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177、深き森 〜もう一度

 俺は今、アイリス・トーリと一緒に、魔王クースが生まれる集落近くに来ている。緑色の光……この森の精霊主がしびれを切らして、俺達を強制転移させたらしい。


「突然の転移だな」


「きっと、世話焼きエルフも、すぐに追いかけてくる。精霊主は、自分の力をカオル姉さんに誇示したかったのだろう」


(は? バブリーなババァに?)


「そうなのか? まぁ、集落に運んでくれたのは助かるが」


「確かにな。天界は、私達の居場所を完全に見失っているだろう。もしかすると、この森全体が、天界のサーチを弾くかもしれない。魔王クースが実体化しても見つからないかもな」


 アイリス・トーリは、ふふんと意地悪く笑うと、姿を変えた。幼女アバターは自由に着脱できるのか。


 目の前には、大人の姿のアイさんがいる。なんだか慣れないな。俺に幼女趣味はないが、俺の研修を担当した毒舌幼女の姿の方が、何というか……まぁ、安心できる。


 今この森の中では、冥界神となった彼女にも、俺の思考を覗くことはできない。いや、あれは冥界にいるときだけか。


 彼女の見た目の変化に、俺が動揺しているとは悟られたくない。思わず見惚れてしまうことも、知られるわけにはいかない。


 俺は、彼女の見た目を幼女の姿だと脳内で置き換え、口を開く。



「もう、魔王クースは不要じゃねーの?」


「いや、父が残した仕掛けは消えていない。再び冥界が封じられることがあるかもしれないからだろうな」


(あの女は……アンゼリカは……)


「冥界の実験室のような水槽みたいなもので眠っていた奴らは、どうなるんだ? 魔王クースが生まれないように、おまえが止めたんじゃねぇのか?」


「あぁ、あれは、私にはわからない。死神のテリトリーだ」


「ガイコツじゃない死神か」


「は? 死神は、もともとあの姿だ。何を言っているのだ?」


(幼女アバターのときと同じ反応だな)


 同一人物だから当たり前のことだが、そう考えると、俺の胸の鼓動も少しずつ落ち着いてきた。


「俺のイメージだと、死神の顔はガイコツなんだよ。アイツは、リッチと呼ばれるアンデッドにそっくりだ」


「は? 死神は死なないから、アンデッドだぞ?」


 不思議そうに首を傾げる彼女。その瞳には、吸い込まれそうな魅力がある。俺に、魅了を使っているわけでもないだろうが……。


「おまえなー。幼女みたいな顔してんじゃねぇぞ。リッチというのは、めちゃくちゃ強いモンスターなんだよ」


 一瞬、不機嫌そうに表情を歪めたが、彼女はフッと笑った。なんだかバカにされているような……いや、違う。妙に、目を輝かせてやがる。


「モンスターというのは、魔物のことなのだろう? 魔法のない世界での架空生物だったか。あぁ、確かにそのリッチというモンスターは、死神にそっくりだな」


「ちょ、おまえ、まさか俺の頭の中を覗けるのか?」


「は? それができるのは冥界だけだと教えただろ? 大魔王コークン。おまえは、まだまだ学ぶべきことがあるようだな」


 そう言いつつ、彼女の表情は柔らかい。


(唇も、柔らかいのかな)


 俺は、ふと、試してみたい衝動に駆られた。そんな俺の思考を覗いたかのように、彼女はスッと目を逸らした。だが、嫌がっているようには見えない。それに、深き森の樹々が目隠しとなって、集落からも気づかれないだろう。


 俺は、一歩、彼女に近づいた。


 やはり、彼女は察しているのか、俺の顔をジッと見ている。柔らかな表情は、俺を受け入れてくれていると伝わってくる。


(もう一度、ちゃんと言おう)



「俺は、おまえに惚れている」


「なっ!? 突然、何?」


 彼女は、やはり察していたようだ。頬がほんのりと赤く染まっている。何より、言葉遣いが変わった。


「冥界でも言ったし、カオル姉さんの劇場でも言ったが、邪魔者がいた。だから改めて言う。俺は、おまえに惚れている。おまえの感覚は、おそらくシダ・ガオウルなのだろう。それならそれでいい。俺は最も親しい友として、おまえを支える。そしていつか、おまえの感覚が見た目通りの女になったなら、そのときは教えてほしい。俺は、おまえに再び告白するだろう」


「ふぇっ!?」


 彼女は、呆けた顔をしていた。手をわちゃわちゃと振り回している。何をしてるんだ?


(幼女に見えるぞ)


「私は、あの、封じられていた古い記憶、シダ・ガオウルだった頃の記憶は戻ってきたけど、その、えっと、この姿が長いし、あの、んと、自分は女性だと……思う」


 彼女は、話しにくそうにしながらも、ふだんとは違う口調で、モゾモゾと話している。


(ふっ、なんだ、そういうことか)


「じゃあ、今のおまえは、女なんだな?」


「そ、そうよ! 男に見えるって言ってる……の?」


 彼女は、あえて女性らしく話そうとしているようだ。話し慣れない言葉遣いは、難しいようだが。


「そうか。じゃあ、もう一度言う」


「う、うん」


(ククッ、なんか緊張してねぇか?)


 彼女は、俺を真っ直ぐに見ようとしているが……目が泳いでいる。


「俺は、おまえに惚れている」


「うん」


「互いに新たな役割を果たさないといけなくなった。それに、天界からいろいろ干渉されるかもしれないが、俺は、おまえと共に生きていきたい」


「う、うん」


 彼女は返事しかしない。まさか、今のは否定なのか? 


「俺は、新人転生師だし、新人大魔王か? 今すぐにどうのということは難しいかもしれないが、少しずつ信頼を得ていきたいし、おまえを守れるように努力する。おまえがどう思っているか、聞かせてくれないか? 拒否されても、おまえを支えることには変わりない。振られたからってストーカーにもならねぇと誓う」


「ストーカー? 何?」


「あ、えーっと、つきまとったりするような、粘着タイプのことだ」


「ふぅん、そっか」


(失敗した……)


 いつも俺は肝心なところで、変なことを話しすぎる。


(やべぇな)


 彼女はいつもとは違って、緊張のためか毒舌を封印しているようだ。ただでさえ、話しにくそうなのに、俺の変な言葉のせいで……。


 シーンと、重苦しい静寂。これを今の彼女が打ち破ることは、難しいみたいだ。何度も、口を開きかけては閉じている。


(こっちから、もう一度だ)



「俺と、いつか、結婚してくれないか?」


 俺は、彼女の目を真っ直ぐに見て、そう囁いた。


 彼女の瞳が揺れている。その表情は、やわらかい。目の奥が、わずかに潤んでいるようにも見える。


(やっべ、こっちも緊張してきた)


 彼女は、ゆっくりと口を開く。


「私ね……」



「もうっ、突然いなくなるから、レプリーちゃんが驚いてたわよぉ〜。カオル姉さんはご機嫌ナナメで、社長室のガラスを改良し始めたわぁ」


 リィン・キニクが現れた。


(嘘だろ、おい)



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