153、深き森 〜試食会
「カオル、醤油の壺と、塩の壺も、レーンで回しておくれ」
バブリーなババァに言われて、醤油を忘れていることに気づいた。彼女は、椅子には座らずに、レーン内に移動していた。食べる方を教えているようだ。
(俺は、わさび必須だ)
リィン・キニクが清流で育てたわさびだ。すりおろす道具がないから仕方ない。風魔法を使って、超みじん切りにする。
そして、毒々しい赤紫色の魚が乗った寿司を食べてみた。久しぶりの米が嬉しい。海苔を巻いた方が美味いな。わさびは、香りはするがツンとしない。やはり、みじん切りではダメか。
「カオル、卵焼きの材料もあるだろ。肉寿司も作れるよ」
バブリーなババァは、調子に乗って、次々と注文してくる。彼女も嬉しそうだな。
しかし、こんな食材をよく集めたな。あぁ、リィン・キニクか。ここひと月、毎日のようにスパーク国を訪れていたらしい。
彼が集めた食材を、バブリーなババァに横取りされた形だろうか。まぁ、親しいみたいだから、それも有りなのだろう。
卵焼きと言われても、だし巻き玉子か? ダシなんかねぇだろ。パスだな。
冷蔵庫の上段には、薄くスライスした肉がたくさん入っていた。こんな細かなことを誰がやったんだ?
あぁ、そういえば、リィン・キニクは、前世では栄養士だと言っていたか。すごい才能だな。
肉寿司って、何だ? とりあえず焼いて乗せればいいのか? いや、だが、スライスしてあるってことは肉で米を巻けということか。
(面倒くさくなってきた)
俺は、適当な鍋に、すき焼きの割り下みたいなのを作った。かまどに火をつけるのも面倒だから、ヒート魔法でグツグツにしたところに、スライス肉をぶち込んだ。
すし飯を、肉で包んで食べてみる。まぁ、食べられなくはないが、甘すぎたな。調味料の味が、当たり前かもしれないが、かなり違う。
さっき、刻んだわさびを乗せてみると、なかなか良い感じにまとまった。これでいくか。
「次のを流しますよ」
肉巻き寿司をレーンに流すと、バブリーなババァが、まず、真っ先に手を伸ばして食べている。
「みんな、上に乗ってる緑色のものは、わさびだよ。辛いから、お子ちゃまは、避けて食べな」
(へぇ、毒味しているのか)
「カオル、卵焼きはどうしたんだい?」
「俺、だし巻きとか、よくわからないんですよ。でも、卵は冷蔵庫に入ってませんよ」
「は? あんたの目の前にあるだろ。キジャクの卵を取ってきたんだ。早くしな。うるさい奴が来たら……あぁ」
リィン・キニクが、音もなく扉を開いていた。そして、回転寿司のレーンを見て、目を輝かせている。
「カオルちゃん! なんだかすごく良い匂いね。すき焼きかしら?」
(ちゃん呼びかよ)
「世話焼きエルフが来ちまったよ。試作品、食べていくかい?」
肉巻き寿司は、店員達に好評のようだ。レーンを流れるのは、毒々しい赤紫色の魚だけになっている。
リィン・キニクも、空いている席に座ったから、俺は、肉巻き寿司を量産した。天界人になったメリットは、このスピードだろうな。
「まぁっ! わさびを刻んで使うなんて、オシャレね」
道具がないからすりおろせないとは、言えないな。俺は適当な笑みを浮かべておいた。
肉巻き寿司は、量産してるつもりなのに、どんどん消えていく。ダンが、めちゃくちゃ食ってるんじゃねぇか? 甘いから、お子ちゃま向きか。
「ちょっと! なぜ、そんな所に、キジャクの卵があるの? まさか食べるなんて言わないわよね?」
俺に聞かれても困る。
「キジャクって、どんなモノなんですか?」
卵は、ダチョウの卵よりも、さらにひと回り大きな感じだ。鳥の卵だよな?
「キジャクは、旧キニク国に生息していた獣人よ。今は、西の湿地に僅かに残っているわ」
(えっ? 獣人の卵?)
バブリーなババァが舌打ちしている。美味しいのかもしれないが、獣人の卵だと聞いて食べられるわけはない。
リィン・キニクは、ぷりぷり怒りながらも、回転寿司を食べている。彼が赤紫色の魚も、気にせず食べている姿を見て、人間達も食べ始めたようだ。やはり森の賢者は、人間に絶大な信頼があるんだな。
彼は、俺が視界に入ると、なんとも言えない顔をする。勘のいいババァにバレるじゃねぇか。
「世話焼きエルフ、なんだ? 変な顔をして」
(ほら、バレた)
「変な顔かしら? なんだか、カオルちゃんが作ってくれる寿司なんて初めて食べたから、感無量だわ」
「ふぅん、ただ、これでは寿司とは言えないな。もっと魚の種類を揃えて、卵焼き用の……」
「姉さん! キジャクはダメだよ!」
「あぁ、まぁ、適当な卵焼き用の卵を探すか。卵がないと、茶碗蒸しができないんだよ。大問題だろ」
(また、茶碗蒸しの話だ)
だが、彼女は楽しそうだな。リィン・キニクも、俺の門の件がなければ、寿司をもっと喜んでいたかもしれない。
「リィリィさん、戻ってきたということは、連れてきてくれたんですね?」
「ええ、あの草原に集めてあるわ。前回の5倍くらいになったんだけど、どうしようかな」
「それで、全部ですか?」
そう尋ねると、彼はコクリと頷いた。やはりすべて連れてきたんだな。
「では、行きましょうか。姉さん、後はお願いします」
「ちょ、カオルちゃん、その卵は、ボクが預かるから!」
バブリーなババァが食べると察したのか、リィン・キニクは、大きな卵をどこかに収納した。
「カオル、奴隷転生かい?」
俺が頷くと、バブリーなババァは何かを察したのか、リィン・キニクに視線を移した。だが、彼はとぼけた顔をして目を逸らしている。約束は守ってくれるみたいだな。
門のことは、彼女にも知られてはいけない。
「じゃあ、街道沿いは、ジャンジャン仕上げておくよ。私が食べたい店も出してもいいかい?」
「はい、適度な感じでお願いします」
そう返事をすると、彼女はニヤッと笑った。嫌な予感もするが、任せておこう。俺に残された時間は4年、天界時間では4日しかないからな。
店の外に出て、俺は息を飲んだ。街道沿いの森側にズラリと点滅する建物が並んでいる。誰が並べたかは、尋ねるまでもない。
「リィリィさん、なぜ、点滅のまま、放置されてるんでしょう?」
「あぁ、この状態からじゃないと、大幅な改造ができないからよ。この漁船は、二つの建物を結合させたみたい。しかし、あり得ないわよね。夜露死苦って何よ」
(やはり、黒い旗を怒ってるな)
【9.3追記】
皆様いつもありがとうございます。
台風のせいか、体調不良により数日休みます。すみません。活動報告に短い理由を書いています。
【9.7追記】
長らくお待たせしております。ごめんなさい。
活動報告に書きましたが、まだ目眩が止まらず、ちょっと今週中の更新は無理っぽいです。すみません。来週からは再開できるよう調整したいと思っています。よろしくお願いします。
【9.14追記】
大変お待たせしております。
更新頻度を落として、今日か明日くらいから再開しようと考えていたのですが……明後日にはまた止まりそうなので、今日発生した台風が去ってからにしたいと思います。
まだ、目眩が止まらない状態にイラつきつつ、少しずつ書き進めております。再開は、もうしばらくお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。ごめんなさい。




