164、冥界 〜死神のテリトリー
彼女が背を向けると同時に、青い門からブワンと冷たい光が放出され、俺を包んだ。目に映るモノにはすべて、青いモヤがかかっているように見える。
(死人になったような気分だな)
青いローブに身を包む彼女は、青い門へと音もなくスーッと入っていく。身体に重さがないかのような不思議な動きだと感じた。
冥界神に関する知識は、俺にはほとんど無い。
だが、青い門の先に入った彼女は、キラキラとした輝きを増し、なんだか透き通っているように見えた。あれが、冥界神の本当の姿なのだと、なぜか理解していた。
(やっぱ、綺麗だよな、アイツ)
「何をボーっとしている? さっさとついて来い、スカタン」
(前言撤回だ。やっぱ、ガキだな、アイツ)
「いま、スカタンって言ったぞ?」
俺がそう反論すると、彼女はふふんと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。美しいアイさんの姿なのに、やはり俺には、毒舌幼女にしか見えないな。
「今のは、わざと言ってやったのだ。私がスカタンと言うのが面白いのだろう?」
「クソガキな顔で、何を言ってんだよ」
そう反論すると、彼女は一瞬、口をへの字に結び、そして、フッとやわらかな笑みを浮かべた。
(うん? なんだ? その笑みは?)
「私のテリトリーに足を踏み入れたな。冥界観光が希望か?」
「青い影が居る場所へ行きたい」
「は? 青い影?」
彼女は、振り返ると首を傾げている。青い門をくぐっても、まだこの場所は冥界ではないのか。彼女が向かっていた先に青い門がもうひとつ見えた。
「冥界の番人とか言っていたな」
「あぁ、あのうるさい奴らか。アレは爺の……いや、死神の眷属のようなモノだ。なぜ、死神のテリトリーに行きたいのだ? あの場所は、冥界の外縁にあたる邪気にまみれた場所だぞ」
(忘れているみたいだな)
彼女は、不思議そうに首を傾げた。記憶を探そうとしているようだが、見つからないらしい。
「忘れているわけではない。記憶の整理ができていないだけだ」
(うん? いま……俺の頭の中を覗いたのか?)
そう考えると、彼女は……ドヤ顔だ。あぁ、さっき、自分のテリトリーに足を踏み入れたとか何とか言っていたのは、そういうことか。
「また、おまえの覗き趣味が復活したのか」
「は? ここへ誘えと言ったのは、おまえの方だろ。冥界観光に来たスカタンの監視は、冥界神の義務だ」
(わざと、スカタンを使ってるな)
「そうかよ。じゃあ、死神のテリトリーに連れて行けよ」
「冥界観光よりも、あんな場所か。まぁ、よいが」
彼女がパチンと指を鳴らすと、ぐらりと揺れた。なんだか景色が180度回転したかのような感覚だ。
まぁ、彼女が俺の頭の中を覗けるようになったなら、別に嘘発見器は、使う必要はないが……。彼女の本心を知るには、あの場所が最適か。
◇◇◇
『シダ様! わざわざ、お越しくださり感謝いたしますぞ』
リッチのような姿をした死神が、目の前に現れた。彼女の姿を見て、デレデレとしているように見える。彼女は、ふふんと鼻を鳴らしただけだ。
(しかし、なぜガイコツじゃないんだ?)
そう考えると、二人が同時に俺の方を向いた。
「死神は、ずっとこの姿だぞ。ガイコツというと、アンデッドの魔物のことか?」
「俺の感覚だと、死神の顔はガイコツで、デカイ死神の鎌を持ってるんだよ。彼の姿は、リッチというアンデッドに見える」
「ふぅん、爺は死なぬから、アンデッドだがな」
俺達の会話をデレデレした雰囲気で眺める死神。それほど、彼女が自分のテリトリーに来てくれたことが嬉しいのか。
『カオルの名を持つ者、ワシはそんな雰囲気を漂わせているのか?』
「俺は、何も言ってませんけど?」
『あぁ、言葉は……ワシには、区別がつかぬ』
(は? 意味不明だな)
「爺は、音による会話に慣れていないのだ。そんなことより、この場所に連れて来させて、何の話だ? あー、爺が邪魔なら蹴散らすが」
彼女に蹴散らすと言われて、死神は少し離れた。ショックを受けたのか、デレデレとした雰囲気は消えている。だが、以前会ったときよりは、明らかに機嫌が良さそうだ。それに……。
「死神がいても構わない。それより、なんだか色が変わって見えるが、以前来た場所とは違うのか」
冥界は、青紫色の印象があった。だが、今、この場所は、青い霧に覆われている。まるで違う場所のようだ。
「死神のテリトリーは、冥界の色と同じだ。青い門が開いたから、門の色に染まったのだろう」
彼女の説明は、俺には根本的な部分が理解できない。水竜リビノアも、青い門だと騒いでいたな。
『均衡がもたらされるとき、その門が現れる』
(精霊が言っていたことだな)
「爺、突然、何の話をしている?」
彼女は、この言葉を知らないらしい。
『シダ様、カオルの名を持つ者の覚悟をご存知でしたか?』
なぜか、死神が彼女に語り始めた?
「リィン・キニクから、そのうち話をすると言われていた。彼も、私に話があるということだから、同じ件だろうと推察していた」
(いや、別件だろ)
そう考えると、二人の視線は俺に向いた。
『この場所は、話し合いには最適ですぞ、シダ様。天界からも、トレイトン星系からも、干渉できませんからな』
「あぁ、だから、内緒話をしたいということか?」
(内緒話というか……)
「俺は、おまえに話しておきたいことがあるんだ。だが、おまえは、言葉を信用しないだろ? だから、この場所が良いと考えた。青い影が、嘘発見器だからな。でも、居ないな」
死神がいるせいか、青い影は姿を見せない。
「は? 冥界の番人なら、あちこちにいるではないか。あぁ、色が同化して見えないのだな」
彼女が手招きすると、青い影は俺達の前を横切っていった。完全に、冥界の青い霧に溶け込んでいる。
「全く、気づかなかった」
『そうでしょう! 青い門が開いたのですからな。いま、冥界の力は、最盛期と同じ状態にまで回復していますぞ』
(だから、青い門って何なんだよ)
そう考えると、彼女は悪ガキのようにニヤッと笑った。
「青い門は、知の門だ」
(だから、何!?)




