147、深き森 〜二人ではなくひとり
俺は、この森の精霊主から頭の中に送られてきた、その画像のようなものを見て固まっていた。
(なぜアイさんが……)
「カオルくん、どうしたの? 何か思い出した?」
リィン・キニクが俺の顔を覗き込んできた。彼は、焦っているのだろうか。少し強引さも感じる。バブリーなババァがブロンズ星にいる間に、門を出現させたいのか。
「いえ、今、頭の中に浮かんだ映像というか画像に驚いて……」
「あぁ、そうよね。姉さんが泣くなんて、ボクも見たことのない光景だよ。それほど悔しかったんだろうね。きっと、冥界での記憶を消された直後なんだと思う。姉さんが混乱して言った言葉は、樹木の記憶からも消されたんだね。姉さんの声は残ってない」
(いや、それもそうだが……)
『カオル姉さんは、門になれなかったのよ』
『シンカンセンって何?』
『耳が痛いの? カオル姉さんは、何かを怖れたから失敗したのよ。でも、もういいの。ごめんなさい』
再び、同じ声が再生された。リィン・キニクが、緑色の光、この森の精霊主に再生を要求したようだ。画像もまた頭の中に映った。冥界から出てきた二人のうちの一人は、アイリス・トーリだよな?
(どう……いうことだ?)
俺は……転生塔で会ったアイさんと、毒舌幼女の両方に惹かれていた。アイさんがあの集落に来たときの、毒舌幼女のような言動から、俺は、アイさんが毒舌幼女に似ているから気になっているのだと結論付けた。
そういえば、転生塔では、管理者のリーナさんが妙な質問をしてきたよな。アイちゃんの素性を知っているのか、だったか。まるで、アイちゃんは一人だと言っているような……。
『ふぅん、カオルは変な子ね。知っているのに惑わされているのは、余計な感情が邪魔しているからなのねー。おもしろ〜い』
(は? 精霊主……)
この森の精霊主には、俺の考えていることが見えるのだったな。精霊だからか? 天界人には見えないみたいだが……精霊の方が、様々な能力に秀でているのか。
「何? カオルくんが何に惑わされているの?」
リィン・キニクがそう尋ねても、緑色の光は答えない。俺が領主をする森の精霊は、俺の味方か。
緑色の光が何も言わないから、彼は俺に視線を移した。前世が女性だったから、恋話には鋭い嗅覚でもあるのだろうか。意味深な笑みを浮かべているように見えてしまう。俺の被害妄想かもしれないが。
「皇帝に付き添う彼女が、大人の姿なんだなと思いましてね」
俺は、何を言っているんだ? どう考えても、アイさんと毒舌幼女が同一人物じゃないか。否定して欲しいのか? いや、だが、アイリス・トーリは、隠そうとしていたよな?
「そうねー。チビっ子アバターは、この頃は使ってなかったんじゃないかな。この失敗があったから、完全に分けるようになったのかもね。カオルくんのときは、チビっ子アバターを着ていたのかな」
(これが転機か?)
アイリス・トーリは、バブリーなババァを傷つけたと感じたみたいだが……俺から見れば、アイリス・トーリの方が傷ついているんじゃないのか?
「そうですね、天界人として振る舞うときは、子供のアバターですね。いや大魔王としても、かな」
「アイちゃんは、最近、かなり疑われてるからかな? カオルくんみたいな子が転生してきて、天界が警戒してるみたいね」
リィン・キニクは、だから焦っているのか? 天界が、いや、他の星系の奴らが何かを仕掛けてくるのだろうか。
「俺が転生してきたから? ですか?」
「ええ、精霊達も騒いでいたからね。冥界神ガオウルが復活するって。魔王トーリが、カオルくんを呼んだのだと噂されているよ。だから、嫌がるアイちゃんに、もう一度だけ冥界の試練に連れて行けと、うるさく言っていたのよ」
(は? 古の魔王トーリに呼ばれた?)
俺は、一瞬、あの理不尽な死が、古の魔王トーリの呪いなのかとゾッとした。だが天界人の知識で、それは違うと理解している。他の世界の生死を操ることはできない。
「なぜ、俺が呼ばれたと噂になったんですか」
「カオルくんのその姿は、魔王トーリの若い頃にそっくりなんだって。生まれ変わりじゃないかと噂されていたわ。でもカオルくんは、冥界神ガオウルとは違って、水を操るのよね。そのオリジナル魔法は、真逆だわ」
(クリーニング屋魔法か)
「この姿は、転生時に適当に作ったアバターですよ。だいたいゲームをするときは、こんな感じのアバターを使っていたので」
アバターを使うゲームでは、大抵、俺は脇役のキャラにありがちなポジションを選んでいた。主役級の金髪イケメン剣士は、最も嫌いなキャラだ。
(はぁ……陰キャだな)
「ゲームにアバター? 私、あまり知らないのよね」
リィン・キニクが日本にいたのは1990年代までか。いろいろなゲームがあったんじゃねぇのか? あぁ、女性は、あまりやらないのか。
「俺がやっていたスマホゲームでは、アバターを自由に作れるものも多いんですよ」
「スマホ? 忘れているのかな? 記憶にないわね」
あぁ、まだスマホのない時代か? リィン・キニクは、懐かしそうに何かを思い出しているようだが。
「カオルくん、話を戻すけど……。姉さんが残した言葉の意味はわかる? 新幹線って呟いたみたい。記憶が消されることを察して、たぶん門に関するヒントだと思うんだよね」
「はい? あぁ、さっきの声ですか」
リィン・キニクは、そのために再生させたのだろう。きっと、いろいろとこれまでも検討してきたはずだ。
「ええ、冥界から出てすぐに、新幹線って何度も叫んだみたい。新幹線に気をつけろって」
(は? どういうことだ?)
「リィリィさん、この世界に新幹線はあるんですか?」
「無いわ。天界人には、日本人だった人もいるけど、この世界に新幹線は必要ないからね」
「確かに、魔法がありますからね」
彼は大きく頷いた。だからこそ、記憶が消されると察して、この世界には意味がない言葉を残したのか。
「新幹線の意味を考えて、そして耳を押さえる姉さんの仕草から、音だとわかったのよ。不思議な木霊が聞こえなかった?」




