16、スパーク国 〜名もなき村からの依頼を終える
彼女を包んだ転移魔法の光をかき消すと、一瞬、彼女の身体から、紋章のようなものが浮き出たように見えた。
その紋章らしきものは、転移魔法の光をかき消したためか、すぐに消えたが……。
(今のが、印か)
妙なことだが、彼女が村に戻る仕組みは、わかった。明け方になると、転移魔法が発動するらしい。
村に帰らせるための印? しかし、そんなものを彼女につける意味がわからない。それに、これは、ただの魔族にはできないだろう。
(あの紋章……)
俺は、女神から与えられた記憶を探る。
ブロンズ星のすべての国は、国旗に、その国を統べる魔王の紋章が使われている。
星を統べる者は、大魔王と呼ばれている。現在の大魔王は、雷帝リストーという名の天候を操る魔王らしい。雷帝という二つ名が付いていることからも、ヤバそうだな。
彼女の身体から現れた紋章を探していく。与えられた知識から紋章を探すのは、少しキツイ。似たものが多いんだよな。
(あっ、これか)
やはり魔王の紋章だ。えーっと、魔王スパーク? ちょっと待て。この国を統べる魔王の紋章がなぜ、ただの村人の女に付いている?
俺は、さらに、魔王スパークについての情報を、記憶から探る。
魔王スパークの種族名は不明だ。隠しているのか? 雑種かもしれないな。
その魔王スパークが、この国を継いだ後、他国との交易が盛んになっている。
(へぇ、やり手じゃないか)
農業国だが、スパーク国の格は高いようだ。食料を供給する国が評価されることは良いことだな。魔王スパークの戦闘力が高いだけかもしれないが。
(なんだ、これ?)
魔王スパークには、色欲の魔王という二つ名があるようだ。エロいのか? もしかして、この女に子供を産ませた?
いや、魔王の子なら人間にはならないか。彼女もいろいろな種族の混血だが、魔族だ。生まれる子は魔族になるだろう。
それなら、なぜ、彼女から魔王スパークの紋章が浮かんだのか……。さらに知識を探すが、もうこれ以上の情報は、与えられていない。
外が騒がしくなってきた。街道沿いの朝は早いらしい。朝どり野菜の即売が始まったようだ。さすが、農業国だな。
「うぅ〜ん」
賑やかな声で目が覚めたのか。彼女がまだ眠そうにしながらも、上体を起こした。そして、キョロキョロと部屋の中を見回し、窓辺にいる俺の姿を見つけて、バチッと目を見開いた。
「まだ早い。もう少し寝てたらどうですか」
「い、いえ、あの朝ですか」
「あぁ、この国の朝は早いのですね。街道沿いには、朝市のような露店が並んでいるようですけど」
そう教えると、彼女はパッと両手で顔を覆った。
(なんだ?)
「お姉さん、どうしました?」
「いえ、あの、私、村に戻っていないのですね? これから戻るのでしょうか」
「それなら、妨害しました。転移魔法を発動する仕掛けが、貴女の身体に備わっているようです。今日は、もう転移の心配はないと思いますよ」
そう説明すると、彼女は、パァッと明るい表情を浮かべた。それほど村に戻りたくないということか。
「じゃあ、私、城に行けますね!」
(は? 何を言っているんだ?)
「お姉さん、城というのは、何ですか? まさか、魔王の城じゃないでしょうね?」
「魔王様の城です! 目覚めた朝に、村に戻っていなかったら、魔王城に来なさいと言われました」
「まさか魔王スパークに?」
「いえ、アドさんという人です。私を助けてくれて、その……たぶん、魔王スパーク様の城で働いているのだと思います」
彼女の表情がキラキラと輝いて見える。恋でもしているのか? そのアドという奴が、彼女に妙な紋章を付けたのだろうか。
だとすると魔王の側近、いや、息子だとも考えられる。
「そのアドという人が、貴女を妊娠させたんですか」
「えっ? あ、はい。でも……なぜか忌み子が生まれてしまって……」
(強姦されたんじゃないのか?)
なんだか彼女は、その男に恋をしているかのようだ。
「忌み子の理由は、俺にはわかりません。ですが、とりあえず、行き先は、魔王スパークの城で良さそうですね」
「はい!」
「朝食を食べたら、城へと向かいましょう」
彼女に宿の味気ない朝食を食べさせ、宿を後にする。
「じゃあ、城へ転移しますね」
「は、はい」
俺は、彼女の腕をつかみ、魔王スパークの城の近くへと転移魔法を唱えた。
◇◇◇
「な、何者だ!?」
門に近づきすぎたのか、門兵らしき魔族に一瞬で囲まれた。
(意外に優秀だな)
「ここは、魔王スパーク様の城で合っていますか?」
俺は、素知らぬふりで確認をする。その隙に、城の中を見ようとしたが、結界があるのか奥の方は見えないな。ぶち破ってもいいが……この女が責任を問われても困る。
「あぁ、そうだ。魔王スパーク様に何の用だ?」
彼女にチラッと視線を移すと、兵に威圧されてガタガタと震えているようだ。
(俺が話すか)
「魔王様に用事ではないんです。彼女が、こちらにいるアドさんという人から、城へ来るようにと言われたようです。俺は案内人ですが、キチンと送り届けたいので、アドさんという人に会ってみたいのですが」
「アド……ちょっと待ってろ」
門兵の一人が、城の中へと入っていく。魔王の側近か、息子か……姿を見れば、ハッキリするだろう。
しばらくすると、金髪の超イケメンが姿を現した。年齢不詳だが、30歳前後だろうか。俺とは真逆なアイドル系じゃねぇか。
(なんだかムカつく)
「あっ! アドさん! 朝になっても村に戻らなかったんです」
彼女の表情は、完全に恋する乙女だな。
「そう。じゃあ、キミは今日からここに居ればいい。案内人さん? もう帰っていいよ」
アドという男は、結界の中から出てこない。正体を見極めようと思ったが、まぁ、いいか。
「じゃあ俺は、これで失礼します。お姉さん、元気で」
だが、俺の声は聞こえないかのように、彼女は城の中へと駆け込んでいった。