172、深き森 〜大魔王コークン?
「本気で俺を大魔王にしようと考えてるんですか」
俺がそう問いかけると、バブリーなババァは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべて、アイリス・トーリに視線を移した。
驚きまくっているレプリーは、テーブルに落としたナンを、なかなか拾うことができないらしい。
「大魔王にしようと考えているのではなく、おまえは既に、ブロンズ星の大魔王コークンだ。二つ名は、水帝というものが付いたらしい。水竜リビノアを従えたからか、洗脳系の水魔法を使うからか、まぁ、その両方だろう」
(は? 大魔王コークン? 水帝?)
「ちょ、待てよ。大魔王リストーは、どうなった?」
アイリス・トーリにそう尋ねても、彼女は、首を傾げて、すっとぼけている。そして、俺が教えて見せた食べ方で、ナンをカレーに付けて、パクリと食べた。
(やはり不器用だな)
毒舌幼女は、カレーで手をベタベタにしている。そんなに難しいのだろうか。
「カオル、それを言うなら、前大魔王リストーだよ。驚きで混乱している彼に尋ねてみなよ、大魔王の名前を」
バブリーなババァは、レプリーを指差してニヤニヤしている。なぜ、レプリーに?
「レプリー、大魔王の名前って知ってる?」
「は、はい。前大魔王リストー様から、新しい方に地位が継承され、今の大魔王様は水帝コークン様です。あ、あの……カオル様が……えっと、あの……」
レプリーは、戸惑いながらも、そう答えた。
「ちょっと待って、レプリー。それって、いつ誰から聞いたのかな?」
「えっ……たぶん、精霊様の声だと思います。夢の中で聞いたのかな? よくわからないです」
(どういう仕組みなんだ?)
レプリーは、俺が大魔王にさせられたことは知らなかったみたいだ。だが、大魔王が交代し、その名前だけは知っている?
「レプリー、もしかして、大魔王リストーの顔を知らない?」
そう尋ねると、レプリーは首を傾げた。
「僕は、前世で、たぶん会ったことはあると思います。でも、思い出せません。大魔王様に関する情報は、おそらく上級魔族じゃないと、記憶の維持ができないです」
(目の前にいるのにな)
俺が視線を移したことにつられたのか、レプリーは、アイリス・トーリに視線を移すと、驚いたような顔をした。彼女が、大魔王リストーだと気づいたか。
「アイちゃん! 服がべちゃべちゃですよ。ちょっと待ってくださいね」
レプリーは立ち上がると、『社長室』から慌てて出て行った。確かに、幼女の服は、袖口も、腹付近も、カレーでいろいろな色に染まっている。服だけではなく、手も顔も……完全にお子ちゃまの食事だな。
「あの子は、いい子に育ってるじゃないか。ベタベタなカレーを拭いてくれるつもりだろうね」
バブリーなババァはそう言うと、ふふんと鼻を鳴らした。アイリス・トーリをからかっているのか。
「俺は、大魔王になんて……」
「まだ、そんなことを言ってるのかい? いいじゃないか。カオルが大魔王で、アイが冥界神なら、楽しくなりそうだ。天界は、誰を監視するんだろうね? あはは、私はノーマークになりそうだよ」
シルバー星では、彼女は危険視されているようだが? そもそも、彼女をブロンズ星から引き離すためにシルバー星を創ったらしいが……居座ってるよな?
「大魔王の領地は、本来なら冥界との通り道のある、あの集落だけだ。だがおまえは、この森を買った。集落を含むこの森全体が、新大魔王の領地として認定されたようだ」
カレーでベタベタな顔で、そんな真面目な話をされても信じる気にはなれない。
「その認定って、誰がやってんだよ?」
「は? あぁ、おまえにはその権限もないのか。天界で会ったはずだが?」
「賢者ガオウルか?」
「いや、爺様ではない。ギャンギャンうるさい女がいただろう?」
「エメルダとかいう奴か? 俺を夢幻牢に閉じ込めた……」
そこまで話すと、彼女はピクッと肩を震わせた。
「こらこら、アイちゃん、雷撃はやめておくれよ? 劇場の音響機器が壊れるからね」
バブリーなババァにそう言われ、彼女はスゥハァと深呼吸している。こんな場所で、雷撃だなんて正気じゃねぇな。
(あ、怒ってくれたのか)
「エメルダは、昔からアホなのだ。全く成長しない。エメルダなんかに天界の管理者をさせるから、カオル姉さんがエルギドロームを作ることになったのだ」
毒舌幼女は、カレーまみれの手だということを忘れ、ひざ付近のスカートを握っている。
だが、俺のことで、怒ってくれているのだとわかるから、変な指摘はできないな。
(やはり、俺は……コイツのことが好きだ)
「そのエメルダが、カオルの箱庭を領地認定したということは、地図が更新されたら地名が付くね。大魔王の領地は国とは呼ばないだろうが」
バブリーなババァは、なんだか目を輝かせているように見える。地名が付くと、何か彼女に良いことでもあるのか?
「あぁ、そうだな。エメルダが付ける地名には、あのアホの心が反映される。アウン・コークンのことをどう思っているかが明らかになるぞ。つまらぬ地名なら、水竜リビノアを使って脅せばよい」
「俺は、水竜リビノアを従えたわけじゃねぇぞ。主人は、トーリ・ガオウル、ただ一人だと言っていたからな」
そう言い返すと、彼女は、やわらかな笑みを浮かべた。
(何を笑ってやがる?)
「水竜リビノアが、そんなことを言ったか。私には何も言わない。昔からそうだ。私には、リビノアはいつも上から目線でケンカを売ってくる」
彼女の思い出話に、バブリーなババァは、目を見開いている。初めて聞いた話なのだろうか。
「それは、シダ・ガオウルの頃のことか?」
「あぁ、私の子供時代のことだ」
「ふぅん、子供を相手に、水竜リビノアが真面目な話をするとは思えないもんな」
「だろ? アイツは性格が腐っているのだ。さっきもおかしなことを言ってきたから、電撃をくらわせてやった」
(は? 何してんだ? コイツ)
「何を言われたんだ?」
「私が、アウン・コークンのことを父親だと思っているとか、父親の代わりにしようとしているとか……」
(まぁ、顔は似てるのだろうな)
「へぇ、アイは、父親大好きなファザコンかい?」
バブリーなババァがつまらないことを言うと……。
「私は、コイツのことを父親だとは思っていない! そう思う方が楽だと考えているだけだ!!」
(は? 何を言ってんだ?)




