14、スパーク国 〜この国の文化?
「なんて人が多いのかしら」
俺が転移魔法を使って、彼女を連れてきたのは、主要な街道沿いにある宿場町だ。いろいろな種族がいる騒がしい町だな。
「ここは、国と国を繋ぐ大通り沿いの宿場町です。あっ、この国のお金って、持ってたかな」
俺は、布袋の中を覗いた。外見は魔法袋には見えない簡易なものだ。だが、重さを感じないところは、さすがだな。
(えーっと、スパーク国は……)
俺は与えられた知識を探る。
魔族が支配するブロンズ星では、国ごとに別々の通貨がある。一応、共通の通貨もあるが、一部の商人や天界人しか使わないらしい。
今回、俺は、隣国の魔族という設定だから、共通の通貨ではなく、国ごとの通貨を使うべきだろう。
(そもそも、金欠なんだが)
布袋の中には、やはり通貨は入っていない。まぁ、当然か。塔の1階の店で、ブロンズ星の共通の通貨を売っていた記憶がある。
必要な金は、自分で用意しろってことか。そういえば、この中身はくれるって言ってたよな。自由に処分していいってことは、売って金を作れということか。
様々な場面を想定してあるのか、いろいろな物が入っている。数日分の着替えと、空っぽの小さな布袋、何かの石、さらに食べ物と飲み物もある。
空っぽの布袋は、この国の財布らしい。どうせなら通貨も入れておいてほしかった。
それに食べ物? 天界人は食べなくても死なない。魔族だと思わせるための小細工か。もしくは、同行者のためのものだな。
「お金なら、私が……」
俺の金欠を悟られたか。
「大丈夫ですよ。適当に換金しますから。あっ、これ、食べませんか。なぜか袋に入っていたのですが」
「まぁ、うふふ。こんな大きな物が、なぜか入っているものなのですか?」
「不思議ですよね〜。どうぞ」
俺が取り出したのは、棒状の不思議な物だ。差し出すと、彼女は笑顔で受け取った。
「懐かしいわ。いただきます」
彼女は、その棒状の何かに、かじりついている。ちょっと堅そうだな。甘い香りと咀嚼音から、ビスケットか何かの菓子のようだ。
だが、笑顔だった彼女の表情は、だんだんと曇ってきた。
(あぁ、子供を思い出したか)
「ちょっと待っていてください。換金したいので」
やはり街道沿いを選んで正解だった。換金の看板を掲げている店が数軒ある。
俺が店に入ると、彼女も付いてくる。離れるのが怖いのかもしれない。宿の交渉もしたいから、一人の方がいいんだが……まぁ、仕方ない。
「買い取りできますか?」
俺は、袋に入っていた石ころを一つ、取り出した。
「あぁ、ゲン石かい。もちろん、喜んで!」
(居酒屋か?)
喜んで! に、懐かしさを感じる。
店主は、計量しているようだ。ゲン石は、確か燃料になる石だな。砕いて灯りに利用されることが多いらしい。
「純度も高いから、500スパークでどうだい?」
通貨の名前は、国名だったか。価値は変わらないはずだ。ということは、5万円か。
「その大きさなら、700スパークくらいじゃないかしら」
見ていた彼女がそう言うと、店主はペロリと舌を出した。
「それは、ちとキツイな。じゃあ、真ん中を取って600スパークでどうだい?」
(俺には、全くわからない)
彼女の方をチラッと見ると、不服そうだが頷いている。
「600スパークでいいですよ」
「あっ、お金はすべて、10スパーク硬貨にしてください」
彼女は、そう口を挟む。店主は、あいよと言って、60枚の硬貨を俺に渡した。空っぽの布袋は、これを予期していたかのような大きさだな。
「100スパーク硬貨は、偽物が多いんですよ」
「へぇ、なるほど」
キュルルと、彼女のお腹が鳴った。さっきの菓子で、彼女の胃は空腹に気づいたのか。
(あー、匂いか)
「店主、横の店は?」
「あぁ、今の時間からは、宿泊専用なんですよ」
「じゃあ、宿は空いていますか?」
「今日は、このすぐ上の部屋ひとつしか空いてないよ」
(街道沿いでうるさそうだな)
彼女の方を見ると、少し緊張した顔をしている。まぁ、当然の反応だ。
「そうか、ふた部屋借りたかったんだが……」
「この時間からだと、もうどこも空いてませんよ」
(まぁ、俺は眠らなくていいからな)
「じゃあ、その部屋を借りるよ」
「毎度! お二人で、格安の150スパークでどうだい?」
「高いわよ! その半分でしょう」
「お客さん、それはさすがに厳しいな。キリ良く100スパーク!」
「ええ〜、高いわ。食事付きかしら」
「うひゃー、仕方ないな、食事付きでどうだい?」
彼女は、満足そうに頷いている。これが、この国の文化なのか。値切るときの彼女は、別人のように楽しそうだ。
俺は、硬貨10枚を支払い、鍵を受け取った。
混んでいる食堂で、手早く食事を済ませる。転生して初めて食べる食事だが、味覚がおかしいのか、ほとんど味を感じなかった。
「いい匂いだったのに、イマイチでしたわね」
彼女は、菓子を食べてから、俺に心を開くようになった気がする。もしかして、そういう効果のある怪しい菓子だったのか?
宿の部屋へ入ると、彼女はなぜかテンションが高い。
「わぁ、騒がしいですよね〜」
彼女は、俺が扉を閉めると、ビクリとしている。
(仕事中に、客に手を出すわけねぇだろ)
俺がイラついたことを、敏感に察知したのか、彼女は、また、ビクリとしている。
(顔が怖いのか)
「俺は眠らないので、気にせず寝てください」
そう言うと、彼女は少しホッとしたらしい。
「あの、大丈夫ですよ? えーっと……」
何か上手く言おうとしているらしいが、言葉が出てこないようだ。大きなベッドがひとつあるだけだからな。
「俺は、眠るときは長い時間ガツンと寝てしまうので、普段は寝ないんですよ」
「そう……なの」
彼女がベッドに入るのを確認し、俺は彼女に背を向けた。
(適当に、飲みに行くか)
扉に手をかけた瞬間、彼女が、ガバッと起きあがった。
「行かないで! ひとりにしないで」