コークンには可能だぞ。水帝だからな」


「あら、便利ね〜」


(は? 水帝だから可能なのか?)



「とりあえず、やってみます。もし失敗したら、集落の外に出てもらってから転移しますね」


 住人達からは、不安げな感覚がどっと押し寄せてくる。


(なかなかのプレッシャーだな)


 俺は、集団転移の魔法を唱えた。


 

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