160、天界 〜襲来!?
「はい? 俺は、あの人にずっと拘束されていましたし、何より、今、俺はここにいますが?」
反論した俺の顔を、賢者ガオウルと呼ばれた男は、ジッと睨んでいる。いや、思考を覗いているのか。
『均衡がもたらされるとき、その門が現れる』
俺の頭の中に、森の精霊主の声がよみがえってきた。さっきは、つらつらと流れてきたが、今回はこのひとつだけだ。
(だから、何だ?)
冥界の門が、ブロンズ星上空に現れ、その門から水竜リビノアが出てきて、天界と3つの星の時間を支配したとか……意味不明な警戒を促す無機質な声が届いた。不快な警戒音も鳴り止まない。
経理塔にいた人達は、画面に張り付いているが、皆、混乱しているらしく、何をすべきかわからないようだ。ただ、ジッと画面を見ている。
(ここからは見えないな)
水竜が、星間の時差を消し去ったから、均衡がもたらされたのか。いや、それは、門の出現条件だよな。順序が逆だ。
「ふむ、キミは、気づいていないということか」
賢者ガオウルの表情が、俺をバカにするように緩んでいる。暗殺者のような顔をした彼は、これでも愛想笑いをしているつもりかもしれない。
「俺は、何もしてませんよ。この騒ぎの理由には、何の心当たりもありません」
「ふっ、キミは……私の息子の生まれ変わりか」
目の前にいる目つきの悪い初老の男は、トレイトン星系の賢者であり、古の魔王トーリ……冥界神トーリ・ガオウルの父親だと言っていた。
ということは、アイリス・トーリの……いや、シダ・ガオウルの爺さんか。アイツは、ぼっちじゃないんだな。
「そんなことを言われても、俺にはトーリ・ガオウルに関する記憶は、何もありません」
「水竜リビノアが出てきたということは、もう、私には止められない。リビノアは、魂の転生システムに反対していた息子が使役していた竜だ。息子のように異常な炎を操る力は、私にはないからな」
(は? 水竜に炎?)
俺の知識が正しいなら、水属性は火属性に強い。つまり、炎を恐れるとは思えない。水竜は、水属性じゃないのか?
キュインキュインキュイン
『警戒してください! 警戒してください! 水竜が天界に向かってきます! こちらからの先制攻撃は禁じられています! 警戒してください! 警戒してください!』
(うるせーな)
耳障りな警戒を促す無機質な声は、天界人をビビらせているだけだ。
「あぁ、ここに来るつもりのようだね、水竜リビノアは」
賢者ガオウルは落ち着いているようだが、俺を夢幻牢に捕らえていた女は、パニックを起こしている。彼女が騒ぐから、余計に、経理塔にいる天界人が怯えるのだろう。
「貴方は、さっき、俺が門を出現させたと言っていましたよね。俺は、まだ何もしていないのに、責任を押し付けるつもりですか」
俺がそう尋ねると、賢者ガオウルは、フッと笑った。
「キミは、やはり、息子に似ているようだ。見た目もよく似ている。だがキミの記憶には、あるはずの印がない。不思議なものだな。キミは、上手く炎を操れない。だが、息子が苦手だった水を操る。魂の質は、真逆なのか」
(は? 何を言ってんだ?)
ガタガタ
ガタガタガタガタ
(地震か?)
「ギャーッ! ないわ、ないわよぉ〜」
俺を夢幻牢に閉じ込めていた女が、外を見て騒ぎ始めた。だが、窓の外の光景は、いつもと変わらない。たくさんの塔がニョキニョキと生えるように立っているだけだ。
「エメルダ、うるさい。刺激するなよ!?」
賢者ガオウルが、騒ぐ女の手から何かを奪い取った。
(杖か?)
「うぇぇ〜、賢者ガオウル様、返してください〜! それがないと、おっきい魔法は使えません〜」
「だから、刺激するなと言っている。夢幻牢に閉じ込めるぞ」
「嫌です〜、暇すぎて死んでしまいますぅ」
(は? こいつ……)
『警戒してください! 警戒してください! 水竜が、水竜が、凶悪な水竜が……。警戒してください! 警戒してください!』
頭に直接響く無機質な声も、意味不明だ。水竜リビノアを恐れていることは、伝わってくる。いや、機械が恐れるのか?
(えっ?)
また、夢幻牢に入れられたのか? 俺の視界は、突然、色を失い、真っ白になった。上下の感覚もわからない。
『夢幻牢に囚われていたのか、カオル』
(は? この声って……)
「姿を見せなさい。視界を奪い感覚をマヒさせていると、天界人への攻撃だとみなされるぞ」
賢者ガオウルの声が聞こえた。
『爺さんには、用はない。カオル、おまえは、シダ様が望む方法で門を出現させた。見事だ、褒めてやる』
(水竜か?)
「うわぁぁ、そこにいるのですかぁ? やだぁ、うわぁあ」
「エメルダ、騒ぐな」
何かが動く気配は感じる。だが、何が何だか、さっぱりわからない。この夢幻牢のようなものは、水竜が作っているらしいが……。
『カオル、時は来た。いざ、参ろう』
(これから?)
これで、俺は死ぬのか。
『ふっ、それは、シダ様が望む方法ではない。爺さん、その小娘を止めろ。この塔が吹き飛ぶぞ』
(は? 何?)
さっき気配を感じた方向から、強い魔力を感じる。まさか、こっちに向かって何かをぶっ放す気か?
「水竜リビノア、この術を解け。でなければ、私にはエメルダの位置がわからぬ」
『ふん、トーリ・ガオウルなら、この状態でも平気だったぞ。やはり爺さんは、衰えたな』
この会話の最中にも、魔力はどんどん大きくなっていく。
(ちょ、マジかよ?)
俺は、左手首から、死神の鎌を取り出した。そして、鎌に魔力を込め、あの女の位置を探る。
(あっ! 見えた)
「ちょ、おまえ! そのままぶっ放すと、賢者ガオウルに直撃するぞ!」
「えっえっえっ? もう、止められないよぉ〜」




