178、深き森 〜魔王クースが生まれる集落にて
「あら? お話し中だった?」
リィン・キニクは、俺達を交互に見比べるように視線をさまよわせている。邪魔をしたと察したらしいな。
「いや、別に構わない」
アイリス・トーリがそう返事したことで、俺の胸がチクリと痛んだ。さっきの、私ね、の後の言葉は何だったのだろう? 俺を振るつもりだったのか。
だが、まぁ、いい。俺は返事に関わらず、コイツを支えると決めていた。やはり彼女の感覚は、シダ・ガオウルなのかもしれないしな。
「よかったわぁ。集落には、私も一緒に行くわね。そうすれば、一度で済むものね〜」
(は? なぜ、リィン・キニクが?)
「そうだな。その方が一度で終わる。リィン・キニク、ここへの移動は、天界には知られていないな?」
「もちろん、それは大丈夫よぉ。森の賢者は、精霊の棲む森では風になるのよ〜」
(は? どういう意味だ?)
「大魔王コークンが、間抜けな顔をしているぞ。天界人としては新人だからな」
「あら、カオルちゃん、ごめんなさいねぇ。天界は、私を探せないという意味よぉ」
「リィリィさんは、天界からは見えないということですか?」
「うふっ、この森にいれば、カオルちゃんも見えないわぁ。アイちゃんは捜せると思うけど、カオルちゃんが近くにいれば、認識阻害効果が及ぶわねぇ」
(俺を天界は見つけられない?)
「それなら、精霊主に運ばれなくてもよかったのだな。そうか、大魔王コークンは、水だからだな」
「ええ、ここ以外でも、森の中では捜せないわねぇ。アイちゃんは、どこにいても目立つのよ。カオルちゃんは、すべてに溶け込むわ。風属性の森の賢者も同じだけど」
二人は意味不明な話をしながら、集落へと近寄っていく。俺が水だというのは……オリジナル魔法のことだろうか。あぁ、そういえば、大魔王コークンには、水帝という二つ名がついていたか。
◇◇◇
「大魔王様! ふぇっ? 森の賢者様も?」
集落の入り口付近にいた監視は、俺達の姿を見つけると慌てて集落へと入っていった。大魔王様というのは、アイリス・トーリのことだよな? 俺には視線は向けられなかったはずだ。
集落を覆う結界が、さらに強くなっているように感じた。集落があるはずの場所は、近寄ってもただの平原にしか見えない。
(冥界神が誕生したからか)
集落には、冥界への出入り口がある。そして、この集落は、アイリス・トーリの……大魔王リストーの唯一の領地らしいからな。
「じゃあ、私もお邪魔しま〜す」
リィン・キニクは、完全に女子化している。前世が女だったらしいが、おそらく劇場のオーナーをしている影響だろう。彼は、中性的な顔立ちをしているが、普通にイケメンのハーフエルフだ。服装も男なんだけどな。
俺も、彼らの後について、集落へと入る。
以前来たときは、入るのに苦労したんだよな。勢いをつけて入ろうとすると入れない。
(どうするんだっけ? うん?)
大魔王改め冥界神と森の賢者がいるためか、気づいたときには、俺は集落の中に入っていた。後ろを振り返ると、門番らしき男が、緊張した表情で敬礼らしき仕草をしている。
「おい、何をキョロキョロしている? ちゃんと歩け、スカタン」
(毒舌幼女だな)
彼女はたぶん、わざとスカタンを言っているのだろう。言葉にいつものキレがない。だが、反論を待っているはずだ。
「おまえなー、また、スカタンって言ったぞ? それに……なっ? なんだこれ?」
集落を少し進むと、以前とはガラリと景色が変わっていた。魔物の檻として使われていた建物は消え、その場所には、整然と普通の小屋が並んでいる。
しかも、その前の広場になっている場所には、たくさんの人が整然と並び、かしずいていた。
服装は、この集落の住人の粗末なものではない。僅かに青みがかった白いローブのようなものを着ている。
(怪しい宗教か?)
「あら、礼装が白く変わったのね」
リィン・キニクは、この服装のことを知っているらしい。
「森の賢者様! 精霊様が私達をこの色に染められました。冥界の青い扉が開き、冥界神ガオウル様が誕生され、そして魔王クースを守る私達にも、変革を促されました」
長老らしき爺さんが、リィン・キニクに見惚れているかのような恍惚とした笑みを浮かべながら、そう話した。
「そう、以前の青紫色も綺麗な色だったけど、白い礼装の方が神聖な感じがするよね」
リィン・キニクが、この集落を統率しているようにも見える。アイリス・トーリは、何かを探しているのか、キョロキョロしている。
シーンと静まり返った。
(なんか、気まずい)
誰も、俺の方は見ない。アイリス・トーリを見ているわけでもなさそうだ。皆の視線は、森の賢者に向いているようだ。
「あぁ、ようやく来たようだな」
アイリス・トーリの視線の先には、見たことのある少年がいた。その彼の背後からは、たくさんの人がぞろぞろと姿を現した。いや、姿を現したというより……。
彼女の視線に気づいて、少年が駆け寄ってきた。以前、会ったときと変わらない姿だ。あれから、ブロンズ星では何年かの時間が流れたよな?
「冥界神ガオウル様、お立ち寄りいただきありがとうございます。すべての者を集めました。これで、全員です」
「そうか。魔王クースになった者は、他には居ないか?」
「はい、魔王クースは、自分だけです。候補者には、死神様より、候補者の証を賜りました。この集落をより強き門とするため、眠っていた候補者を起こしました」
(何の話だ?)
この少年が、魔王クースの霊体だということはわかる。だが、候補者というのは……あっ、アンゼリカか?
少年の背後からぞろぞろと現れた中に、アンゼリカらしき女を見つけた。俺がサキュバスに転生させた女だ。
だが、サキュバスというより……幽霊みたいだな。身体が、光の加減か、透き通っているように見える。
「じゃあ、始めても大丈夫かな?」
リィン・キニクがそう言うと、魔王クースの少年は、彼の前にひざまずいた。
「カオルくんも、準備はいい?」
俺の方に振り返るリィン・キニク。だが、何を言っているのか、さっぱりわからない。
俺の名前が出たことで、数人の顔があがった。
(あっ、マチン族のドムがいる)
だが、俺のことは見えていないかのようにスルーだ。
「リィリィさん、一体、何を?」
「ふふっ、精霊の儀式よぉ」
彼が右手を空に向けると、空には、キラキラと美しい無数の光が現れた。




